阿修羅のごとく(被害者遺族の叫び)

 

 劇工房橋の会 第13回講演、“木村夫枝子”脚色・演出を観に行く。

 

午前中、お客に頼まれた縫い物の仕事をしていて昼になり、慌ててラーメンを作って

食べ終わったのが、12時半、すぐに車で出発する。

 午後1時開演。

丁度、1時5分前に会場に入る。

 どーも私は、早めに行動するということが出来ない。

客席はほとんど満席だったが、後ろの方にポツポツと空いている椅子があった。

 でも私は、一番後ろの壁に並べて置かれている折りたたみ椅子に腰をおろした。

何故かというと、出来れば隣に誰も居ない状態で劇を見たかった。

 そこにあった折りたたみ椅子には、誰も座っていなかった。

通路の真上に置かれた椅子に座ると、舞台まで視界を遮るものは何もない。

よーし。と思った。

間もなくライトが落とされ、

「劇場内での煙草、飲食は御遠慮いただき、くれぐれも携帯電話の電源はお切りください」

というアナウンスが流れた。

 

 光市で本村(敬称略)が、仕事から帰宅し奥さんの姿が見えないので隣の部屋に

行ってみると無残な奥さんの姿を発見するシーンから始まった。

 丁寧で簡潔な説明が、私を一気にその状況に引き込んでいった。

 

場面変わって、二人の文通という形での交際のシーンになった。

そこへ、「フーフー、ハーハー」という荒い息遣い70歳位の女性が、館内の案内をして

いる人に手を引かれて入ってきた。

 慌てて走って来たのか、その息遣いは異常に荒い。

案内の人に椅子の在り処を教えられているが、暗闇に目が慣れていないのか、私の前に

立ったその人は手を振り回している。

そして、私の左隣の椅子に座った。

「フーフー、ハーハー」の息遣いは止まらない。

そして、「なんだこれ、何やってるんだか、意味、分からない」と言う声が、静まり返った

劇場に響いた。

 思わず「お静かに」と言うと、「あぁ!?」と聞き返す声がこれまた大きい。

もう、その人のことは無視して劇に集中しようとしたが、今度はパンフレットを畳んで

パタパタと扇ぎ始めた。

 その音が大きい。静かなセリフが聞こえない。

「すみません、これ止めてもらえますか」と言うと、その女性は意地になってしまった

のかパタパタの音を響かせたままでいる。

 でもちょっと気になったのか、パンフを私から遠い左手に持ち代えて扇ぎだした。

すると、その風が私の方へ来ることになった。

 彼女のハーハーと開いた口出る息もこちらへ来る。それが、あー、クサイ。

 

 それから開演に遅れて来た人が次々とやって来て、折りたたみ椅子は全部埋まったが

時間に遅れてきた人たちは暗闇に目が慣れず、案内の人に手を引かれて、その度に私の

前につっ立って動かない。

私の右隣の席には40代位の女性が座った。

劇は進行し、本村から通り魔殺人などの被害者遺族の話になっていった。

その人は、交際していた女性と友達であったというだけで、その交際相手の男に呼び

出されガソリンをかけて火をつけられた。

 身体の90パーセントを火傷で1週間の命と医者に宣告されたが、火をつけた男が

助ける振りをした。加害所をヒーローにさせたくない一心で、男の罪を知らせるために

だたその執念で彼女は奇跡的に命を取り止めた。

 その彼女の苦しみ怒りは想像するだけで胸が張り裂けそうな気持ちになった。

と、その時、

♪あなたに〜あえて〜ほんとうに、よかった〜♪と音楽が鳴り出した。

右隣の女性が慌ててバックを開けた、バックの口が開かれると音は余計大きくなる。

が、焦って中々見つからない。ようやく見つけてマナーモードにしたようす。

しかし、それから絶え間なくメールのチェックが始まり、舞台に集中していても、

目の端にチラチラと光が入る。

 その後、左隣の人も右隣の人も居眠りを始めた。

右の人などは、ヨダレをすすり小さくイビキが聞こえた。

 (どーしちゃったんだよぉ)と思ったが、後で考えると、私は思い入れというか

思い込みが激しい。

だから、残酷なモノは観られない、読めない。

こういったモノを観ると入り込み過ぎておかしくなる。

 あれくらい気が散れて良かったんだと思う。

 

