泥棒に入られた話

 

 最近、知り合いになった子(男)が、去年店を出した。

そして、その店の二階に住んでいるのだが、最近店に泥棒が入ったのだという。

泥棒が入っていた時に彼は二階に寝ていたのに気付かず、泥棒に一階の店を荒らされて

今も何だか気持ちが悪くて仕方がないのだと言う。

 泥棒に限らず、悪いもの邪悪なモノってのは闇を好み、大きい音を嫌うそうだから

一階の店を夜でも明るくして、ドアにはベルのような音の出る物を取り付けたらいいかも

しれない。なんて話をした。

 しかし、彼の考えは前向きで、「早いうちに泥棒が入ってよかったのかもしれない」と

言った。

「人生、何事もなく過ぎてしまうと、世の中はこんなものなんだと高をくくってしまって

後に大きな落とし穴にはまることになったりするから」と彼は言った。

一番危ない、怖いのは、怖いということに気が付かないで生きていることだという。

 

私が泥棒というものを、身を持って経験したのは、中学生の時だった。

その泥棒が家に入った話をするにあたって、私と私の妹について話さなければならない。

 4歳下の妹は、驚く程、私と違う。

私と違った意味で、几帳面できれい好き、努力家、真面目、融通がきかない。

冗談の通じないところがあって頑固。

人間付き合いが不器用で淋しがりや。情にもろいが、皮肉屋。

執着する癖に思い切りがいい。

しかしまあ、それらのことは裏を返せば私に似ているのかもしれないと思う。

 私が、学校で殆どの先生から呼びつけにされていたのに比べて、妹は呼びつけにされた

ことがない。そのことで、学校での彼女と私の様子が分かるかと思う。

一日に何回着替えても真っ黒になる私に比べて、妹は一週間同じ服を着せても大丈夫

なくらい汚すことがなかったと母が言う。

イジメに合うようなヘマも、したことのない妹だった。

 しかし、私は成績が悪いから先生が呼びつけにされてのではないということを、妹の

お陰で知った。

何故なら、妹の成績は私と変わらなかったのに常に一目置かれていたのだ。

 

中学生の時、学校から帰ると母親が騒いでいた。

どうしたのかと尋ねると、泥棒が入ったのだと言う。

早速、警察に電話したのだが、私は内心、面白くって興味津々、ワクワクしていた。

しかし、にやけてたら母親に怒鳴りつけられることは必至だ。

だから、困ったという顔をして傍にいた。

 警察からは、何も触らないようにと言われて待っていると、オマワリサンがやって来た。

母親が言うには、オマワリサンと刑事というのは違い、事件には刑事が来るのだという。

その頃住んでいた家は、6畳と4畳半の二間で、その前にプレハブの廊下を建て増した

小さな家だった。

その廊下の両端にカーテンで仕切った一畳ほどのスペースが、私と妹の部屋だった。

二人の部屋は対照的で、私の部屋は、ゴチャゴチャと物が積み上げられ、訳が分からない

有様なのに比べて、妹の部屋は整理整頓という言葉を絵に描いたように片付けられていた。

 

家の中には、現金が置いていなかったのでお金の被害はなかったが、その何日か前に

母親の慰安旅行があり、その時に買ってきたお土産の山が消えてなくなっていた。

被害はそれだけだろうかと、狭い家の中を調べてみると、妹の部屋の貯金箱が壊されて

いて、その中の小銭がなくなっていた。

 妹にとっては中の小銭よりも貯金箱の方が大事だったらしく、悔しがっていたが、

それよりも、私の部屋のものが何も盗られていなかったことが悔しかったらしかった。

 刑事には、「オネエチャンの部屋も荒らされてますね」と言われたが、残念でした。

荒らされてなかったのです。いつも荒らされたかのようにゴチャゴチャだったんですよ。

その上、お金もあちこちに入っていたのに、全く盗られていませんでした。

妹には「オネエチャンってズルイ」と言われたけど、仕方がないね。

 

次に覚えているのが、22歳で結婚したその年だった。

新居として住んだ貸家は、南西側が田んぼで、その向こうを単線の電車が走っていて

夕焼けが大きく見える、のどかなところだった。

あれは稲刈りが終わった頃だったと思う。

何故かというと、家から出た泥棒の足跡が雨上がりの田んぼに残っていたからだ。

 その日、仕事から戻った私は、玄関のたたきに薄汚れた自分のパンツを発見した。

(何じゃこりゃ!?)と思い拾ったが、後で考えると何やらシンナーの臭いがしていた。

その後で警察に聞いた話によると、人のパンツにシンナーをつけて、それを嗅ぎながら

盗みをはたらいたらしい。

茶の間にもパンツが落ちていて、マサカあいつか?と一瞬、夫を疑った。(ゴメンね)

 隣の部屋を開けると、といってもふた間しかないのだが、なな、何と!

