ゴルフ

 私がゴルフを始めたのは、結婚した年だから22歳の時、丁度30年前になる。

最初は打ちっぱなしに出掛けていいき、小さなボールにあたるクラブの感覚の虜になった。

 ずっと自己流でスコアーはまとまらないが、曲芸のような打ち方は我ながら面白いと思

う。

近年、体調不良などがあってご無沙汰になっているが、一時は大分熱が入っていた。

何がそんなに面白いのか?と聞かれる。

んー、何だろうか?

 先ず、無心になれる。と同時に無心でない自分があふれ出す。

ゴルフをしている時、私はずっと哲学を考えている。

と同時にいろんな人の、いろんな面が見える。

スコアーだけにコダワリ、自分の生き方を振り返らない人は多い。

 自分の欲に振り回され、人に対する気遣いを忘れ、調子が良いとハシャギ、悪くなると

しょぼくれる。

 そういう人を見ると、面白れーなぁ。と思ってしまうが、ふと振り返ると自分もそうだ

った。

ゲゲッ!こりゃ、いかん。と自分を振り返り確かめるクセがついた。

 

 初めてにコースに出たのが、Sカントリー倶楽部だった。

ゴルフクラブを手にして10年の月日が経っていた。

 秋晴れの最高の天気だった。

 

平成8年3月にSカントリー倶楽部の会員になる。

一時は800万ともいわれた会員権が、80万で名変(名義変更手数料)20万を足して

100万円で手に入った。

 何故、会員になりたかったか、それは公式の大会でゴルフをしたかったからだ。

会員になると毎月の“月例杯”に参加出来る。

 

 ゴルフは何より自分との戦いだ。

自分の気持ちをしっかりと持ちながら、思い上がらないように抑える。

自分の打ったように、行った通りに結果が現れる。

それをキチンと受け入れ、次の攻め方を考える。

誰だっけかなぁ、確かアーノルドパーマーだったと思うんだけど、スコアーが必ず伸び

る秘訣があると言ったそうな。

 それは、何だろうと興味深く聞いていると、それは「スリー、エス」だという。

三つのS、セイム・ウォーク、セイム・ブレス、セイム・スマイル

同じ歩き、同じ息遣い、同じ笑顔でゴルフすると必ずスコアーが伸びると言った。

これは、ゴルフに限らないと思う。

 そう、いくら上手と言われている人でも一緒にプレイしてがっかりすることがある。

打ったボールを動かす。スコアーを誤魔化す。失礼な態度をとる。自慢話をする。

周りに対する気遣いがない。その時々の自分の感情で、態度を変える。

愚痴を言い続ける人もいる。自分のしたことを人のせい、環境のせいにして怒る。

 一度、一緒に回った人が自分のプレイが気に入らないからとキャディに八つ当たりして

持っていたクラブを放り投げて、キャディに当たってしまったことがあった。

 その人は、当てるつもりはなかったと思う。当たったといっても痛い程ではなかった。

しかし、キャディは涙をこぼす程、怒っていた。

陰で謝る私に、

「あの人は、最低の人間でゴルフをやる資格はない。

あの人の家族でなかったことに感謝している」とキャディは言った。

 

 月例杯に出るようになって、何より面白かったのは、誰とも口を利かずにプレイ出来る

ことだった。

 オフィシャルハンデが36と最大級に貰え、ということは下手っぴということなのだが、

72タス36で、108回タタイテ、パープレイなのにずっと優勝できなかった。

 100回位では回るのだが、8アンダーの時は10アンダーの人が出てダメだった。

私は、調子が良いと冒険がしたくてたまらなくなる。

そして、それは必ず自爆への一途を辿ることになるのだ。

当時は、200ヤード以上飛ばすこともあってこんな筈ではないと思い、回りの者からも

「あんたに36のハンデは多すぎでしょ」と言われながら、中々芽が出なかった。

が、平成9年7月27日ついにきた。

天候は快晴、なのに腹が痛い、何時下痢の嵐がくるか分からない。

兎に角、周りの人に迷惑を掛けないようゆっくりと抑えて、プレイ出来るだけでいい。と

その日、月例杯に参加した。

 その結果、ボギーペースの90回。

つまり、18アンダーのダントツ優勝だった。

 でも、なんだかなー。だった。

バーディの一つもなく、といってトリもなく、こんなんでは面白くないなと思う私がいた。

でも、一度でも優勝という結果が出て安心したのも事実だった。

しかし、スコアーをまとめるための私の秘訣は、腹痛だったとは。

 

