看護婦

 久し振りに看護婦(最近は、看護師っていうらしい)の田中が、私のところに訪れた。

ここ5、6年間、互いに無沙汰をしていた友人だ。

 気が合う人というのは、何年会わなくてもすぐに話が通じる。

 

田中は、私と似ている気がする。

それは、どういうところかというと、間抜け、お人好し、思いやりがある、真直ぐで、

優しくて気を回しすぎる。アッパラパだが、繊細。

 

 田中の最近の愚痴を聞いた。

彼女の病棟で、ある患者の付き添いのひとりが先生の面会を待っていた。

もう2時を回りそうになっていたが、先生は昼食を食べる時間もなかった。

 先生に先に昼食を食べてもらってから面会にしましょう、ということになったが、

田中は付き添いの昼食が心配になった。

そこで、先生に「付き添いの方にも、昼食に行ってもらっていいですか?」と了解を取り、

付き添いに、昼食に行ってもらった。

 それが、持ち回りでリーダーになっていた安田には面白くなかったらしい。

「あなたって、自分ばっかりいいカッコするのよね!

あたしの顔はどうしてくれるのよ!?」

 病棟は忙しい。仲間の顔を気にしている余裕はない。

現に先生は昼食を取れず、誰も付き添いの人に気を配ることが出来ないでいたではないか。

今、何が大事かを考えたら自分の顔のことなど二の次三の次ではないのか。と田中は

思った。

 田中は安田とは、以前から反りが合わないでいた。

田中はAグループで、安田はBグループだが、安田の患者がわざわざ田中の所に来る。

それは、何かの説明を聞きにだったり、不足の物を貰いにだったりするが、それを安田

に回す必要がない場合は、その場で答えることにしている。

 ある時、廊下で患者に話し掛けられ、質問に答えていると安田が、大きな声で

「あなた!何やってるのよ。あなたのとこの患者さんじゃないでしょうよ!

勝手な真似は止めてよね!あなたのグループの人が、あなたのこと探していたわよ。

余計なことに口出ししてないで自分のことしっかりやったらどうなの!?」と怒鳴りつけ

てきた。

ビックリした田中は、ちょっと涙が出そうになった。

そこに居た患者は驚いて、

「私が、聞いたから悪いんです」と、オロオロしていた。

 

看護婦という職業は、患者の気持ちを第一に考えるべきなのではないか、と私は思う。

そして、患者が欲しいのは安心と信頼。

看護婦が自分の感情をコントロール出来ず、或いはコントロールしようとしない人で

あった場合、患者は非常に不安を感じる。

 何故、患者は田中にばかり相談するのか?

田中が信頼に足る人間だからだ。

そして、彼女は何事も面倒くさがらない。それどころか、喜んで人の役に立ちたい。

人の喜びを自分の喜びと感じる人だからだと私は思う。

 

 安田は、田中に「あなたはお節介よ」「出しゃばり過ぎよ」

「あなた、しょっちゅう騒いで困るって、皆言ってるわよ」

「一人で、いいカッコしないでよね。パフォーマンスが過ぎるわよ」などと言ってくる。

安田のような人は、案外多い。

親身になって面倒を見ようとはしないのに、自分のところに相談に来ないといって怒る。

相談すると独断と偏見で決めつけ、その人の意思は無視し、自分が優位に立ってその人の

ことを自分の思い通りにしようとする。

手柄を独り占めしたがり、失敗は人のせいにする。

 自分が気が付かないことを棚に上げ、気が付いた人の足を引っ張る。

気働きをせず、気働きをする人が目障りだと陥れようとする。

人の秘密を得意になって話し、自分に懐く者だけを贔屓(ひいき)する。

イエスマンが好きで、その人の考えを述べることは、自分に反撃しているとみなす。

 好きな人が喜ぶのは嬉しいが、嫌いな人を喜ばせるのは腹立たしい。

それどころか、嫌いな人が困るのを見ることが嬉しかったりする。

 こういう人には、先生や看護婦など人の面倒をみる職業について欲しくない。

 

「あたし、バカなのよねぇ。

嫌いな反りの合わない人でも喜ぶ顔見ると嬉しくなちゃって、つい手助けしたくなっちゃ

うのよねぇ」と田中は言う。

 

 その日も先生が忙しく、2時近くになっても食事が取れないでいた。

昼食でも何でも、食べ物は作ってから2時間経ったら破棄する決まりになっている。

2時を過ぎたら先生の食べる物がなくなってしまう!と田中は心配した。

そうだ、こっちの患者をこっちに回して、この人をここに配置して、と工作して先生に

昼食を食べさせることが出来た。

 それを知った安田は、「点取り虫、なに先生におべっかつかってんの!」と言った。

安田は、自分は要領よくとっくに食事を済ませていた。

 

「あたし、食いしん坊で腹っぺらしなのよ。だから、お腹がすいて辛い人の気持ちが分か

ちゃうのよ。お腹がすくといい仕事出来ないよね。でもって怒りっぽくなちゃうのよねぇ」

と田中は言う。

 

安田は、田中のしたちょっとした失敗を人前で大袈裟に話すなどの嫌がらせとも取れる

ことをしてきたが、先日は、手作りのお菓子を持ってきた。

 それを、「美味しいからたべてぇ」と、皆に勧めていたが、田中には声を掛けなかった。

午後になっても残っていたお菓子を同僚が勧めてきたが、田中は胸が一杯で食べられなか

った。

「安田さんて、お料理上手なのよ。色々キレイに作ってきて皆に振舞ったりして、悪い人

じゃないんだけどねぇ」と田中は言うが、

同じ料理好きでも大きく分けて、人が喜ぶことが嬉しくて作る人と、人に認められること

を求めて作る人に分かれると私は思う。

 

もう、ここでは働けないと思った田中は、「わたし、ここの仕事、辞めようかなぁ」と

漏らした。

 すると、辞めては困るという声が次々にあがった。

その話しを漏れ聞いた患者たちも「田中さん、お願いだから辞めないで!」と言ってきた。

「それだけで十分なんだぁ」と、田中は言う。

 

 1ヶ月前ぐらいにスーパーに買い物に行ったのだという。

そこで、知らないおばあさんが、話し掛けてきた。

 おばあさんは、田中のカゴの中の魚を見て、「1匹だけ譲ってくれないか」と言った。

「いいわよ」と一緒にレジに行くと、

レジで会計の金額が出たおばあさんが、

「あれー、財布にお金入れてくるの忘れた」と言った。

「いいわよ、貸してあげる」と言って田中は、二千円ちょっとの金を貸した。

それが、気になって仕方がないのだという。

「何であの時、「いいわよ、わたしが買ってあげる」って言わなかったんだろう?」と、

彼女は言うのだ。

 そのおばあさんからの連絡はない。

「きっと気にしていると思うのよ」と田中は言う。

そこまで、気を使わなくていいから…。と、私は涙が出た。

 

 しつこいけど、この話しの私なりの結論を言います。

田中は、次のステップに上る時がきている。

 自分がこう言われたとか、やられたと被害妄想になったり、

自分はこれでいいのか?などということは、もう考えなくていいのだと思います。

 

 田中のような人は、人の喜びを自分の喜びとして生きる人です。

だから、神の声が届きます。

あなたがよいと信じる道を、安心して進んでください。

本当にやりたいと思うことを、やりたいようにやってください。

それが、神の声だと、私は思います。