箪笥の引き出しが全部開いて私のモノ、下着がスッカラカンだったのだ。

警察に電話して、事情聴取というやつをされたのだが、盗られた物の特徴を事細かに

聞かれることとなった。

しかし、それが黒いスリップだのブラジャーだのパンティーの色柄も聞かれ、物が物だ

けに、なかなか説明しづらかった。

「黒いスリップは葬式用なんです」なんて言わなくてもいいことを言った。

熟年のオマワリサンが、若い子を連れて来ていた。

そいつがやたらと照れるから、私までが恥ずかしくなって困ったもんだ。

「ブラジャーの特徴は?」と聞かれ、その頃、新発売になったばかりだったやつで

「ワイヤーが入っています」と言うと

「そんなの着けて痛くないの?」と聞かれた。

その頃は、生意気にもネグリジェなんてもんを着てた。

今は、パジャマ以外は着ない。

5月に結婚する時に全部新しく買ったので、あれは結構な損害だった。

でもって、驚いたことに洗濯機に入っていたものから、干してあったものまで根こそぎ

持っていかれていて、その晩は夫の下着を借りた。

笑ちゃうことに、外に干しておいた下着を盗るのに、夫のものは外して踏みつけ、

私のものだけがきれいに持っていかれていて

「オレのも一枚ぐらい持っていけよな」と横でぼやいてるやつがいたな。

 

「下着泥棒が捕まりました」と連絡が入ったのは秋の終わり、冬の匂いがする日だった。

近所の工場の寮に住んでいたという、その頃の私と年が変わらない子らしかった。

私は、その人を知らなかったが、向こうは私を知っていたらしい。

その子は下着泥棒の常習犯だったそうで、部屋には下着が山のようにあったらしいが、

何故か私のものだけ全部燃してしまったという。

まあ、返されても着けるつもりはないが。

でも、何故私のものがあったと分かったかというと、本人も白状したのだが燃やした灰の

中にワイヤーがあったのだという。新発売ブラジャーのワイヤーが…。

そして「その犯人の家族が、謝りに来たいと言っているんですが」と警察の人は言った。

謝りに来られても何て言っていいか分からない、「結構です」と私は言ったが、

それから何日かして、夜遅く、その子のお母さんがやって来た。

玄関に菓子箱を置いた母親は「すみません、すみません」と何度も頭を下げていた。

私は顔を上げられず、何と答えていいか分からなかった。

「母親一人で育ててきて、淋しい思いをさせてきた」とその人は言った。

木枯らしが吹き始めた寒い夜だった。

 

 その次に記憶にあるのが、今の家に引越してきてからのことだ。

近所の家のガラスが割られ、泥棒に入られた。

 その晩、我が家は玄関の鍵を掛け忘れていた。なのに!泥棒は、入らなかった。

その話をしたら、ガラスを割られ泥棒に入られた近所の家の被害が、ガラス代の方が大き

かったのだという。

「あー、ウチも鍵掛け忘れればよかった。ずるーい」と言われ

中学生の時に泥棒が入ったこと思い出した。

 

