暴力

 

お祭りで声を掛けられた。

「久しぶりですね〜、変わらないですね」

「そうですか」と笑顔で答えてみたが、その人が誰か分からない麻子。

「覚えてませんか?最近行ってないんですけど、前は(あなたの)お店によく行ってた

んですよ」

「そうですかぁ、ありがとうございます。私、人の顔覚えないタチなもんですみません」

と何時ものセリフを言うと、

「お客さんイッパイですものね」とその人もよく聞く返し。

 

「今もお店やってらっしゃるんでしょ」

「はい、おかげさまで、でももう子供たちがやるようになったので」

「あの、キレイな娘さんたち?」

「あら?目がワルイ?」

「そんなぁ、二人いらして、二人ともスゴクおキレイですよね」

そういう時、キレイって何だろう?と、麻子は思う。

「奥さんもキレイだから」

はぁー、どこがだ?ワシャ、孫に、日本昔話のジイさんを指差してバアバと呼ばれ、

ススキ色のカピバラを指差してバアバと言われているんだぜ。という言葉を呑みこんで

「やっぱり、目がワルイ?」と言う。

「いえ、フツウのキレイじゃなくて、普通の人にはないキレイさがありますよね」と、

その人は言う。

それって、なんなんだろう?と、真面目な麻子はすぐに考える。

んー、娘にしても自分にしても、よくありがちな人を羨ましがるとか張り合う、横車を

押す、上げ足を取る。みたいなところはないかな。コソコソ話をしたり嘲り笑いをしない。

あと、人の懐を見る覗くみたいな所はない。人の手紙、メール弁当箱の中を盗み見する

などということはあり得ない。

人のモノは親のモノでさえ欲しがらない所がその人には見えていて、キレイだと思っ

ているのかな、と勝手に麻子は思う。

 

「ところで、奥さんって、旦那さん居るんですか?」

「え!?居ますよ」と答えながら、自分って若い時からよくこの質問されてきてるな。

よっぽど結婚オーラがないんだろうな。と思う。

「居るんだぁ、旦那さんって、どういう人ですか?」

「どういう人って、まぁ、この私と暮らしているんだからちょっと変わってるかもしれ

ないかな」

「短気じゃないですか?」

「短気?・・・んー、短気ねぇ、短気って言ったら短気かな?

私も短気なんだけど、私の短気とはまた違った種類の短気かな」

「ウチの旦那も短気なんです」

「そうなの、でも短気な人ってずるくないってあるお坊さんが言ってたよ」

「そうね、ズルイ所はないけど短気でどうしようもないんです」

「性格って中々変わらないからねぇ、少しはよくなったけど、年とってもやっぱり

私もウチの人も短気だなぁ」

「でも、暴力は振るわないでしょ?」

「あ〜、イッカイ大喧嘩であったけど、私もその時振るったし、お互いもう二度と

手は出さないって約束したんだ」

「だったらいいですね」

「ん?」

「ウチは暴力があるんですよ」

「え?」

「自分の思い通りにならないと突然切れて殴る蹴るの暴力になるんです」

「えっ、そんなこと言っていいの?」

「ええ、私の友達みんな知ってますから、私も言わないとやってられませんから」

「そうなんだぁ」

 

こういった話をすると、暴力を振るわれている人にも何か非があるんじゃないのか?と

言う人が必ず現れる。

イジメの場合でも同じでイジメられるのはイジメられる方にも何かがあるんじゃないか

という人が必ず出て来る。

一つのことを解決する前に違う話をくっ付けることで、話は複雑化していく。

物事は単純化して、一つ一つ解決していくことによって全体の答えが現れて来ると麻子は

思う。

 

30年近く前のことだ、研究の仕事をする旦那さんとピアノの先生をしている奥さんと

知り合いになり、ある時、ホームパーティに招待された。

彼女は、夫からの暴力に悩んでいた。でも、誰にも秘密にしていた。

それを、麻子に打ち明けた。

自分が夫から暴力行為を受けているということは、彼女にとって屈辱だった。

彼女の夫と麻子が二人きりになった時、言った。

「〜さんにとって恥って何だと思います?

私は、自分以外の人を、どんなに親しい人でも力で支配しようとすることが恥じゃない

かと思うんですよ。

それがぁ、私、感情的で短気で、つい自分以外の人も自分の思い通りにしようとしちゃう

んですよね。

私にとって、一番の敵で、手に負えないのは自分かな」と、

 

知人の夫が、他所の女性と付き合っていた。

知人は暗く子供たちも遊んでいても突然家に帰ってしまったりして、どうしたのかと聞

くと「お母さんが家で一人で泣いてる気がした」と言った。

麻子の夫が仕事の打ち上げでスナックに行くことになり、麻子も誘われた。

そこに付き合っている彼女が働いて居た。

 お客に混じって知人の夫が居た。したたかによっていた。

忙しい彼女に彼は「ちょっと、こっちに来い」「〜持ってこい」などと言い付け、彼女は

困って泣き顔になっていた。

麻子は、自分のグラスを持って彼の所に行った。

彼は怪訝な顔をしたが、「私、奥さんの知り合いの麻子と言います」と隣に座った。

嫌な顔をする彼の耳元で「お宅の〜ちゃんと〜ちゃん、よく遊びに来るんですよ」と

言いながら彼の指を1本握った。これが大事なんだな。

男は力が強いから全体で戦ったら勝ち目はない。

しかし、指1本なら幾らでも力が出せる。

その指をじわじわと反らせながら

「ここの彼女も、奥さんも、〜ちゃんも、〜ちゃんも、今後泣かせるような真似したら、

〜会社に電話するからね。ウソじゃないからね、本気だからね」と言って

「じゃ、ごゆっくり」と夫の所に戻った。

 

誰にも、宝物と弱点があるんじゃないかと思う。

それは、人間だったり、仕事だったり、プライドだったりひとそれぞれ。

それがお守りとなって人を正しい道へと向かわせる。

 

先の暴力夫は、四国の88か所を一人で歩いてきたという。それだけでなく色んな神社

仏閣を歩いているのだという。

家族ぐるみで付き合ってきた家の子供にジイジと呼ばれ、暴力夫の顔と全く違う顔に

なるのだという。

自分の闇と戦うのは、自分しかいない。

 

麻子は、その夫が切れて暴力を振るいそうになった時

「その顔、〜ちゃんが見たらどう思うかな?」と言ったらどうなるだろう。と思った。

が、それさえも、自分で気が付いたらいいのかもしれない。と思った。

 

最近の麻子は、それぞれの人が、ぞれぞれに気が付いて、それぞれにやっていくんだ

から、私はわたしの道を歩けばいいんだ。と思うようになった。

 そしたら、スゴ〜ク楽ちん。