講演中ほどに10分の休憩があった。

両隣の人が知り合いだったら恐ろしい。顔を見ないようにしてトイレに行く。

 色の濃い眼鏡をかけて変装したつもりになって椅子に戻ると私の席に誰か座っている。

「あの、ここ」と言うと

「友達なんだけど、ダメ?」と70歳が聞いた。

もう補助椅子まで満杯で座る所はない。

「私はドコに座るんですか?」と柔らかく言うと

「やっぱり、ダメだって」と70歳は同じくらいの年の友達に言った。

 

後半が始まると始まった隣のパタパタ攻撃は、すぐに止んで眠り始めた。ホッとする。

宇都宮であった金欲しさに知人男性を脅し監禁して、金を借り集めさせ、熱湯を掛けて

遊び、焼けどで手がつけられない状態になった時、青年を山に連れて行き生きたまま

コンクリートに埋めて殺した事件。

 生い立ちの恨みから無差別殺人を思い立ち、失敗した翌日に自分の父親の姿に似ていた

からと、道ですれ違った男性を滅多刺しで殺害。

 女性弁護士を逆恨みした男、自宅に行き弁護士が留守で玄関に出てきた長男を殺害。

 

被害者遺族となった女弁護士が進行し、被害者遺族の声を伝える。

 

被害者遺族に事件に真相、事実が知らされることはなく蚊帳の外に置かれ、

裁判への傍聴も許されなかった。

 

ガソリンを掛けられ全身に火傷を負った彼女は、敢てタンクトップで法廷に出る。

病院退院後も治療に苦しむ。

その苦しむ姿を見ることに家族が耐え切れないからと、彼女は生活保護を受けて隣町に

住み、母親が消毒に通う毎日。

 全身の火傷は、治りかけの痒みの苦しさは気が狂うほどで風呂にも入れない。

今でも治療は続いているが、「犯罪者被害等給付金」は1年で打ち切られる。

 火をつけ、助ける振りをした時に出来た加害者の火傷は保険によって治療された。

しかし、生活に逼迫し将来の希望は失われ今も治療に苦しむ被害者への金銭的手助けは

ない。

 出せる金もないが、支払ってしまうと加害者に支払わせることが出来なくなるからと

弁護士から支払いを止められている彼女。

 病院からは支払ってくれと言われ、「こっちが被害者だ」とまで言われた。

身体だけでなく心も壊れ、ガソリンの臭いを嗅いだだけで恐怖のパニックになる。

 

 被害者の遺族は、家族を奪われただけでなく、捻じ曲がったモノに追い討ちをかけられ

傷をえぐられる。

 何故、加害者の人権ばかりが守られ被害者とその遺族は守られないんだろう?

被害者のプライバシーは見世物のように暴かれ、人の不幸はミツの味とばかりに貪り

しゃぶられるんだろう?

 

 息子を殺された女弁護士が言う。

「私は、弁護士になった時、殺されてもいいとさえ思っていた。それは、殉職だと。

でも、何の関係もない息子が殺された。

その無念さ、申し訳のなさは、言葉に出来ない。生きる力もなくした。

だけど、自分が被害者の家族になることで、被害者がどれだけないがしろにされ

理不尽な目にあっているかを、初めて知った。

 若しかして、これを知るために、このことは自分に起きたのかもしれない」

彼女は立ち上がった。

 

2000年1月「全国犯罪被害者の会」設立

      5月「犯罪被害者保護二法」公布

 2004年12月「犯罪被害者等基本法」

 2005年12月「犯罪被害者基本計画」

 2007年6月「改正刑事訴訟法」

            と、パンフにあった。

 

 私は旅行でも舞台でも、事前に調べるということをしない。

だから、今回の舞台も冤罪(えんざい)についてだと思っていた。

 でも始まってみると、参考文献の本を読んでおり、登場者についても全員が記憶に

残っていた。

 やっぱし、旅行でも舞台でも、本や人の出合いってやつも出会うべきして出会うんじゃ

ねえのかなぁ。

 にしても、木村夫枝子さんに会ってみたいなぁ。って、思っていると会える気がする。