下校時間

 

 そろそろ小学生の下校時間になる。

山小屋から見えるミチコさんの屋敷、その周りをうろつき始める小さな人影が見える。

山小屋の前に広がる田んぼ、その向こうを横切る道路、道路から一段高くなった所に

ミチコさんの家の広い畑(千坪以上)があり、その奥に大きな屋敷と蔵が見える。

 屋敷の後ろを囲む杉木立の上は、ポーンと青空。

何百年か経っている大きな柿の木が、畑の中に立つ。

 小さな人影はミチコさんの孫の将太君のショウ君だった。

 

 丁度一週間前も、私はここに座って書きモノをしていた。

畑と道路の間に細い鉄塔が立っている。

 そこの陰に隠れるように小さな影が動いていた。

老眼が進み見え難くなった眼を凝らして見ていると、ショウ君だった。

白いビニールハウスの中を出たり入ったり、柿木の下を行ったり来たり、そして

鉄塔の所に来ては、道路の向こうを気にしている。

 道路に背を向け、鉄塔に寄り掛かって空を見上げたり、鉄塔にぶら下がったり、

細い鉄塔なのにそこに寄り添うとショウ君の姿が消える。

 しばらくして、道の東から下校の集団が現れた。

畑の北側のT字路で子供が二手に別れた。その中にニイニ(小学2年)が居た。

 ニイニは友達が居る間は、ショウ君に気が付かない振りをしていたが、友達が居なく

なったとたん、畑の土留めをよじ登った。

 それを見たショウ君が、ピョンピョン飛び跳ねている。

ショウ君は服の埃を払おうとするニイニに抱きつき、ニイニはショウ君を抱き上げて

ぐるっと回した。

 二人は、子犬のようにじゃれながら屋敷の方へ走って行った。

私は元々涙もろい、でも年のせいもあるのか、何だか鼻がキンとした。

その話をミチコさんにしたら、

「道路に出てはいけないってキツク言われているから、その際にある鉄塔まで行ってる

んだね」と言った。

4歳になるショウ君は、4月には幼稚園に入る。それまでは、農業を営むミチコさん夫婦

とママと家に居て、ニイニの帰りを待ちわびている。

 大きな農家なのでハルちゃんという人が何十年も手伝いに来ている。

ショウ君は大人の言葉を見習って「どーも、ごくろーさまです」とか

「はやくあがって、おちゃのみな」などと言う。

 去年は、「はやくから、たいへんですね」と言った直後に「で、なにかもってきた?」と

ハルさんの手土産を催促をしていたショウ君が、

「なにかもってきた?」は言わなくなったんだという。

 ママに何か言われたのか、ちょっぴり大人になったのか。

 

 子供の成長は、その時々で最高に面白い。

塚石の孫のリンちゃんは、小学一年生。

 パパの実家でもママの実家でも、始めての孫だ。

みんなリンちゃんが何をやっても面白い。

正月はパパの実家とママの実家に半分ずつお泊りした。(親同伴)

パパの実家で2.3日泊まった後、ママの実家である塚石の家に泊まった。

その夜、パパの母から電話が入った。塚石が気を利かせ、リンちゃんに代わった。

それまで、キャーキャーとママの妹であるユミちゃんと遊んでいたリンちゃんは、早く

遊びたくて気がそぞろ。

 受話器からの声には空返事、電話が終わると

「話が、長いんだよ」と言った。

 塚石は「あっちでもモテナサレテ、さんざん可愛がってもらって、その時は喜んで

いたんだろうに子供って正直っていうか、残酷っていうか」と言う。

 

 塚石は、「子供は好きじゃない」というが、好かれる。

媚がないのと、変に探らない、イジワルじゃないからだと思う。

 でも、風呂は、ジイジと入るのが一番なのだという。

一度、「今日は、どうしてもバアバと入りたいの」というリン姫の仰せで

塚石がリンちゃんを、風呂に入れた。

「そーれが、サイテイ。

アタシはアタシのやり方で洗って流してお風呂に入れるでしょう。

そんなの当たり前だよね。それが、リンッチは(塚石はリンッチと彼女を呼ぶ)

この洗い方じゃないことの、石鹸の置き方が違うだの、歌を歌えだの、何かやれだのって

言って、そのうち本気で怒り出して、泣きながら

『もう、イッショウ、バアバとはお風呂に入らない!』って宣言されたんだ。

良かった、もうお風呂にいれなくてすむもんね」と塚石はニヤニヤした。

 塚石は、リンッチに色々な宣言、宣告を受けているんだそうだ。

「もうバアバとは、二度と遊ばない!」

「もう、ココには来ないかもしれない!」と言いながら

リンッチは、喜んでまた来る。

「何時まで喜んで来るのかな」と塚石は言う。

 

今回の帰る日は、リン姫は元気がなかった。

お昼になったが「ゴハンはいらない、食べたくない」と言う。

「どうして?お腹すいてないの?」

「お腹はすいたけど、いらない」

「どーして?」

「だって、食べたら帰らなくちゃならないから…」とリンちゃんは下を向いた。

 

泣く子と地蔵には勝てないっていう。

「でもねぇ、孫は来てよし、帰ってよし。って、良く出来た言葉だよねぇ」と塚石は

言った。