ファウストとホムンクルス

 

 ファウストとホムンクルスという本の解説があった。

 「人は考える葦(あし)である」17世紀、フランス哲学者パスカル。

「我思うゆえに我あり」同時期、デカルト。

 

 デカルトは結論を急いだ人らしい。

パスカルは、人にスピードダウンを呼びかけた。らしい。

 そして、18世紀ドイツに現れたゲーテは、「時よ止まれ君は美しい」と言った。

 

 ゲーテの書いた“ファウスト”は、研究に生き皆に尊敬されながらも人生の終わりが

近づき空しさを感じたファウストに、悪魔が望みと引き換えにその魂を奪おうとする話だ。

 

 一方、辛抱や我慢を嫌い、悪魔に魂を売り渡して研究のスピードをアップしフラスコの

中で速成されるホムンクルス。

 でも、途中で成長が止まる。ホムンクルスの完成は古代ギリシャの哲人ターレスに

任される。

 ターレスは「万物とは、羊水に漂う胎児のように水の中でのんびり生成されるほかには

ない」と説く。

 

 先日、視点論点で脳学者のジルの話をしていた。

彼女は脳の障害によって植物人間状態になった。

 駆けつけた母は、「そこに横たわるジルは研究所でテキパキと動き、知的で理論的な娘の

ジルではなかった」

「そこに居るのはジルだけれど、赤ちゃんになっていた」という。

 そこで母が無意識に行ったのは、娘が寝ているベッドにもぐりこんでジルを抱きしめ

スキンシップすることだった。

 脳障害を受けたジルは、8年という時間を経て快復(回復)し本も出しているらしい。

これは、脳医療最先端のアメリカでも奇跡的なことだという。

そして、不思議なことに、ジルは言葉を失っていた時、言い様のない幸福感に包まれ

ていたという。(若しかして、赤ちゃんはその幸福感に包まれているのだろうか?)

 ジルが回復したことの最大の要因は母親だが、その母親が勘で大事だと思ったことは

「ゆっくりすること。待つこと。寝ること」

 そして「直接の接触(スキンシップ)、信用されている、信頼されている、尊敬されて

いる。という実感」だという。

 

 ホムンクルスという名前で、どっかで聞いた名前だなぁー。と思って考えていたら。

繋がった。

漫画に“ホムンクルス”ってのがあった。と思い出して、読み直した。

東京、高層ビルの立ち並ぶ一等地の横、公園に住むホームレス。

 その横の道路に停まる小さな車。

車の中に胎児のように丸まり、指をくわえ、眠る若い男(名越進34歳)に

 頭に穴を開ける手術、(トレパネーション、頭蓋骨穴あけ手術)の人体実験を35万で

引き受けてくれないかと男(伊藤学22歳、医大生)が声を掛ける。

     トレパネーションとは、ロボトミーや脳外科手術とは異なり、単に頭蓋骨に穴を

開けるだけのことで、脳の内部には至らない。

それは石器時代から行われていたとされ、オランダにはIТAGという

トレパネーションの普及活動をしている団体があるという。

 

最初名越は断るのだが、色々あって結局70万で引き受けることになる。

脳の穴を開けると第六感が芽生えるというか、働き出すらしい。

 それまでもその手術を受けた人が何かが見えたり感じたりするようになったが、中には

それが耐え切れなくなって自殺したり、精神病院に入り廃人となっていたりする、という。

 名越は、術後、左目で見ると人が違う形になって見えるようになる。

トラウマやストレス。って言っちゃうと無機質で簡単になるけど、ドロドロした解決の

付かないどうしようもないことが形になって見える。

 元は優秀でエリートだった、ナマリの強い田舎を持つ名越は、背中を丸めて指を

くわえて眠る。

 ホムンクルスは、現代では(脳の中の小人)とも呼ばれているらしいが、私はそれが

何だか生霊の様相を呈している気がしてならない。(カッチョイイね)

 その漫画は、ファウストもホムンクルスも題材にしてやがる。とわたしゃ思うね。

 

 子供の時に読んだ“ファウスト”を読み直してみた。

今まで気が付かないできたが、訳が森鴎外だった。凄い人が訳をやってたんだねぇ。

 

 で、ファウストって55,6歳だったんだね。

人生も終わりの時期にきて、若さやトキメキを求めるファウストの気持ちに悪魔が付け

込んで魂を奪おうとするってとこから初まるんだけど、55歳って老人かー?

 んでもって、悪魔と契約を交わして若くなったファウストがマルガレーテに出会う。

美しくて清らかだったマルガレーテが、ファウストとの恋に落ち母親に眠り薬を飲ませる。

 兵役に行っていた兄が妹の堕落(?)を知って家に戻りそこに来ていたファウストに

刺されて死ぬ。

 母親は、マルガレーテの飲ませた薬で眠ったまま死ぬ。

そんなこととは露知らず悪魔と豪遊していたファウストは、ある日、足を鎖に繋がれた

娘の夢を見る。

生まれたばかりの赤子を殺して池に投げ入れ牢に入れられていたマルガレーテは、会

いに行ったファウストも分からなくなっていた。

 でも、錯乱から覚めたマルガレーテは、ファウストに共に行こうと誘われると、

「天にましますわれらの父よ、わたしをお救いくださいまし、清らかな天使たちよ、

わたしのまわりに立ってお守りくださいまし、

ハイリンさん(ファウスト)わたしは行きません。わたしあなたが恐いのよ」と言って

息を引き取る。

 そこに居た悪魔は「女は裁かれた、女は地獄に落ちるのだ!」と叫ぶが、天からの声が

聞こえる。

「女は救われた」と。

「しまった、女の魂は救われた」と悔しがる悪魔。

 

 それからファウストは、100歳を超えて尚、人間の暮らしよい世界を作ることに

夢中になっていた。

 そして、ある時、思わず口にする。

「あー、わたしは幸せだ。もう、いつ死んでもいい」

 それは悪魔との約束の言葉。そう言った時に、悪魔に魂を渡すという約束の言葉だった。

 

 しかし、ファウストは天に導かれていく。

「たえず、つとめはげむものは、まちがいをすることがあってもおわりには救われる」と

いう神の声によって。

 

 本の表紙の裏には、

「初めてすぐれた本を読んだ時は、あたかも新しい友をえたように思われる。

かつて読んだ本をふたたび手にした時は、旧友にめぐり会うかの感がある」とあった。