不思議B美咲のウロウロ日記

 

 麻耶(まや)は、滅多に会うことがないが、美咲は友達だと思っている。

といっても、美咲は友達というものがどういうものだか、よく分からない。

 友達が定期的に会ったり連絡を取り合ったりするものであるというなら、美咲に友達は

いない。

 知り合いなら山程、それこそ山にして掃いて捨てる程居るが、それぞれの考えを尊重し

ながら意思の疎通を図れると思える人は何人もいない。

 麻耶は、その数少ないうちの一人だ。

 

 美咲は麻耶の何処が好きなのかと考えることがある。

先ず、人を束縛しない。家族を大事にしているが、家族だけに縛られない。遠慮がないが

気遣いはある。

 そして、ちょっと短気で怒りっぽい所や早とちりでそそっかしい所、言い出したら

きかない、みたいに見えるが納得したら急に素直になる所など、人によっては自分勝手だ

とか付き合いづらいと言う人もいるが、美咲はそこが大好きなのだ。

 麻耶は趣味で絵を描くが、その絵が麻耶の性格を反映していて自由奔放原色をたっぷり

使って元気いっぱい。見ていると美咲まで元気が出て、自分も描きたくなってくる。

 つい1ヶ月前にも描きかけの絵を見せてもらった。

この見せ方も、美咲は好きだ。

 普通の人(大人)というのは、「大した絵じゃないんだけど」とか

「下手でお恥ずかしいわ」などと謙遜するというのか謙(へりくだ)って見せる。

 かと思うと、日展で賞をもらったことがあるとか、誰か見る目のある人に誉められた。

などと自慢してきて、(だから何なんだよ!)ということになる。

 麻耶は、美咲が「面白いー」とか「好きだなぁ」と素直な感想を言うと

「アンガト」とか「これは〜で描いた」と、絵にたいする想いを話すことはあっても、

言い訳をしたり自分を主張しない。

 よく映画や舞台挨拶で「一生懸命やりました。どうか見ていってください」と言う人が

居るが、(オメーのタメの舞台じゃねえよ)と美咲は思う。

 その表現の場で何を訴えたいのか、何を表現したいのか、それが自分の立場に囚われ

ているようなことでは、相手の心には届かないと美咲は思う。

 突き抜けろ!自分を捨てて裸になって想いのままに突っ走れ!とすぐに熱くなる自分を

“生まれながらのロッカー”だと美咲は思い

(あー、麻耶もロッカーだから気が合うんだな)と気が付いた。

 

 麻耶が友人を連れて店に来た。

「よっ」っと、美咲と麻耶は挨拶を交わし、「茶でも飲むか?」と美咲が休憩室に二人を

誘った。

 店の西側にスタッフたちが昼飯を食べたり休憩するタメの部屋があり、問屋と商談

する時や個人的にお客と話す時に使われている。

 

「この間の絵、完成した?

下書きのペンだけでおしまいにしても面白いって感じだけど、あそこに絵の具が乗っ

たのも見てみたい。あなた、麻耶の絵見た」と麻耶の友人に顔を向けた。

「ええ、結構いい絵描きますね」

 その言葉を聞いた瞬間、美咲は、(なーにぃ上から目線で喋ってるんだ)と思う。

「いい絵かどうか分かんないけど、私は好きだな」と美咲が言うと

「よくやってますよ」と友人は言い(オメーは、何を知ったかぶりで喋ってんだ)と

またしても思う。

 大人しい感じの友人は一事が万事で、「いいんじゃないですか」

「それはそうですよ」「〜はいいんですけどねぇ」と歯切れの悪い乗りの悪い話し方を

する。

 美咲は、何だか調子が悪くなっていた。

この調子の悪さはどう表現したらいいのか分からない。

 乗り物に酔ったようなムカムカするような肩や背中が重いような、胸が苦しく息が

スッキリ出来ないような状態になるのだ。

「何だか、あなたと話してると気分悪い」と美咲は麻耶の友人に言った。

(フツー、そんこと言うか?)

