福豆の甘納豆

 去年の暮れに、父が内視鏡手術をしたことで、そんなに仲のよくない両親が労(いた)

わりの気持ちに目覚めたようだ。

 人間万事塞翁が馬、何が幸いし何が転落のキッカケになるか分からないのが人生だ。

「麻子よ、今日、お父ちゃんと温泉に行ってくっから!」と母から突然の電話が入った。

「今日?」

「うん、そう今から」

「あっそう、いいんじゃな〜い。行ける時に行って、楽しんでおいでよ」と私は言った。

 

 日曜日で料金は高かったらしい、その上父は食事制限があって出た料理の半分も食べら

れなかったようだが、良いことだと思って私は嬉しかった。

 土産はいらないと何時も言うのだが、今回も買ってきた。

父がそれを届けにきて、母からは電話が来た。

「いやー、たーだ、行っただけ、温泉に入っただけだよ」

「でも、ゆっくり出来たでしょ?」

「うん、温泉につかってゆっくりして良かった」

「よかったね」

「んでも、温泉に着いて温泉に入って一歩も外に出ないで、

帰りは水族館でも見てくかって言ったんだけど、混んでるようだから素通りして、

結局、どーっこも寄んねえで、真直ぐウチに帰ってきたんだ。

だから、ロクなお土産も買えねえで」

「お土産なんていらないって言ってるだろうよ。楽しかったんなら、それが一番!」

母は、「何処にも寄らなかった」を繰り返した。

温泉宿の名が入ったビニール袋の中には、ドギツイ色のついたチビ胡瓜の漬物と

しそ巻き大根、それに福豆の甘納豆が入っていた

私は、人工着色料のモノは食べない。あまり、甘いモノは好きでない。

なんでこんなモノに金をかけるかなぁ。と思ったが、気持ちだ。

お茶請けにでも出すかと思ったが、自分が食べない物を出すのは気が引ける。

 ふと、福豆の賞味期限を見ると2007年の1月2日だった。

 

 私は曲がったことが、大嫌いだ。

だらしないのも、いい加減なのも、自分もだらしなくていい加減だとは思うのだが、嫌悪

する。

 商売をしていて賞味期限の管理もしないというのは、プロとして失格だ。

私も、商売をしているが、こういう店に将来はないと思う。

ウチの店で若しこういう失態があったとしたら、絶対知らせてもらいたいと思った。

夫にそれを見せ「これ、知らせてやった方がいいかな?」と、言うと

「そうだな、教えるのは親切だろう」と言った。

その一言で、決まった。

 

「もしもし、私の親がお宅様の宿にお世話になりまして、お土産を買ってきたんですが、

賞味期限が1月2日になっていたので、お知らせ致します」

「えーっ、それは申し訳ありませんでした。その商品は何でしょうか?」

「福豆の甘納豆です」

「本当に申し訳ありません。早速代替え品を送らせていただきますので、お名前をお聞か

せ下さい」

「いえ、それは結構です。そういうことをされるとユスリ、タカリみたいで嫌ですので」

「そうおっしゃらず、お聞かせ下さい」

「いえ、本当に結構ですので、失礼致します」と、電話を切った。

 

 その温泉宿は、ナンバーズディスプレイで調べて電話を掛けてきた。

「あのう、申し訳ありませんが、その商品はウチでは置いていないのですが…」

「はあ?」

 

実家に電話を入れた。

「何処にも寄ってこなかったって言ってたけど、あのお土産、何処で買ったの?」

「あー、あれは途中の蕎麦屋」

「なにー、何処にも寄らなかったって言ってたでしょうよ!」

「あー、でも寄ったんだわ」

「げげっ!」ドッヒャー。

 

「マコトに申し訳ありませんでした。私の勘違いで、大変失礼な電話を致しまして」

「いえ、いいんですよ。何かあった時はお知らせいただきたいですから」

「いや、本当にそそっかしの早とちりで、自分で自分が嫌になります」

「いえ、本当にご親切にお知らせいただいて…」

「いやいや、本当に失礼なことを申しまして…」

「本当に大丈夫ですから、また何かありましたら、宜しくお願い致します。

また、ウチの方もご利用下さいませ」

「はい、その時は宜しくお願いいたします」

 

 あー、穴があったら入りたい。