月例杯は、上手な人のAクラスとBクラスがある。

勿論私はBクラスだったが、あまりコースを回れない東京から来る人と、近隣の人で退職

してから趣味でやっている人が居た。

 私の独断と偏見による解釈だが、東京から来る人には紳士が多かった。

言葉がきれいという印象によるところもあろうが、態度が失礼でなく、若い人が多かった。

それに比べて地方、地元の人は年寄りが多く、言葉が乱暴で横柄な人が多かった。

「女が一緒だと調子くるうんだよなー」と初対面で面と向かって言ってくる。

「おー、姉ちゃん、それとってくれや」などと言われると、聞こえない振りをしたくなる。

 

そして、これは未だに根に持っているのだが、一緒のパーテーになったオヤジが、昼食

の時に「あんた、ハンデは幾つだ?」と聞いてきた。

その日の私は絶好調だった。

「36です」と言うと、

「そーれは、あんめえ。マスター室に文句言ってきてやる」とそのオヤジは、言い出した。

その日の全般は43、ハンデからいくとハーフ54でパープレイだから11アンダーで

あった。

「あんたのハンデは間違ってる。そんなハンデの出し方は、変だ!」とオヤジは本気にな

って食ってかかり、私は昼食を食べる気力さえなくなった。

 そして、午後からもオヤジの文句は納まらず、気の弱い私は午後から多叩きとなり、

あがりのホールのすり鉢バンカーにつかまり、バンカーだけで7回叩いた。

 オヤジは知らん顔をし、東京からの二人が、本気で心配しているのを感じた。

その日は、キャディの人手が足りないため半プロの男性がかり出されていた。

 最後のホールでその人が、「もう順位争いには関係ないですから、アドバイスしても

いいですよね」とメンバーに了解をとってアドバイスしてくれたっけ。

その日、「よかったー」と心の底から思った。

あんなオヤジと同じ家族でないことを…。

 

 ゴルフというと優雅なスポーツと思っている人が多い気がする。

いやいや、優雅でなくなりやすいから、優雅であるように保つのだ。

 夫とプレーすることが多い。

下痢でも書いたが、便所の心配が大きいが、それより毅然としたカッコイイ関係を作りた

いという、私の望みを実践するいい現場なのだ。

 

 私の理想とする“ホンモノの貴族のスタイル”。

媚びず、焦らず、ムキにならない。

自慢せず、遜(へりくだ)らず、柔軟でいながら芯が通っている。

素直で無邪気。人目を気にせず、気使いが出来る。変に気を回さず、気くばりが出来る。

感謝の心を持ち、ナニモノにも敬意を持つ。

 そんなヤツ何処にいるんだ?!いないから、自分がなるんでしょうよぉ。

 

