エメラルド

 

<はじめに>

 美咲は、3,11の震災があって、これまで人には話さないできたことを話す人が

増えたと感じている。

 実際、震災後に不思議な話が相次いで美咲の耳に入ってきている。

といっても、以前から今まで誰にも話さないできたということを美咲の所に置いて行く人

は居たのだが、震災後、それに拍車を掛けて多くなった。

 

 話すっていうのは、何かを放すことなんじゃないかと美咲は思う。

そして、聞くはその何かの気が来る、気来(きく)ることなんじゃないかと思う。

 人は生きている間に、その何かから解き放たれたいんじゃないだろうか。

その何かは、解き放たれることを目的として苦しさや辛さを伴って現れる。

(辛さや苦しさがないと人は動かないから)

その何かっていうのは、何か、といったら、一人ひとりみんな形も意味も違うモノで、

他人が聞いたら「なんだそんなもの」と言うか

「えっ!そんなに大変なこと、大丈夫なの?」というか分からないが、

その人本人にとっては、生きるテーマちゅうか課題みたいなことなんだと美咲は思う。

 以前(2001年以前)の美咲は、それ(気来る)を行うと、そのことについてあれ

これ考えて忘れられず、或いは、どうしたらその人が少しでも楽になって新しい道を

見つけられるかと心配したり、自分の言動を反省して自らの首を絞めるような所があった。

それに、それを聞いた人が、事実の事なのかとか、だったら何処の誰のことなんだ?と

いうことばかりをフォーカスし関心を持って、その奥底にある教えに目を向けない人が

居ることを感じて話したくなくなった。

そういう人に話すのは、話してきたその人に失礼になるような気がして、そうした気持

ち、考えが、今までの美咲にブレーキを掛けてきた。

 

 ある作家が「震災があって自分の中の何かが変わった。今まで書かないできたことを

書いてしまおうかと思う」と言っているのを聞いたが、美咲もあの震災があってから自分

の所へ来た話を書いてしまおう。と思うようになった。

震災で一変した、この天下国家の一大事に、自分がどう思われるかを気にするなんて

ちっぽけな保身だったのだ。

 ただ、これからの話は、名前、性別、年齢、家族構成など形を変えていくので偶然の

一致で同じ話があったとしても、きっとその人のことじゃありませんから、逆に全く同じ

だったとしたら違う人の話ですから、悪しからずご了承ください。

 

 

<エメラルド>

 マリエさんという奥さんが居る。

きっと良い育ちをしたんだろう、上品ぶってはいないが上等でセンスの良い身なりをして

一緒に歩く友達も類は友を呼ぶってやつですか、同じようなタイプで金持ち的な感じだ。

 マリエさんは、パッチワークとか、何やら高級な人形作り、デコパージュなどを趣味と

していた。

 

 震災から2カ月後、美咲はマリエさんとバッタリ会った。

マリエさんは、相変わらず華奢な彼女の身体に似合う衣服をセンス良く身につけていた。

「お久しぶり〜、元気だった〜」と、にこやかに声を掛けてきた彼女だったが、

それから、「地震どうだった?」という話になりマリエさんの話を聞くことになった。

そして、身近な所で実際にそういうことが起きたということと、そういうことがある

んだぁ。と美咲は実感させられることになった。

 

 マリエは、夫を亡くし義母と2人の息子の4人家族だった。

義母は認知症になって毎日のようにデイサービスに通っていた。ということを、美咲は

初めて知り、自分が思っていた遊び人で優雅なマリエさんというイメージが変わった。

 長男は、東京の大学を出てそのまま東京で就職した。

二男は、地元の大学を出たが就職先が決まらず実家からアルバイトに通っていた。

 3月11日、東京から長男が実家に帰って来た。

二男もアルバイトが休みだった。

何時もだったら義母も連れて4人で食事に行くか、自宅に皆で居たところなのだが、

マリエは自分も疲れていたし、車椅子の義母も連れ歩いて疲れさせたくない気がして

デイサービスに頼んだ。

デイサービスのあるグループホームは、海に近い自宅から山の方へ登って行って15分

程の所にある。

 久しぶりに息子たちとゆっくり食べた昼食は、美味しかった。

そこに来ると買うことにしている卵を買う為に、道の駅に寄った。

 御目当ての卵を買って夕食のおかずになりそうなものを物色していた時だった。

グラグラと揺れがきた。

 揺れは大きく、長く続いた。

道の駅の中は大騒ぎになった。

 何度も来た揺れがおさまった時、「家はどうなっているだろう」と

「お祖母ちゃんは大丈夫かな」と、3人は顔を見合わせた。が、

「お祖母ちゃんの方が心配だよ」と意見は一致した。

 そして、お祖母ちゃんの居るグループホームへと向かった。

「こういう時は、義母の認知症が有難い」とマリエは言う。

地震の恐怖も、その後の後遺症も、殆どなかったのだという。

 そして、後から考えると、その時そのまま自宅に戻っていたら丁度津波に遭遇すること

になっていたのだという。

「今でも信じられないのよ。

ご近所で朝挨拶した人が、夕方には居なくなってしまったの。

仲の良かった人も、苦手だった人も…」

 地震の後、近所の人達は家が心配でその周りに居たらしい。

そこに津波が来た。あっという間だったらしい。

 

 家が流され、その日から避難生活になった。

何日かして、マリエは、家がどうなっているか見に行った。

 土台だけで、家は跡形もなくなっていた。という。

 

「でも、不思議なことがあるのねぇ。

丁度玄関のあたりの所の横にキラッと光る物が見えたの。

何だろうと思って見たら、タイルとセメントの間の溝にエメラルドの指輪があったのよ。

それがね。

義母が、まだ頭がしっかりしてた頃に『これは、あんたにあげるからね』って言って

見せてくれた指輪なのよ。

私、5月生まれで、もうすぐ誕生日なんだけど、知ってる?

5月の誕生石って、エメラルドなのよ」

 

 マリエは、海外に行った時に買い集めた布が沢山あったのだという。

アンティークのレースやリボンなども、キレイな箱に入れて山ほどあったんだという。

 ピアノも2台あったらしい。

「でもねぇ、何だか、ミーンナなくなっちゃっても私大丈夫みたいなの」

という彼女は、以前より早口になった気がするが、美咲も本当に大丈夫だ。って気がした。

 

 不思議だけど、自分で選んでんだよなぁ。と、美咲は思う。

家の心配より、お祖母ちゃんを心配し、物品より思い出や家族を彼女は大事に思っている。

 だけど、指輪だけは、ホント不思議。

ナンデ、そこに?

 ねぇ。