アケミィ

 千里は、高校時代から20年以上も付き合ってきた友達のアケミと縁を切ることに決め

た。

縁を切るといっても、アケミ本人に宣言する訳ではない。

千里の気持ちの中で、もう彼女とは深入りをしないことを、今度こそ堅く心に決めたの

だ。

 そのキッカケになったのは、電磁調理器だった。

 

アケミは最近、電磁調理器を販売し始めた。

久し振りにアケミのアパートに行くと、部屋の中にダンボール箱が積み上げられていた。

「どーしたのよ、いつも素敵にしてたのに」と、千里が言うと

「まあ、その辺に座って」とアケミは、自分の座る所を足で作った。

その日のアケミの話は、電磁調理器を使っての料理と素晴らしさについて終始した。

 

アケミは大恋愛で結婚したが離婚し、今は一人で暮らしている。

子供は旦那の実家に置いてきた。

アケミの都合での離婚だった。

アケミの口癖は、「お金がなくてタイヘン」だ。

その割に贅沢をしているように千里の目には、映る。

月に2回は美容院に行く。旅行も多い。衝動買いも多い気がする。

それを、以前に言ったところ、

「美容院は友達がやってるとこだから安くやってくれるし、旅行も誰かに連れて行って

もらって殆どお金は使わないし、買い物くらいはしなかったらストレスが溜まちゃうで

しょうよ!」と食ってかかられた。

アケミの生活を心配して言ったつもりだったのだが、余計なお世話だったと千里は、

自己嫌悪になった。

お金がないと言うので、一緒に食事をすると千里が払うことになる。

一度、「食事に行こう」と誘った時、

「嬉しい、最近ろくなモン食べてないの」とアケミが言うのを聞いて、千里はちょっと

意地悪な気持ちになった。

「今日は、あたしもお金ないからワリカンね」と、千里が言うと

「じゃあ、行かない」とアケミは言った。

 

千里は、アケミとの付き合いを止めようと、何度も思ってきた。

千里が勤めている家具屋に訪れたアケミは、友達なんだからと値引きを頼んできた。

そして、取り寄せで注文した商品の入荷の電話を入れても取りに来ず、千里の知り合い

だということで上司から文句を言われた。

 

その日、千里は電磁調理器を買わなかった。

それから毎日、アケミからの電話が入った。

「あと一台がノルマで、どーしても売らなきゃならないのよ。お願い、お願い」

千里は、共稼ぎで2人の子供が居る、子供も大きくなってきて何かと物入りで経済的に

余裕があるわけではない。

 でも、友達なんだから少しでも役に立ってやろうかと思った。

そこに、アケミに対する同情の気持ちがなかったといったら嘘になる。

いろいろあるけど、友達なんだからと千里は電磁調理器のセットを購入した。

代金は、16万円だった。値引きは一切なかった。

 その1ヶ月後、千里はアケミのアパートに寄る機会があった。

アパートは、以前のように洒落て片付いていたが、部屋の片隅に見覚えのあるダンボール

箱が、一つあった。

「全部売らなきゃならないって言ってたじゃないの?あれは、どうしたの?」

「うん、あれはセットで仕入れしてタダになったから、あたし使うの」

「ふーん」

千里に電磁調理器を売る時、値引きはなかった。

アケミが千里のところで買い物したときに、千里が値引きしなかったことがなかった。

 

 後日、

「あの調理器、電気は食うけど便利ね」と千里が言うと

「良かったわね」とアケミが言った。

「あなたも使っているんでしょ?」と聞くと、

「ううん、使わないから売った」とアケミは言った。

 

10年位前に、アケミは千里の知り合いの保険会社に入ったことがあった。

「あの人、あなたの友達らしいけどどういう人?」とその人は千里に聞いてきた。

入社した時期が、秋口でそこのチームの実績があがったご褒美ということで旅行が予定

されていたのだという。

「アケミさん入ったばかりだから、旅行に連れていくかどうか迷ったんだけど、回りの人

との親睦を図るために、ということで、いわばオマケのような形で連れていったのよ」と

その人は言った。

「それが、行きのバスの中ではウォークマンを耳に当てて寝てばっかりなのよ。

それから、バスの中でその日泊まるホテルのパンフレットが配られて、そこに足裏と腰と

肩のマッサージの無料券が付いていたのね。

 ホテルに着いて部屋に入って荷物置いて、先輩たちがマッサージの予約入れようとした

ら、アケミさんがマッサージの予約全部取っていたのよ」

「えー」

「バスの中じゃ、寝てばかりいたのに、バスから降りた途端に予約取りに走ったらしいわ。

そういう時は素早い人なのね。

そんなに大きくないホテルで、マッサージさんが2人しか居なくて、他の人たちは、

あたしは肩だけでいいわとか、腰だけにするとか、足だけにするとかして譲り合ってたの

に、先輩達が怒っちゃって、何処の世界でもそうだと思うんだけど、年功序列で、

暗黙の裡にそういうことって順番が、決まってるでしょう?」

「うん」

「それでもまあ、その場は何とか治まったんだけど、夜に宴会が終わってから

本部の上司達が、二次会に行こうって支部の女史達を誘ってきたのよ。

そういう時も、ペーペーは断るのが普通なのよ。

まあ、アケミさんは、分からなかったんだろうけど、真っ先について行ちゃって、

カラオケなんかも張り切って歌っちゃって、まあ歌は上手だったけど、甘え上手でお土産

まで買ってもらってたみたいよ」

「へー」

その人は、人の悪口を言うような人ではなかったが、アケミの態度が余程目に余ったよう

で、言わずにいられなかったようだった。

 

その頃アケミは、まだ結婚していて子供がいての勤めだった。

朝は、子供を送ってからになるからと会社の掃除に参加せず、帰りも片付けを手伝わずに

帰る。

 なのに、夜の飲み会や食事会には必ず参加する。

それも、自腹の時は参加せず、会社からの接待の時だけ参加するのだ。

 アケミは、次々に友人知人を保険に勧誘し、実績を上げた。

千里も、誰に入っても同じだからとアケミの勧める保険に入った。

その頃のアケミは、夫婦仲が悪くなってきていた時期で、生活が荒れて仕事に身が入ら

ないこともあったのだろうか、保険に入れてしまうとその後のケアが不親切で約束を守ら

なかった。

 待ち合わせの時間には遅れる。忘れる。書類もまとまらない。

友達なんだからと思って、腹が立っても我慢してきた。

でも、本当に友達だったんだろうか?と、千里は思う。

自分の得になる時は、ニコニコ顔で自分に損になると思った途端、手の平を返したように

機嫌が悪くなるアケミ。

 人を利用して、自分は人の為に動きたくないアケミ。

千里はそんなアケミを嫌だと思う程、切ることが出来なかった。

自分にとって都合のいい人としか付き合わないアケミと同じになる気がしたのだ。

 

 でも、よく考えてみると、何が嫌って、アケミを軽蔑している自分が千里は嫌だった。

最近、アケミはスナックに勤めだした。

アケミは、40歳を過ぎた自分のことを「アケミィ」と言う。

スナックには、アケミを目当てで来る常連が出来たのだという。

その常連達が、アケミを守る会を作ってくれたんだそうな。

「でも、いくらやさしいこと言ってくれたって、みんな家に帰れば奥さんや子どもが居る

んだものアケミィ、つまんない」とアケミは口を尖らせた。

 この人は何時まで、自分のことを“アケミィ”と言い続けるんだろう?と、千里は思っ

た。