酵素浴3

 

 酵素風呂は、何時行っても満員だったが、急にお客が途切れることがあった。

すると、先生はカウンターに行って煙草を吸った。

「煙草が良くないことは分かってるんだけど、これだけは止められないんだよなぁ」と

言いながら、私を手招きした。

「何ですか?」と行くと、

「ね、この花おかしいと思わないかい」と言った。

指差した先には、カウンターの端に置かれた小さな花瓶に花が3本さしてあった。

 それは、何の花だったか忘れたが洋の花と和の花でミンナ色が違っていて不思議な

感じだった。

「これね、ボクのことが心配だっていうお客さんが持ってきて、ココに生けておけっちゅ

って挿していくんだよ」

それを聞いた私は、「あー、そうですか」とか言う他にない。

「これを持ってきた子はね。重い病なんだけど、フツウの人には見えないもんが見える

んだと」

「はぁ」

「ボクは以前に死に掛かって、っていうか、一度死んだんだな。

その時、大きな大きな穴の中に落ちていったんだよ。

そしたら、大きな6畳くらいの手が、ボクを受け止めて、ポーンと、ちょうど羽子板で羽

をつくみたいに上に上げたんだ。

そうしたら、『あー、心電図が動き出した』って声が聞こえて、でも、また穴に落ちて

いって、また、手に押し上げられて、ってのを何回か繰り返したんだけど、その度に心臓

が止まってたらしいな」

「へぇー」

「この花を持ってきた子が言うには、ここには何かが居るっちゅうんだよ。

そーんなこと言われたってなぁ。ボクには見えねえもん。

だけど、霊力が強いとかっていうボウズが病気で知り合いに連れられて来たんだけど、

ココの入り口で真っ青になっちゃって中に入れないで帰ったんだ。

ココはダメだって言ってたらしいけど、大したボウズじゃねえな」

(そうだな)と、私は思った。

 

 そういう、周りの人が居なくなることが、何回あっただろうか。

「こんなことは滅多にないんだよ」とその度に先生は言ったが、その度に先生の過去の

話を聞くことになった。

 先生は、一代で事業に成功して幾つもの会社を経営するようになったが、失敗して倒産

し、この地にやって来た。

 死に掛かったのは、倒産の前だったか後だったかは、聞いたが忘れた。

その後で酵素浴で命を取り戻し、自分も始めたのだという。

 倒産して保証金がどうとかこうとか言っていたが、よく分からなかった。

でも、要するに逃げたり隠れたりせず迷惑は最小限にして、そこまで返した人は今までに

居なかったと言われたという。先生はそれが誇らしそうだった。

 以前は90キロ以上も体重があったというが、その時の先生は50キロ代になって

いて若々しくハンサムな顔をしていた。

 奥さんは、先生より背が高くて地味な感じの人だった。

「ボク、暗闇が怖くて寝る時も電気マッピカリで寝てるんだ。

それに、これ言ったら笑われるけど奥さんが隣に居て手を握っていてくれないと眠れない

んだよ。

奥さんはボクより強くてしっかりしていて、ボクが好き勝手なことをしてきたのを支え

てきた人でボク頭があがんないんだ。この世で怖いのは暗闇と奥さんだな」

と先生は言ったが、奥さんは控えめな人で先生が何を話していても知らん顔していた。

奥さんは先生のことが可愛いんだなと思った。

 

 先生一家がこの地にやって来て、やっと落ち着いた頃、先生はパチンコに行った。

そこで大当たりして10万円ゲットした。

「金で持っててもすぐなくなっちゃうから、その金でテーブルを買ったんだよ。

丸い大きなテーブル。その頃から人生が好転した気がするなぁ。

二階で寝てたんだけど、一階の居間に置いていたそのテーブルのあたりから子供の声が

聞こえて、笑い声がするんだよな」

「あっ、座敷わらし」

「って、いうのかな。何だか、テーブルのまわりをグルグル回ってるようなきがしたな。

その頃から生活出来るようになってきたんだ。

でも、やっぱりその頃なんだけど、二階で昼寝してたら、玄関の辺りに1メートル位の

火の玉がウロウロしてるのを感じたんだよな。

寝てたのに何だか分かったんだ。そしたら、その火の玉が玄関からドアをすり抜けて

入ってきて、居間の横の階段を登ってボクが寝てる部屋に入ってきたんだ。

ボクもう怖くて怖くて、金縛りみたいになってたらパーンとその火の玉が花火みたいに

弾けたんだ。

その話をあるお坊さんにしたら、怖がらないでその中に入っちゃえばよかったのに。って

言われたんだけど、入ったらどうなってたのかな」

 

 とうとう聞かないでしまったが、先生の力は、前からあったのか、死に掛かってから

そうなったのか、それとも火の玉に出会ってからなのか、聞いて置けばよかった。