悪霊列伝

 

最近、永井路子の“悪霊列伝”という本を読んだ。

 

こういう話を始めると、ウルサイ、面白くない、しつこい!と言われることが多いが、

へっへーんだ、面白くないつうヤツは読むんじゃねえよ。

昭和50年代、私は永井路子の“乱紋”に出逢い彼女の歴史小説にゾッコンになった。

乱紋は、信長の妹であるお市の方と浅井長政の娘、お茶々18歳、お初16歳、おごう

14歳が伯父である信長に父である浅井を攻められ城を追われるところから始まる。

乱世の時代の荒波に翻弄されながら、それでもシタタカに健気に、不器用な器用さで

生きて行く3人3様の人生が何度読んでも違う感慨を、私に与える。

その主役として描かれている“おごう”は、私にとって女として生きる手本となった。

 最近の新聞で“美女いくさ”を諸田玲子が連載しているが、これもおごうを中心に

描かれていて面白いが、永井路子という人は歴史小説の天才だと思う。

 

 さて悪霊列伝は、平安時代になる頃の話、吉備聖霊の話から呪われた皇女

不破内親王姉妹から桓武天皇へと話は移っていく。

と、ココまで読んで「あーあ、面白くないなぁ」と思った方、もう暫くの御辛抱を。

 生まれなければよかった命があった。(人間の都合で)

人を呪い呪われる人生は、人を荒ませる。

自己否定に走り生きる気力を失せる者が居る。

攻撃と復讐の炎に心を焼き尽くしていく者が居る。

不破内親王は、女性ながら後者であった。生きる気力は彼女を執念の鬼と変えていく。

利用しようとした弟が急死し、妹の安住が突然死ぬ。

自尊心を持ちながら第一線で脚光を浴びることが出来ない嫉妬は野望をかき立てた。

 

山部親王(後の桓武天皇)は、称徳女帝が後継者を決めずに死んだことで、姉妹

井上内親王の夫である彼の父親の白壁王が、62歳で後継者として浮上する。

百川と良継の暗黙の裡の共犯によって山部は天皇の座へと上り詰めていくことになる。

 井上皇后の他戸に近い藤井、永手が死に、その翌年井上皇后が呪術を行ったという

理由で廃され、他戸が皇太子の座を下ろされる。

 そして山部は、桓武天皇となる。

あー、もう書くのが面倒くさい!

どういうことかというと、井上皇后の死は、山部(桓武)の暗殺らしい。

不破内親王は野望に燃えた凄い人だったらしいのだが、桓武は不破内より生前は穏やか

だった井上の怨霊に一生涯苦しめられたらしい。

 

  あっ、桓武天皇の母親ってのは、百済系の渡米人の血を引く女性だったんだね。

廃れ皇子一家の白壁王と、母、高野新笠の間に生まれた山部と名付けられ百済系の中で

育ち、野山を駆け回り、狩りを楽しむ毎日で百済王氏の明信は彼の若き日の恋人だった

らしい。

 そんな伸び伸びと元気で猛々しい山部が、桓武天皇となる。

(桓武とはたけだけしく勇気ある人という意味である)が、そんな人でも一生涯怨霊に

苦しむことになるんだねぇ。

 

 もう一人怨霊となって桓武天皇を苦しめるのが、弟の早良親王だ。

種継暗殺事件が起きるが、その前に桓武は征東将軍として大伴家持を早良親王の傍から

切り離していた。

家持が奈良を発ってから桓武は遷都の発表をする。

家持は翌年陸奥で68歳の生涯を遂げる。

その1ヶ月後に事件は起き、種継に向かって矢を射た犯人の一人が自白する。

「大伴らに頼まれてやった」と。

そして、桓武天皇を廃し早良皇太子を即位させようとしていたと思われる大伴一族は

断絶。

早良は淡路国に流されるが、乙訓寺に幽閉されたときから一切の食事を口にせず、その

途中高瀬橋の所まで来て絶命する。

彼は命をかけて無実を証明したのだ。

穏やかな彼の中に桓武の強引な革新政策への批判はあっただろうが、野心はなく、断食は

無言の抵抗と裁きとなる。

 

 それから暫く桓武天皇は有頂天だった。

自分を脅かす目の上のたんこぶが消えたことと、それに付随していた自分の地位を脅か

す者達がことごとく、一掃出来たのだから。

思い通りに皇太子の座に桓武の息子、安殿(あて)親王が迎えられる。

長岡京の建設は続き、その規模は相当なものであったらしい。

蝦夷征伐も引き続き行われ桓武の自信は揺るぎないものとなっていた。

 

