馬車引き(ムカドン)

 

「勇蔵よ。悲しい話っちゃ、聞かねえ方がいいな。

いつーまでも気持ちに引っかかちまって、こごが、苦しくて治まりがつかなくなって、

どうしようもなくなんだよなぁ」

母は、むっちりした小さな手を胸に当てて言った。

「何が?」

「むがーし、お母ちゃんが子供ん時、馬車引きのイノウエさんって人が居てよ、よーぐ

ウヂに遊びに来たのな」

「馬車引きっちゃ何?」

「馬車引きっちゃあ、荷車に馬付けて引かせて荷物運ぶ仕事だぁ。

リヤカーみってなやつだの、荷車なんかを馬で引っ張らせて頼まれた荷物運ぶんだけど

まあ、今でいったら宅急便みてえなもんだな」

「へぇー」

「狭いウヂなのに、毎晩のように誰かは遊びに来てたんだけど、イノウエさんって人は

優しい人で、特におじいさんと気があってよーく来てたんだわ」

(最初のウヂはホームで、後のウヂはハウスのことだ。

彼女は、殆どの言葉に濁点が付いた話し方をしているが、書くのがとても大変なので、

これからのキヌの話は濁点を付けて読んでください。

例えば濁点がつかない、あいうえおなにぬねのまみむめもにもやゆよわん、にも濁点が

付いた話し方をすれば、キヌの話が想像出来るでしょう)

「そしたらぁ、ある時イノウエさん、悲しくて辛いことがあって一週間も仕事が手に

付かなかったって言って来たんだぁ。

それは、もう師走に入って寒くなった頃だったんだげど、イノウエさん、オオガドの

方に荷物、運んで行ったんだと、馬車引きっちゃ、馬車に荷車付けて頼まれた荷物を

運ぶんだげど、その日のうぢに帰ってこれねえことが多くて、

昔は馬車宿つうのがあって、山越えて荷物運んだらそこに泊まって次ぎの日に帰って

来んだ。

その日は雪が降り出してたんだと、山道が白くなりだしたとこを

馬車で上がっていったら分かれ道の木のとこに小さな子供が二人居たんだと。

分かれ道の木の下で、子供だげが、二人で抱き合って立っていたんだと。

イノウエさん、どうしたんだっぺ?と思って『どうしたんだぁ』って聞いたんだと、

そしたら

『お母ちゃんが、すぐに迎えに来っから、コゴで待ってろっつったんだぁ』って言うん

だと。

だーれも居ねえ山ん中なんだけども、その子供らぁ連れて行っちまって、その後で

迎えに来たら大変だし、子供が居ながったらヒトサライになっちまう。

きっと何処かに母親が居んだっぺと思って、気になりながらもそのまま山を越えだん

だと。

そんで、

その次の日、帰り道にそごを通りかかったら、子供が白く積もった雪ん中で抱き合って

倒れで、死んでいたんだとぉ。

ナンーボか、寒かったっぺなぁ。

二人で寒いなぁって抱き合いながら凍えて死んじまったんだなぁ。

 

『キレーな顔した子供らだった。そんなトコに置いていった母親はオニだ。

自分が育てられねえなら、誰かにやればいいんだ。子供欲しい人はイッパイいんだから』

って、イノウエさんが、その話を何回もすんだよ。

泣きながらすんだよ。

そうすっと、父ちゃん、涙もろいんだけど、意地っ張りだから絶対涙なんか見せたく

ないのな。

そんで、

『もう、いがっぺ。その話はいがっぺ。違う話すっぺ』って言って、違う話始まんだけど

暫くすっと、また始まんのな。おっくるげえし、ひっくるげえし、しつこいんだわ。

そのうち父ちゃんがホトホトやんなった頃に母ちゃんが、『かわいそうになぁ』って

相槌打ったら、『いい加減にしねえか!』って、父ちゃん物凄く怒ったんだわ。

 あれ、悲しかったり、可愛そうでどうしようもねえと怒り出すんだ。

父ちゃん、イノウエさんには言えねえもんから、母ちゃんにあんなに怒ったんだなぁ。

 

イノウエさん、それがらしばーらぐ、仕事やんねで、頭オカシクなったようになってたよ。

 

 

 この話は、本当はクリスマスに載せようと思っていた話だ。

母から幾度となく聞かされてきたこの話は、何故か“フランダースの犬”の話を思い出す。

“マッチ売りの少女”の話を思い出す。

昭和の十年代、終戦前の話は、現代の人には理解しにくいかもしれない。

 

イノウエさんが、雪道で出合った二人の子供…。