私は、仕事の関係で海外に行くことが多かった。それ程でもないか。

そこで、いろんな夫婦と一緒になる。

 すると、日本人の夫婦はみっともないことが多い。

何故なんだろう?と観察していると、変にベタベタしている。

これが、若いカップルだけでない。結構、年取ってる夫婦がやるんだ。

自分たちは仲が良いということをアピールするかのように、矢鱈相手の名前を呼んだり、

自分たち以外の者を排除し二人の世界を作り上げる。

例えば、私と話していても常に夫を振り返り話の確かめをしたり、説明をする。

一々説明しなくたって聞こえてると思うんだけど。

食事をしていると「これ美味しいわよ」と、自分の皿から夫の皿に移そうとしたりする。

そして、こぼしてボーイが嫌な顔をしているのに気が付かない。

日本の母親が、子どもにそれをやっている姿をよく見かける。

子どもが、周りを気にして「いいよ、いいから」と言っても母親は子どもに食べさせよう

と躍起になっている。

 ヨーロッパに行った時、一緒になった60歳代の夫婦がずっとそれをやっていた。

そして、奥さんが陰で私に言った。

「あたし、夫と一緒に旅行するの、本当は嫌なんですよ」

「えー、どうしてですかぁ?」

私は、その奥さんが嬉々として旦那さんの面倒をみているのだと思っていた。

「だって、自分の時間がないんですもの。一人で家に居た方がいいわ」

 へー、と思った。

その旦那さんは、身の回りの世話をする人がいないとダメなんだそうだ。

ホテルの部屋の中でも、奥さんはずっと旦那さんの世話をしているんだという。

 うわ、最低―。それって女中じゃん。旦那も、ガキンチョだ。と私は思う。

 私は、自立した夫婦になりたいと結婚した時から思い努力してきた。つもり。

夫は、自分の身の回りのことは自分でする。

冠婚葬祭の衣服の管理も、準備も、自分でする。

旅行に行っても世話をすることはない。お互い自分のことは自分でする。

ゴルフでお互いのプレーに口出しすることもない。

 しかし、距離を保ちながらの楽しい会話は弾む。

それは、私の男女友達の関係となんら変わりないものだ。

すると、私たちの関係に興味を持つ人がいる。

「夫婦です」と答えると、「格好いいですね」と言われる。

 

「あなたの旦那さんは自分のことをやって“くれる”からいいわね」と言う人がいるが、

自分のことを自分でやるのは、当たり前のことだろう?

“やってくれる”?って私のためにやってるわけじゃないだろ。

 

夫婦でゴルフをする人も増えているようだが、やっぱり、みっともないカップルが多い。

 何がみっともないかというと、やっぱりお互いを気に掛けているとみっともない。

普段の生活で、女は気が利くことが美徳とされてきた。

だから、人の世話を焼くことはいいことだと思ってしまったのではないだろうか。

自分の世界を持ていない女が、男の顔色を見て矢鱈誉めたり、クラブを出してやったり

している。

それが、楽しいのだろうか?本人がそれで満足しているなら、見ていて見苦しくても何も

言うことはない。

 でも、ゴルフの時は、ゴルフを楽しんだらいいのに、と思う。

グループで話していても、自分の男(亭主)ばかりを気にしている。

オイオイ、ここに来ないで家の中でやってろよ。と思う。

男も女を自分のモノのように使い、「オイ」とクラブを持ってくるように目配せしたりす

る人がいる。

 一回笑ちゃったのが、「オイ」と奥さんを顎で遣う大手工務店の社長が、いつの間にか

奥さんに追い越されていたことだった。

 その奥さんは二度目だか三度目だかの奥さんで、元は華やかな仕事だったらしいが、

地味な格好をして目立たない人だった。

 社長は、公衆の面前でも奥さんを罵倒するような人だが、

「この時代、女もゴルフくらい出来なきゃ、使いモンになんねえ」とゴルフ場に連れてき

たらしい。

その頃40代だった奥さんは、スクールに入り練習熱心で、コースでもズルをせず、

ついに旦那を抜いてしまったのだ。

 そうなって当然と思う。

旦那は、自分の感情を御しきれない人だから、自分に勝てず、自分に勝てないない人は、

勝負にも勝てない。

そんな旦那に耐え、歯を食いしばって生きている奥さんが勝利しなかったら面白くない。

 奥さんとは、何度も話さなかったけど私より10以上年上だったが、落ち着いて頭が良

く失礼なところを微塵も感じさせない人だった。

 でもなー、案外あの旦那は裏のない人で、あの奥さんに牛耳られてんじゃないのかなぁ。

 

ある時、大手会社のコンペに招待されたことがあった。

山の上にあるそのゴルフ場は、ちょっと大変だった。

その会社の社長婦人が「最近ゴルフを始めたばかりなのでヨロシクー」ということで

私と一緒にまわることになったが、私的にはゴルフ場よりその奥さんが大変だった。

 私より10歳程年上のその奥さんは、ゴルフの格好はバッチリなのだが、空振りをして

は「今のは、素振りねー」とおっしゃる。

(何回素振りすれば気が済むんだー!)と心の中で思いながら、顔は笑う。

「あぁー」だの「うぅーん」だの甘えた声を出し、大きな尻を振る。

スコアーを誤魔化す。いや?あれだけ大っぴらにやるのは誤魔化すといわないかも。

グリーンに乗れば、全部オーケーにしてしまう。

 いやいや、いろんな人がいるもんだ。

ゴルフってやつは、そういう人と一日じゅう付き合えるんだから面白いよ。

でもって、終わったら別れられるんだもの。

 

 平成14年に大阪地方裁判所から、カントリー倶楽部の更生計画案という通知が届いた。

 最初は、裁判所からの茶色い大きな封筒が届き何事かと思ったが、要するに潰れたとい

うことだった。

 その頃、体調も悪く年会費を払うのを止め放棄の手続きをとった。

去年は、初めて一回もコースに出なかった。

 また、始めようかなぁ。人間ウォッチング。

いやいや、ゴルフだから。