雷

 

松田五郎は退職してから、女房の茂子との二人暮らしだった。

子供たちは結婚して家を出ていてが、孫も出来てみんなが集まれる大きな家が欲しく

なり5千万の土地と家を手に入れた。

 以前、退職前に働き過ぎで胃潰瘍になり吐血し、腸にポリープも見つかっていた。

胃潰瘍の治療はもうこりごりで、何かあってももう病院には行かないと言っていたが、

下血して失神し、女房に救急車を呼ばれ手術することになった。

 手術といっても、今は腹を切るんじゃなくて肛門から入れるのでそれほど大変では

なかったが、それでも、生きているうちに家族を大事に生きようとつくづく思った。

 そして、大きな家を建てた。

 

 家が出来てから、時々娘夫婦や息子夫婦が泊りがけでやって来る。

お嬢さん育ちの茂子は、料理が下手なので五郎が料理担当。

彼女は掃除も苦手、片付けも下手。

 茂子は五郎がキレイに片付けた所を無造作に使うので、退職したばかりの頃は腹が

立ったが、諦めた。

息子が、一流大学を出て一流企業に就職が決まった時、五郎は喜んだが、茂子は

どうってことなかったみたいだ。

 息子も娘も学校の成績が良くて息子が県で一番を取った時など、五郎は嬉しくて欲し

がっていたパソコンを買ってやったりしたが、茂子はあまり興味を示さなかった。

 娘はちょっとずうずうしい所があって、何でも要領よく切り抜けてきたように見える。

息子は、県で一番の成績を取った時など、学校で大騒ぎになって先生たちにも期待され

それがプレッシャーになって円形脱毛症になったりした。

 就職してから執行で海外の代理店に行っていたが、本部に戻る時に、そこの幹部に

ならないかという誘いがあった。

 息子は迷ったみたいだが、結婚も決まっていて嫁が外国暮らしは嫌だというので日本に

戻った。

 しかし、そこで本部には戻れず地方に回されることになった。

焦った息子は、海外の代理店に連絡を入れた。

すると、もう幹部になる人材は決まってしまったので、今からこちらに来るというの

なら見習いから始めるしかないとのことだった。

「どうしたらいいんだ」と頭を抱えている息子に茂子が言った。

「あんた、神様に試されてるんだね。

今まで結構、順風満帆で何の障害もなくて来て、最短距離で進まなければ駄目だっていう

考えになっちゃってるんだね。無駄はいけないって思っちゃってるんだね。

人生は、何時どうなるか分からないんだよ。欲を捨てて、

焦らないでじっくり進んでいけば、次のことは勝手にやって来るとアタシは思うよ」

 息子は地方に行った。

会社も息子を試していたのかもしれない。

5年間、地方で頑張った息子は本部に役付きで戻ってきた。

 

 新しい家が出来て1年目の夏だった。

東北の方から雷と豪雨が関東の方へ向かっていた。

 五郎は二階の西側にある自分の部屋で、ベッドに寝そべりテレビを見ていた。

テレビには、雷雨の速報が流れていた。

西北を向いた窓からは、黒雲がこちらに向かい雷が光るのが見えていた。

突然ドシャ降りの雨になった。

窓の下を見ると、あっという間に道路が川のようになってきている。

下水はどうなっているだろうと、慌てて下に降りて行った。

 雷が怖いので、傘も差さずに道路の横に立った。

あー、凄い水かさだ。と五郎が思った瞬間。

 ドドーン!と頭の後ろに、身体を震わすような爆発音がした。

振り返って見ると、たった今、自分が居た部屋から煙が出ていた。

 雷が落ちて、火事になって、消防車が来て、家の物はメチャクチャになった。

でも保険が降りて、前の家と同じ家が建った。

 息子が県で一番を取った時に買ってやったパソコンは、当時54万円だった。

今は同じ機能で、いやそれ以上の物が20万もしないで買える。

 しかし、保険は着物や宝石も買った時の金額が出た。

 

 でも、五郎は体調がおかしくなった。

五郎が寝そべっていたベッドに、雷が落ち黒く焦げていた。

 近所の人が、マンホール位の火の玉が、ドーンと窓から入るのを見たという。

あのままベッドに居たら自分はどうなっていたか…。

家が出来るまでの間貸家に入ったが、眠れなかった。

 

 でも、最近ようやく落ち着いてきた。

私は自分で言うのも何だが、運が良い。努力もするが、努力だけでない運の良さがある。

 会社で働いている時も、いろんな人の助けがあってきた。

 茂子が言った。

「あなた、命拾いしたわね。救急車で運ばれた時も、今回も」

 実は救急車で運ばれた時、死んでいてもおかしくなかったのだと茂子は言った。

「死ぬ目に合った人って長生きするっていうのよ。

もう、一回死んじゃったと思って楽しく生きましょうよ」と茂子が笑った。

 自分は、運がいいと五郎は思う。