カラスの葬式

 

「おい、あんたよ。

あんたカラスの葬式って見たことあっか?」

「ん」

 

 友人と居る所に突然声を掛けられた麻子は、ちょっと面倒臭いな。と思った。

「なっ、あんたカラスの葬式っちゃ見たことあっかよ」と男は重ねて聞いてきた。

「ん〜、どういうのが葬式か分からないもの、見た覚えはないな」

と言いながら、以前読んだ矢追純一の“カラスの死んだの見たことない”という本を思

い出した。

「俺、見たことあんだ」

「へぇ〜」

「ほれ、あそこの最近ドンドン建設始まった造成地、知ってべ?」

「あ〜、ドリームランド」

「そうそう、俺んちあそこのすぐ近くなんだ」

 最近そこでイベントをやったばかりの麻子は、ちょっと男の話に興味が出てきた。

男は、それを察知したかのようにコップを持って麻子の左横に座った。

 麻子の右側に居た友達は気が置けない人だった。

「あそこが造成され始めた頃に、朝っぱらから、ガァーガァーカラスが鳴いててあんまし

スゴイから外に出て見たんだ。

そしたら、木材が伐採され始めた林の上に集まって旋回してるカラスが、そりゃガァー

ガァー、ワーワーゆってで、いかな俺だって怖ろしくなっちまったさ」

「へぇー、何で集まってたんだろ」

「だから、それがカラスの葬式だったのさ。いや、そうじゃないかもしれねぇよ。

だけど、俺はそうだと思ってる。

その日、半日以上はカラスが集まってガーガーやってたんだけど、夕方には静かになって

俺、そこの辺りに行ってみたのさ」

「うん」

「そしたら、そうさな、そう大きくない中っくらいの綺麗なカラスが死んでたんだ」

「へぇー」

「考えてみたらな」

「うん」

「その何年か前に、俺んちの隣の家の息子がな、バカ息子でよ、バイクに夢中になってな

ブンブン、バウバウ、ダルルル〜(巻き舌で上手い)空吹かししてたのよ。

そしたら、生まれて間もねえカラスがその真似するようになってな」

「へぇー」

「そぉれが、上手いことやんのよ」

「面白い」

「な、面白かっぺ」

 そういえば、ゴルフ場で「ファー」と叫ぶカラスが居たり、H霊園で「おはよー」と

いう声につられて「おはようございます」と返事をしたらカラスだったことがあったこと

を思い出した。

 

「それで、そのカラス、どうしたの?」

「それがな、少しの間はその声が聞こえたんだけどパッタリと聞かなくなったんだな」

「どうしたんだろう?」

「俺が思うにはだな、1年位武者修行に出掛けてたんだな」

「へぇー、どうしてそう思ったの?」

「んだってよぉ、その1年後には帰って来てまたバイクの鳴き声が聞こえてきたからよ」

「あー、帰ってきたんだ」

「そうだ、そうしたら、もう、大将よ。」

「何で大将って分かったの?」

「何でって、あのでっかい林のカラス引きつれてよぉ。

先頭に立って、バイクの声で分かるわな」

「ふーん」

「やっぱり、モノマネが出来るようなヤツってのは頭が違うんだな。

だから、他のカラスらも大将として認めたんだな。

そいつが死んだから、あの騒ぎになったんだ。

と、俺は思ったね」

「そのカラスって何年位大将だったの?」

「5,6年ってとこかな。カラスの寿命っちゃ何年だか分かんねえけど、ヤツの人生は

まだまだこれからだったんじゃねえの」

「へぇ〜、面白れぇ〜」

 

「そうなんだぁ、カラスっちゃ面白いし、オッカネェんだぞ」

「なになに」

「おれのオヤジが死んだんだ」

「えっ、何時?」

「もう、20年も前の話だ」

「何だ」

「何だじゃねえんだ、オヤジが死んで葬式すっぺって時に、オヤジの家の庭でもめ事に

なったんだ」

「何で?」

「用意した筈の仏具が一個ねえって葬儀やが始まったのさ」

「ふーん」カラスが運んだって話かなと麻子は思った。

「おれの兄きも喧嘩っぱやいから、何だ!ってことになって、ワーワー騒ぎになったのな

狭い細長い庭ん中でな」

 この人の話は、映像が見えてくる。

「そしたら、よお」と、タメもまた上手い。

「何よ」

「バァー、っとカラスが横切ったんだ」

「ん?」

「その狭い庭をカラスが横切って飛んだんだよ」

「へぇー」

「人が何人か立ってるのがやっとこさなのに、そこをカラスが横切ったら危ねえべよ。

大体が、そんなトコ、カラスが横切るなんて見たことも聞いたこともねえ話だっぺ。

それが、何回も横切って飛んだんだ」

「うわー、スゴイ」

「そしたら、葬儀屋もビックリして、気持ち悪くなって帰っちまったんだ」

「ふーん」

「オヤジはよ、苦労した人で、俺も迷惑掛けたんだけど、家の近くに畑借りててよ

畑に行くと弁当の残りをカラスにやったり話し掛けたりしてたのは知ってたんだ。

だから、カラスの恩返しじゃねえけど、オヤジの葬式で騒ぎ起こしてんじゃねえぞ

って、シメシ付けてくれたんじゃねえの」

「そっかぁ」

 

 そいつは、人を喜ばせるのが好きで話好きだ。

麻子が面白がると「もっと、面白い話があんだぞ」と気を引いてくる。

 でも、あんまり気を許しちゃいけないんだな。

エグイ話もイッパイあって、そっちは聞きたくないから。

 でも、小さい頃から動物が好きだったみたいで観察力が半端ない。

人間を見抜く目もあって、それは裏社会を生き抜く手段だったんだろうが、可愛がられる

術を知っていて、だけど、淋しがり屋と狡さ、危険が混在している。

 色んな人間が居て、色んなことがあるんだなぁ、面白いなぁ.

 

 で、その話を何人かにした。

そしたら、出てきたカラスの話。

ある人は仕事が終わって駐車場でみんなで帰ろうとしていた時、カラスの悪口を言っ

てた同僚の、その人の車にカラスが上から石を落とすのを、みんなで目撃した。という。

 ある人は、子供の頃、兄のムシカゴを開けて見ていたら、その中から兄が大事にして

いたカブト虫が飛んでいってしまった。

 もー、どうしようと見ていたら、カラスが飛んできてパクっとくわえた。

あー、と思った瞬間、口から離して目の前にカブトが落ちて来たんだという。

 

 スゴイよねぇ。