「うん、そうでしょ。あたしも最近のフミちゃん嫌い」と麻耶が言った。

「オイオイ、麻耶がそれ言うなよ、あんたが連れてきた友達だろ」

「だって、今のフミちゃんは前のフミちゃんと違う人になっちゃってるんだもん」

「そうなんだ。

で、私のトコって亡くなった人に連れられてくるみたいなとこがあるんだよね」

「うんそう、あたしなんかもそうだった」と麻耶は言った。

 麻耶は、中学の時に母親を亡くし父親に育てられたが、結婚して別に暮らしていた

父親が亡くなった。

 麻耶は母親が亡くなった年になっていた。

明るい前向きな麻耶が、夫と子供の居る家庭を持つ麻耶が、その時自分をコントロール

出来ない状態になった。

 何を見ても嬉しくなく感動出来ず、抜け殻のようになっていた。

そういう時に美咲と出会った。

 麻耶を見た美咲は、「亡くなった人が連れてくるんだよね」と言った。

何故、そういうことになるのか、それは美咲にも分からない。

 そして、その時に起きたことは体験した人にしか分からない。

 

「フミちゃん、もう吐き出しちゃいなよ」と美咲は言った。

「何をですか?」

「何でもいいからさぁ。我慢して気が付かない振りしてると気持ち悪いことになるよ」

「何を話せばいいか分からない」

「だって、苦しいんでしょ」

「苦しいんですか?」

「私に聞かないで自分に聞きなよ。で、私でよかったら、愚痴でも文句でも言って」

「そうだよ、この人は何言ってもダイジョウブだよ」と麻耶が言った。

 

 フミは、女二人姉妹、早くに父親を亡くした後、19歳になった妹が病気で亡くなる。

それを助けてやれなかったと自分を責め続けた母親がその後難病に侵される。

 その看病を続けてきた母親が、1年前に亡くなっていた。

母親が死んでからフミは抜け殻状態になっていた。

 

それからの話は、フミちゃんから聞いた話なのか美咲が推理したのかよく分からない。

美咲は時々、そういうことが起きる。

 誰かと話していると、「私その話、あなたにしましたっけ?」と聞かれることが

ある。

 これは、幼児が現実と想像が混じってしまうのと似ているのかもしれない。

美咲は、常識がないとよく言われるが、また、発想が自由だとも言われる。

 その延長戦上が美咲のイタコ体質になっているんじゃないかと、美咲は自らを推理して

いる。

 美咲の推理(推理としておこう)は、母親の愛情が欲しい時期に、母親と同じ立場に

立ち一緒に責務を負い続けてきたフミは、自分が子供になって甘えることをしてこなか

った。

 妹を、母親を看取る中で、頑張り続けて、頑張るあまり自分の優しさを見失ってきた。

妹を愛し哀れんだ自分は、幸せになることを自ら拒否することで妹の鎮魂としてきた。

 十年以上病院に通い看病した母親が亡くなった時、ホッとする自分は許せなかった。

フミは父親が死んだ時からずっといい子でワガママを言ったこともなかった。

母親は私より妹の方が可愛かった。

 私も病気になりたかった。

思いっきり母親に甘えたかった。

 そんな想いが噴出してくるのを美咲は感じた。

と、同時に母親の想いがあった。どんなにあなたが頼りだったか、申し訳ないと思ったか。

「ありがとう、フミちゃん」

妹の想いがあった。苦しい時、どれだけ力強かったことか、そして…、大好き。

「ありがとう、おねえちゃん」

それを聞いたフミの目から涙が溢れ出した。

 

「不思議なんです。

母が死んでから夢に出てきたことがなくて、母はやっぱり私のことを愛していなかったの

かもしれないって淋しかったのが、今朝初めて夢に出てきて、それが死ぬ前の苦しい顔の

母じゃなくて、キレイな優しい顔で微笑んでいて、今日が母の命日なんです」

 

 別れ際、麻耶と美咲は、ニャリと顔を見合わせ「これにて、一件落着」