雨漏り

 

 私と結婚したばかりだった雅弘はK叔父ちゃんの無頼漢な感じがやけに気にいって、

叔父に誘われるままに、度々叔父の家に出掛けては呑んで帰って来た。

 私も毎晩晩酌を欠かさないが、誰かと呑むことで自分のペースを乱されることは好きで

ない「あんたは、あんたで勝手にやってくんない」と、雅弘が叔父の家に行くことを

とめることもしなければ、一緒に出掛けるということもせずにいた。

 夏が近づいた晩に、電話が入った。

それは、K叔父ちゃんの家でシタタカに酔っ払った雅弘からだった。

「おい、迎えに来い」

そういうことを言う人でないのに、明らかにK叔父ちゃんにそそのかされている。

 面倒臭いが仕方がない。

私の車でK叔父ちゃんの家に行った。

「おー、麻子ぉ元気かぁ」と叔父ちゃんはすっかり出来上がっていた。

「おー、麻子ぉ元気でやってるかぁ」と雅弘もグデングデンで上機嫌だ。

 お前も呑んでいけという伯父ちゃんを振り切って、私は雅弘を車に乗せた。

叔母ちゃんも私と同じ、「これ以上は呑ませる必要なし」という意見だった。

「ご馳走様ねぇ」と叔母ちゃんに挨拶している横で叔父ちゃんが、

「麻子!おめえは、亭主を尻に敷いてる」と騒いでいたが、無視して発車。

 

 当時の住まいは、叔父ちゃんの家から小さな山を越えた所にあるアパートで、山と

いってもそこはウナギの背のような細長い城下町、クネクネとした坂を上り下った所が

私たちの住処だった。

「何をしてもあんたの自由だけど、アタシを呼び出すのは止めてよね」

と坂を上り始めた頃に、私が言い出したのをキッカケに、喧嘩になった。

したたかに酔って、その上叔父ちゃんの「女なんかに負けるな!」という洗脳教育が

始まっていて、雅弘は気が大きくなっていた。

突然「車をトメロ!」と車から外に出た雅弘をそのままに、私だけで帰ることにした。

小雨が振り出しワイパーを動かしたが、冬な訳でなし、大丈夫だろうと思った。

 家に着いて、1時間以上経った頃、雅弘が帰って来た。

心配して待っていた私は、心配した分だけ腹が立っていた。

 玄関を開けるとグニャグニャと雅弘がそこに座り込んだ。

「早く、中に上がりなさいよ!」と引っ張り起こそうとしたが、濡れた身体で座り込んだ

雅弘は、動こうとしない。

「早く入って着替えないと風邪ひくでしょ!」

立たせようとすると、ワザとのように狭い玄関に寝転ぶ始末。

 心底腹が立った私は、風呂から風呂の湯を汲んできた。そして、頭から掛けた。

雅弘は「おやおや、この家は雨漏りがしますな。ボロアパートですな」などと言って

「ひひひ」と笑ったが、また眠ったようになった。

 その頃、私は本当に情けなくなって悲しくなり、このままでは風邪をひく、なんていう

仏心も出て、(あー若かったんだねぇ)実家に電話を入れた。

「お母ちゃん、雅弘さんがおかしくなっちゃって、もー、アタシ嫌になっちゃった」と

泣き声で言う私に、両親が驚いて飛んできた。

 そして、雅弘の姿を見た母は、

「なんだ、麻子、たーだ、酔っぱらってるだけじゃねえのか?!」と言った。

「うん、K叔父ちゃんの家で呑んで帰って来て、いうこときかないから風呂の水掛けて

やったんだけど『この家は雨漏りがしますな』なんて言って動かないんだよ」

「あーあ、バカバカしい。オメエ今までどれだけ酔っ払い見てきたんだ?

なーに、雅弘さんは暴れたのか?」

「いや、暴れはしないけど」

「オメエの伯父ちゃんらが、酒呑んで暴れる姿、嫌っていうほど見てきたオメエが、何を

寝ぼけたこと言ってんだよ。

あー、お父ちゃん帰っぺ。麻子は新婚さんでボケが入っちまったんだよ」と母が言うのを

聞いて、私は急に恥ずかしくなった。

 そうだ!喧嘩大好きで、喧嘩と祭りは厄払いなんて言ってた私が、どうしたことだ。

その時、7月に生まれる夏子が腹に入っていたとはいえ、女々しいことをしてしまった。

あー、間違っちゃいましたー。という感じだった。

その話がK叔父ちゃんの耳に届き、

「何だ、麻子は、亭主の頭に水を掛けるんだと?」と叔父は私に言ってきて、暫くそれを

言われたもんだ。

 

 忘れていたが、そのことを言っていたのだ。

(もー、何年前の話だよ)と思ったが、K叔父ちゃんがご機嫌なので、私もニヤっとした。