 ところが、始まった。

744年桓武の寵愛を受けていた藤原旅子が死ぬ。桓武を天皇に導いた百川の娘だ。

その1ヶ月後、母の高野新笠が重病にかかり12月にこの世を去る。

その3ヶ月後、皇后乙牟漏が急死。何の前ぶれもなく突然の死であった。

7月には后の一人坂上又子が死ぬ。

それから2ヵ月後皇太子安殿親王が発病。

繊細な安殿は次々に起きる身近な死に耐え切れなくなっての神経性の病であったと

思われる。

3年の間生死の境を彷徨う安殿の病状を、桓武は占わせた。

結果は、「これは、あきらかに早良親王の祟りである」だった。

1年後、794年、安殿の妃、藤原帯子が急死する。

そこで突然行われるのが、平安京の遷都であった。

十年の歳月を費やして建設した長岡京を、何故か桓武は簡単に手放してしまう。

 何故、何があってそうしたのか、彼に聞かなければ分からないことだ。

そして、人心一新を期した遷都であったが、そこでも怪異現象が現れ慌てふためいて

早良の墓の前で読経を行うことになる。

怪異現象については、漫画なんかで描かれていて空から石が降ったり、門に鬼が

現れたりする話を知ってるんじゃないかな。

夢枕獏の陰陽師でいろいろ描かれているが、源氏物語や平家物語にも出てくる。

事実として桓武の体調の不調については、その記述が史料に続出するんだけど、

そうなると、その度に恩赦を行い、読経を行い、墓を直す桓武。

800年には早良には崇道天皇とおくり名される。

それと同時に井上内親王にもその称号を復活させる。

死んだ者を昇格させ、寺や神社を建てる。

ホントウに祟りがあったのかどうかは分からない。

でも、何かなければここまではしないだろうという大掛かりなことが、行われ続ける。

まあ、そこに陰陽師や坊主の脅しがあったのかもしれないが…。

 ってな話が吉備聖霊、不破内親王姉妹、崇道天皇、大伴伴言、菅原道真、左大臣彰光

のシリーズとして描かれている。

 

 さーて、ここで結論。

どんなに権力や力を持ったって自分が非情な人間であったら、心の平和もシアワセもない

ってこった。

好きな人を大事にして贔屓すると、自分とって不都合な人を排除することになる。

 

親鸞聖人は「亡き父母の供養を願って念仏をしたことなど、一度とてない」という。

「あらゆる命あるものは、繰り返し繰り返し生まれ変わり、生き変わりするなかで、

すべて繋がっていくのだから、だから命あるものの全部が父母であり、肉親、兄弟姉妹

であり、生きるもの総てが家族である」という。

 私、思うんだが、この世に生まれるということは、借金を背負って生まれてくるよう

なもんじゃないかと思うんだ。

 少しだけの貯金もあるとは思う。

でも貯金より借金が多いから、この世に生を受けるじゃないかと思っている。

ただ生きるのではなく、よく生きることで借金を返していく。

 少−しずつ貯金をする。

なのに、借金を返さず貯金を大事に運用せず、更に借金を増やす人がいる。

 ここで言う借金とはカルマのことだ。

この世での快楽と欲望野望に燃え、自分を制御することをせず、人を傷つけ排除し

分を弁えず欲に突き進むものがいる。

そこで作った罪は、カルマとなってそれをした本人に圧し掛かる。

人を見殺しにするような者が、大事な人を大切に出来よう筈がなく、自らの首を自らの

手で絞めていくことになるのだ。

 

ところで、一所懸命やってるつもりでも、辛いことやどうしようもないことがやって

来ることがある。

 そんな時。ホレ、また宗教っぽいって言われちゃうけど

「あー、これが今自分に与えられたカルマの刈り取りの時なんだな」って思うと

何だか辛いことも有り難いことのような気がして、困難に立ち向かおうとしている自分

がちょっと誇らしい気持ちになる。

 

私、思うに井上も早良も怨霊になんかなってないんじゃないかと思うんだ。

桓武は自分がしでかしたことで、自らが怨霊を作り出したんじゃないかと思う。

ある人は、姉を亡くしているんだけど、自分の具合が悪くなった時に

「私に嫉妬して私も連れていこうとしてるんだ」と言った。

それを聞いた時、失礼なやっちゃなぁ。と思った。

 その人は、姉を怨霊にしようとしてるんだね。

“疑心暗鬼”とは、疑うその人の心が、闇に鬼を作り出しているのだ。

 

人を信じて託す心を持っていないということは、心に平安がない。

ということは、信じて託すことが出来れば心に平安が訪れるということだ。

感謝の気持ちを持つことは、人のタメではなく自分のシアワセのタメなんだねぇ。

 

ある人が、「手相や生まれた日、家相などを勉強しているのだが、勉強だから見せて

欲しい」と言われたのだという。

そして見てもらったら、「あなたの家の家相も手相も生まれた日もどれもダメで、

これからの人生は絶望的だ」と言われたという。

「それなら、どうしたらいいのか」とその人に聞いたら

「自分はまだ勉強中だから、私の先生の所に連れて行く」とその人は言うのだという。

 私は分からないが、「その見た人はニセモノだと思う」と彼女に言った。

ホンモノは、暖かいものだと思う。

人をただ脅かして嫌な気持ちにさせて放り出すのは、ホンモノのすることじゃない。

何かがダメだと分かり伝えるのなら、どうしたらそれが改善するかを伝えなければなら

ない。

その占いした人は「只でいいから」といって見たらしいが、彼女を脅かすだけ脅かして

その手立ては、「どうしたらいいかは分からないから先生の所へ連れて行く」と言うの

だという。

その先生になると有料になるらしいが、それは、インチキ詐欺師の手口だと私は思う。

 

彼女には、以前に書いた運命を読んでもらいたい。

 

崇導神社には、早良親王がまつられている。

菅原道真が学問の神様になってしまったように、事実はその人の想いは、その人から

離れて一人歩きを始めることがある。

 しかし、その人自身の想いと行いは、その人自身のものでしかない。

それは、誰に奪われることもなければ、誰かに押し付けることも出来ないものだ。

         と、思う。