カラオケに下痢

 

 私に武勇伝というか、オッチョコチョイな話は山程ある。

旅行で「スーツケースを間違って受け取る人が居るから気を付けるように」と説明しな

がら、当の本人、自分が他人のスーツケースを受け取っていた。とか。

腹痛の下痢なのにトイレが見つからず建設中の高校のガサヤブをお借りし、それから

夫がその高校を“ノグソ高校”と呼ぶようになった。とか、自分でも笑っちゃうような

話が後を絶たない。

 

 今回の話は、バブルが弾ける前の景気がいい時のことだから大分前の話だ。

あれは、冬だった。

 夫と共に東京で仕入れをした晩、以前から呑みに連れて行くと約束していた営業マンを

呼び出してみた。

 すると、フジタ君とオオムラ君がすぐに来た。

上司の澤田さんも一緒に来たがったらしいが、その晩は大事な打ち合わせの会議がある

ということで「残念がっていましたー」とフジタ君は言ったが、

「若い二人にとっては、上司の澤田さんが居ない方がリラックス出来るから良かったん

じゃねえか」と夫は言った。

 

その頃、

♪きょきょ、きょきょきょきょ、とーきょーしーんぶん〜♪というコマーシャルがあって

そこで風呂に入る漫画の青年とフジタ君がそっくりで、テレビにそのコマーシャルが

流れると、「オイ、フジタ君が出てるぞ!」と、夫は飽きもせず毎回言った。

 オオムラ君は口数が少なく、地方の実家から毎日何時間もかけて東京の職場へ通って

いるという我慢強い感じの子だった。

 

 好青年フジタは、最初から満面の笑顔で、「何処か美味しいとこ教えてよ」と言うと

高級な所は遠慮してくれたのであろう、若者がよく行くような大衆料理屋に案内した。

 食べ物にウルサイ夫の口には合わなかったみたいだが、メニューが色々あって

若者二人が気を使いながらも嬉しそうな様子に、私も調子に乗ってシャベリながら

何時もは呑むばかりなのについ食べ過ぎた。

 腹が満腹になってきたら、次はカラオケでしょ。ということになった。

フジタ君は歌が上手いという情報が流れていたが、

「いや、ホントに上手いですよ」と、無口なオオムラ君が言うと真実味があった。

 

「よぉーし、カラオケだ、カラオケだ!」と、

彼らが何度か行ったことがあるというカラオケスナックに向かって4人は歩き出した。

 ところが、だ。

例によって、私の腹が「イタタ」になった。

 調子に乗り過ぎた。食べすぎだ。

私の腹が弱い話は、料理屋で話のネタに散々聞かせ、笑わせてきたところだった。

「ほら、本当だろう。こうやって腹が痛くなるんだよ。どーする?」

って、どうするったって他人事にしてんじゃねえよ。って感じだよね。

 でも、誠実な若者たちは「麻子さん、僕たちが責任持ってトイレを探します!」と

宣言。

 丁度その辺は、ビル街で飲食店もないような所だった。

「げー、ヤバイ」と車も通らない細道をガードレールにつかまりながらヨロヨロ歩く私、

「麻子さん!この地下に駐車場のトイレを発見しました」というフジタ君の声。

でも、「あー、ちょっと大丈夫になったみたい」とそこを通り過ぎる。

少しすると、「ぁー、また肛門が熱くなってきた感じ」

そこへ、

「この先に地下鉄の駅発見!」とオオムラ君が走って戻って来る。

「私、今、走ったら大変なことになる」と力なく電信柱にすがる私。

 その時、夫はどうしていたのか。

覚えがない。

 結局、下痢の波が来たり引いたりしながら徒歩2,30分程のカラオケスナックに

無事到着。

 先ずはトイレに入って、一安心。

 

そして、落ち着いたら、フジタ君の歌でしょ。つうことで、

ヤンヤヤンヤの大喝采で、ニコニコ顔のフジタ君が小さな舞台に上がり、マイクを持った。

 私がリクエストしたチャゲアスの万里の河。

ところが、フジタ君の声がかすれて出ない。

 アチャー、あんまり期待して緊張させてしまったからか。と思ったが、

ちがー、私のタメにトイレを探して走り回り、寒い冬の夜道で、大声で怒鳴り叫び、声が

嗄れてしまったのだ。

 その後に歌ったやっぱり大声で怒鳴っていたオオムラ君は、何故かちゃんと歌えていた。

しばらくしてからもう一度フジタ君は歌ったが、やっぱり声が出ない。

私は、申し訳なくて、申し訳なくて。

夫も同じ思いだったのだろう。何時もは勿体つけて、出し惜しみして中々歌わない夫が

立て続けにマイクを握った。

 

 まあ、ろくでもない自分だなぁ。と思うんだけど、こういう自分だから、あの口数の

少ない何時も何考えてるんだか分からないオオムラ君が、大声を出しながら慌てて走り

回る姿を見せたり、色々な事情を話したりするようになるのかもしれない。と思う。

 

 フジタ君、後日改めて招待して歌ってもらったけど、ホントに優しいいい声でした。

でも、オオムラ君も中々ですぜ。