ガチャン

 

 店の売り物である鉄製の郵便受け。その受け口と、横にある取り出し口をバッタン、

ガチャンと開け閉めして遊んでいる女の子(小学一年生か年長さん位)が居た。

 それは白くペンキで塗られた物で、更にそこにマグネットをバチンバチンとくっ付け

外し、その度に落として遊んでいる。

 そのやりたい放題な感じに、注意するのも面倒くせえなぁ。と、しばらく知らん顔

していたが、その保護者も何処に居るのか注意せず、仕方ないな。とその子の側へ行った。

「あのねぇ、あそこに子供の遊べる場所があるよ。オモチャもあるから、そこで遊ばない?」

子供は横目でこっちを見たが、知らん顔でガチャガチャを止めない。

「あのさ、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」

「…」

「お店の物は触らないで見て下さい。ってお願いしてるんだけど、出来るかなぁ」

というセリフが終わるか終るか終らない間に子供は走って逃げた。

 そう、逃げた。って感じでそこから居なくなった。

何処に行ったのかと思っていたら子供の遊ぶ所で遊んでいた。

 話しかけたり挨拶した時、横目で睨んで返事をしない子が居るけど、

なーんで、何があって、ああいうコソコソした子供になるんだろうな。と思う。

 

 少し経った時、ガチャン!と何かの割れた音。

音のした方へ行くと、さっきの女の子がピンクの陶器のフタを持って立っていた。

 床にはその本体であるフタの下の部分が落ちて壊れていた。

「大丈夫?怪我しなかった?」と側に行くと、

「すみません!」と慌てた様子の母親も来た。

「いや、壊れたのはいいですから、怪我はしてませんか?」

「大丈夫よね」と母親はちゃんと調べもせずに子供に言う。

そこで「うえ〜ん」と子供泣き出す。

すると、「ごめんね。ママが悪かったの。ごめんね」と、母親。

 そこで滑りだすこの口。

「何でママが悪いの?」

「ママがちゃんと見てあげていなかったから悪いのよね」

「ううん、ママは悪くないよ。

ママが落としたんじゃないもの。

落としたのはワタシだよね。

さっき、触らないで見てね。っておばちゃん言ったんだよね。

その時、返事しないから約束できなかったんだね。

でも、落としちゃったんだから仕方ない。怪我もしてないし、大したことない。

そして、もうこれからは触らないで見られるようになるね。いい勉強したね」

そこへ「すみませんでした。弁償します」と母親。

「いや、いいですよ。こういうことは店にはつきものなんです。

それより、こういうことで子供って育って行くと思いませんか?

さっき、店の物で遊んでいたから触らないでね。ってお願いしたんですよ。だけど、

知らん顔して返事しなかったのね」と半分は子供に言うと泣きながら頷いた。

「失敗しちゃったね。でもこれから気を付ければ失敗じゃなくなるんだよ」

 子供は、話は聞いてるようだったが、うえーん。を止めない。

でも、最初のうえ〜ん。とは違って惰性になってきている。感じ。

「よし、ビックリしたのは分かった。で、これからあなたがやることは、泣きやんで

機嫌良くここで遊んでママがお買いものをするのを待つこと。だな」と言う。

 そしたらビックリ「うん」と子供は頷いて「ごご、ごみんなさい」と自分で謝ったのよ。

鼻水をグジュグジュいわせながら。

「よし!」と思わず私は言った。

 

 それから、彼女(女の子)が最初は手につかない様子だったが、段々にオモチャで遊

び始めた。

ママに「彼女は階段を一歩登ったね。ね、ママもそう思うでしょ?」と言うと、

「はい、ありがとうございます。あのぉ、あれ、弁償しますから」

「いいや、いんね。それより子供に向かってああいうこと言う他人ってなかなか居ない

でしょ」

「ええ、でも、ありがたいです」

「そうですか、私は、そういうあなたがありがたいです」と私は言った。

ママは買いものを続けた。プレゼントを今日中に決めなくてはならないらしい。

 

 仕事に戻った私はもうその親子のことは忘れていたが、

「あのぉ」と帰りがけのママが挨拶に来た。

「おぅ」

「今日はありがとうございました。

私、このお店大好きなんです。これからもよろしくお願いします」

「そんなぁ、こちらの方がお願いします。ですよ。

だけど、良かったぁ。ね。ママもそう思う?」

「はい」

「もう一つ良かったのは、子供が泣いた時、やりがちなのが『もういいから帰ろう』

ってそこから逃がしてしまうことなんだな。

そうすると、一つには、嫌な場所から逃げる。ってことを覚えてしまう。

そして、もう一つ、逃げた場所は怖い場所になってしまうんだって。

逃げないで決着を付けると、そこは決して怖い場所じゃないって分かるのに、逃げちゃう

と、そこは嫌な場所としてインプットしちゃうんだってよ。

キャ、怖いね。ママ」

「フフ」とママは笑った。

 

そして「ホントにありがとうございました」とまたまたママ言うので、そんなに言うなよ。

と照れて、「バイバーイ」と子供の方に声を掛けた。

 そしたら、子供はドアから出かかっていたのに戻って来て、

「バイバーイ」って、手を振ったんだ。

 

 

 

 

 P・S

逃げることはいけないことで、逃げてはいけない。と必ず決まっているわけではない。

まぁ、一応、避難と逃げは区別して考えられているが、逃げる必要のある時もある。

一目散に逃げなければならない場合もあるから、その時の状況と自分の心を澄ませて

勘を働かせてくれたまえ。

    人生はライブだ。イェーイ!