不思議美咲のウロウロ日記(小説、フィクション)

 

 他人から見たら、美咲は不思議な人らしい。

でも、美咲にしてみたら自分以外の人が不思議でならない。

 そして、何故ウロウロなのかというと、他人から見ると美咲は自分に自信があって迷い

なく自分の道を歩んでいるみたいに思われがちだが、迷っているというのではないが、

そうハッキリと答えが出ている訳ではなく、何時だっウロウロ道を探して生きている。

 そんな毎日を、ミナサマにお届けしたい。

 

 もうすぐ4月だというのに寒気が日本を覆い冬の寒さをぶり返した。

美咲は暖かい布団の中で起きるかどうか迷っていた。

 自分の部屋からガラス戸一枚で続くサンルームに、曇り空らしいグレーの空が見えた。

毎日一緒に寝ている猫のミミは、足元にでも丸くなってでもいるのか気配もない。

 ミミはいつだって美咲の傍を離れないのだが、いざ抱こうとすると嫌がって逃げる。

毎晩一緒の布団に寝ているが、掛け布団と肌掛けの間に入って美咲と直接くっ付いて寝る

ことはしない。

 美咲はそこに猫の分を弁えた賢さを感じる。

以前に飼った犬や猫もそうで、物理的にも心理的にも自分の領域に入ってこないその

距離間が好きだ。

 雲の上にあるお日様が出るにはまだ早い。

美咲は布団に入ったままテレビのスイッチを入れた。

 それにしても、この司会者は何時に起きているのだろうと思う。

朝起きてテレビをつけると出ていて、夜のテレビでもその顔を見ないことがない。

 そのニュースで、都会の若者が群れる場所に有名人が来ているという噂が野火のように

走り広がり、有名人を一目見たいとそこに行こうとしている若者の映像が流れた。

 人波という言葉があるが、そこには瓦(いらか)の波のように、個性を失った人間の

頭がギッシリと押し合いへし合いしていた。

 それを見て、美咲は35年以上前に見た二つの夢をありありと思い出した。

 

 それは、明け方に見た。

砂漠のように赤茶けた世界に美咲は居た。

 暑い、その暑さは身体の中まで染み込んで発散する術がなくなって顔が焼けるように

熱くなっていた。

 喉が渇いて苦しかったが、何処にも喉の渇きを癒すものはない。

逃げ場のない絶望と孤独が美咲を襲っていた。

 どれだけそこに居たのか、ふと顔を上げると自分の周りイッパイに人が倒れている。

苦しみに声なき声がそこにはあった。

 あー、自分だけじゃなかった。と美咲は思った。

自分だけではなかったんだ。

 どうしようと思った。

どうにかしたい。と思った。

 思った瞬間、美咲は両手を広げて立ち上がった。

それは、そうしようと思ったとか考えたということでなく、ひとりでに身体が動いた。

 すると、美咲の身体がドンドン大きくなって空まで雲のように大きくなった。

その下に日陰が出来た。

 陰は風を呼び、美咲の火照った顔に涼しい風が当たった。

気持ちいいー。いい匂いがした。

 その下に倒れていた人たちが、喜んで立ち上がる姿が見えた。

良かったー。これが、したかった。これをさせて欲しかったんだ。と、涙が溢れてきた。

 そこで美咲は目が覚めた。

その感覚はありありと残っていて、目も頬も涙で濡れていた。

 

 同じ頃に見た夢が、

群集が同じ方向へと向かっていく夢だった。

 彼らは目が見えないようで、でも見えないということに気付かず人の言うことや噂話で

見えているつもりで動いていた。

 いや、動いているのか流されているのか。

彼らは死人に等しいと美咲は思った。

 魚を見つける時、水を動かして水と同じに動くのは命のないモノだ。

生きモノは、流れに逆らう。

 群集は、流れのままに流れて、流されていると美咲は思った。

そして、その先には危険が待ち構えていた。

 それが、崖なのか穴なのか有刺鉄線なのかは分からないが、何か危険なモノだった。

「そっちに行くと危ないよー」と美咲が叫んだ。

人に押されて流れから出られない人も居たが、殆どの人は流れに疑問を持っていなかった。

 それが、美咲の言葉に不安を感じてか、人々が怒り出した。

「何を余計なことを言っているんだ!お前は世の中を騒がせる危険人物だ!」

 だって、そっちに行ったら危ないんだもん。と美咲は困った。

すると、何かが「ありゃ、こいつには目も耳もやっちゃった」と言った。

目が見えるものは、耳が聞こえず喋ることが出来ないようになっているらしい。

人々は情報を流し交換しあい、自分の目で見えているつもりで生きている。

「こいつは耳を塞ごう」と何かが言った。

 それから、美咲は人が何か文句を言っていても聞こえないので気にならなくなり、

話すことは出来るので見えたものを喋った。

 でも、怒っている人の顔は見える。

どうしたらいいんだろう?と美咲は夢の中で困っていた。

 

 美咲の人生の中で、その夢は何度思い出してきたことだろう。

オイルショックでトイレットペーパーがなくなるという噂で店に駆け込む群集。

 これを手に入れると得をするという情報が流れるその度に、そこに群がる人々が居る。

マスコミという世間に踊らされ、それの良し悪しを判断しているつもりで、バーチャル

(架空)の世界に翻弄(ほんろう)され自分の気持ちを見失い始めている気がしてなら

ない。

 これは有名な料理だと聞くと、美味しいんだと思い込んでいるが、本当に美味しいのか?

高価な物だと聞いて感心しているが、自分にとって本当に必要な価値のある物なのか?

 世の中で認められている、そこに真心はあるのか?

 

 規律も統制もない群集を、烏合(うごう)の衆(しゅう)という。

烏(からす)には烏の考えがあるのだろうが、自分の気も考えも持たず、その意思判断、

好き嫌いまで流れに任せ始めているように美咲には思えてならない。

 それは、危険なことだと美咲は思う。

 

そんなことを考えていると、伸びをしながらミミが布団から這い出してきた。

さて、今日も新しい一日が始まる。

 そういえば、あの「耳を塞ごう」という声を聞いた後、本当に耳に水でも入っている

みたいな感じになって、聞こえにくくなったっけなぁ。と美咲は思い出した。

 そして、今日も何か面白いことあるかなぁ。とミミの後を追った。