私は、勘がいいのだが、コントロール力と判断力がない。

だから、何かが起きる時にイライラして暴れたり、かと思うと眠り続けたりする。

 その時は、イライラだった。

東京に用事があって家から出掛けた。

それが日曜日、月曜日は仕事が休みなので火曜日に帰ってくればいいと思いながら

夫と二人で東京に出掛けた。

 実は私は店をやっている。

だから泥棒が入ってレジを開けた時刻がレジスタに表示されていて、何時に泥棒が入った

のかが、はっきりと分かることになった。

 私は、何時も自分の勘が本当に当たっているのかと疑問に思っているのだが、

その時に関しては、ドンピシャリ当たっていた。

 日曜日の夜8時45分だった。

東京の娘のマンションで、その時間に私は訳の分からない癇癪が起きて夫と大喧嘩になっ

ていたのだ。

その場に娘が居て「お母さんの言っていること訳わかんないよ、気違いみたいだよ。

今日は、お母さんが100パーセント悪い!」と言われたが、どうしようもなかった。

車で家を出る時から、何かがおかしくて変だったのは確かだった。

夫はブチキレテ「このままあんたの傍に居たら暴力振るいそうだ!」と部屋を出て行った。

その時私は(あー、怒って一人で家に帰っちゃったかな。でも帰ってくれたらいいなぁ、

そのほうが、安心だ)と思っていた。

 ところが、夜中過ぎに、夫は酒を飲んでご機嫌でマンションに戻って来た。

「何だ、帰んなかったの?」と言いながら、その頃には私のイライラは納まっていた。

そして(良かった、帰りも車で帰れるから楽チンだ)などと思った。

月曜日は、買い物をしたり食事に行ったりしてのんびりした。

火曜日の朝、(店員さんに店を開けてもらえば少し遅れてもいいや)なんてマンションで

グズグズしてたら、電話が入った。

「大変です!今店に来たら玄関が開いていて、レジが開いています!」

ありゃりゃ!二階に現金置きっぱなしだ。それも、ン百万。

ゲロゲロー!「分かった、すぐ帰る」と車を飛ばして戻ったが、

家に着くまで生きた心地がしなかった。

家に着くや否や二階に駆け上がり、お金を入れていた籠の中を見た。

「あったー、神様、有難うございます!」

店の裏から入った泥棒はレジの一万円札を二枚だけ盗って、ジャラ銭は

5万円以上あったのに持っていかなかった。

それに、一万円が一枚静電気で上に張り付いて残っていた。

二階に上がろうとしたらしい泥の足跡があったが、泥棒は二階には上がらなかったらしい。

そして、日曜の夜から火曜日の朝まで玄関の鍵は開いたままだったのに、何事もなかっ

たというのも有り難いことで、結局、被害は現金2万円だけだった。

 我が家は、変なことを言ちゃうけど、家族以外の何かが居る気がする。

家が安普請のせいかもしれないが、歩く足音が聞こえたり、パチンパチン音がするのだ。

店員さんが、「みんな出掛けて二階には誰も居ない筈なのに足音がするんですよ」と言い

何度か様子を見に二階に上がったりしているのだという。

若しかして泥棒が入った時、そして二階に上がろうとした時にもそれが聞こえたのかも

しれない。

 その後で、警察を呼んだ。

二階に上がった警官は「二階も荒らされてますね」と言ったが、

すみません、荒らされてなくて、いつもこんななんです。

ちなみに、閉所恐怖症の私は、どの引き出し箪笥も半分開けてある。

きっちり詰めたり重ねると息苦しくなるため、モノが部屋に散乱している。

 でも、「もし泥棒が入っても、何処に何があるか分からないから、盗みようがないね」と

誉められた?もんねーだ。

これって、怪我の功名ってやつかなあ。

 

その他にもあったことを思い出した。

足掛け18年生きた愛犬ブラックタンのミニダックス、エルが寝たきりになった頃だから

1998年の事だ。

一階に寝かせていたエルが夜中にけたたましく吠えた。

私は二階に寝ていたが、嫌な予感がして階段を降りた。

正面のドアが細く開いていた。

驚いて金庫を見ると、やはりそのドアが開いている。

その日に集金があり金庫には、3百万近くが入っていた。

 あー、もうダメだー。と力が抜ける思いで金庫の中を見ると、全くいじられた様子は

なく金も無事だった。

あの時、本当に誰かが家のドアを開けたのかどうか?分からない。

だが、家の玄関ドアも金庫の扉も開いていたことは事実だ。

近所のガラスが割られ金品が盗まれた以外にもアルツハイマーの老人が、夜中に拾った

鉄の棒でガラスを割って歩くということがあった。

その時も我が家だけを素通りした。

 

今年2006年に近所に軒並み泥棒が入った。

駅の近くの医院を手始めにガソリンスタンド、店、会社など7,8件が被害にあった。

ある会社などはパソコン2台とデジカメが盗まれたという。

 その晩、夜中の2時から4時位にかけて現在飼っているクリームのダックスフント、

マイロがずっと吠えまくっていた。

夜中に家の中を走り回り、あっちに行っては吠え、こっちに行っては吠えて、どうしたの

かと思った。

丁度その頃、泥棒が近所を行脚していたらしい。

「うるさいよ」と私は犬に言ったが、眠いこともあって放っておいた。

それが、良かったようでセコムしていない山小屋に入られることなく、このパソコンも

無事だったというわけだ。

このパソコンに対する想いは、言葉では語れない。今の私の生きる支えだと言っても

過言ではない。

 まあ、パソコンへの想いは兎も角、ここの家は何かに守ってもらっているのではないか

と思っている。店の万引きも殆どない。

雑然とした取り止めのない、その上死角が多く盗る気だったら盗り放題の店なのだが、

本当にそういうことが殆どない。

盗られたことはあるが、そういうことをした人はここに来なくなる。

 

万引きでも泥棒でもそういうことをすると、そこにある悪いモノも一緒に背負っていく

と聞いたことがある。

盗られるのも嫌だが、泥棒するような不幸な人がそれ以上悪いモノを背負わないことを

祈るばかりだ。

 

後日

 最初のところで書いたヤツが、これを読んで「あの後気持ちが変わったんですよ」と

言ってきた。

何が変わったのかと聞くと

「泥棒が入った後は、気持ちが悪くて二階に居てもちょっと音がすると気になって仕方が

なかったんですけど、気がついたんですよ。

ここはお店で、毎日いろんな違った人が来るでしょ、その延長線上で来たんだなって。

盗られたのも入られたのも勿論イヤですけど、あなたの言ったようにやっぱり悪いモノも

持っていったんじゃないかなって思うんですよ。

そしたら、音がしてもそんなに気にならなくなったし、前に言ってたでしょう?

自分が居る場所は自分が選んだだけじゃなくて、そこに選ばれてやってきて居させられて

るんだからそこにダメっていわれるまで、安心してそこに居ていいんだって。

自分のものでもみんな借り物なんだから大事に使えって。

何だか納得したんですよね。そしたら不安がなくなったんですよ」

 

良くないことは、良くないだけのことじゃないんだな。

それを、良くするのも、悪くするのも自分なんだな。

って、アイダミツオか?おめーは!!