マイロ(麻衣呂)

 この間、日曜洋画劇場でジムキャリー主演の“マスク”をやった。

これを観るのは、3回目だ。

弱っちい男が、緑色のマスクを被(かぶ)ると変身しちまう。

被った人の中にある願望が巨大化して強力になって現れるんで、悪いやつが被ったら大変

なことになる。

 ジムキャリーって面白くて、そのくせセクシーで好きだな。

彼主演の“ツゥルーマンショウ”や“ライヤーライアー”なんかも面白かった。

 

 でも今回は、ジムの話じゃなくて、マスクに登場する犬“マイロ”の話だ。

中型よりちょっと小型犬でチョー頭が良くて、めちゃくちゃ可愛いい。

 へへっ、家の犬の名前はこれから貰って“マイロ”なんだ。

マイロは、2002年の6月生まれ、午(うま)年生まれだ。

私が午年で、長女とその婿も午年。気の合う友人にも午年が多い。

だから、何だって言われたらなんつうことないんだけど、そういうこと。

 

 足掛け18年生きた“エル”ブラックタンのミニダックスが死んで3年後にマイロは

我が家にやってきた。

 エルが死んで、もう2度と犬は飼わないと決めたのに、犬と一緒に暮らしたいという

気持ちが出始めたところに長女が犬の雑誌を買ってきては見せつけた。

 動物は写真を見ているだけでも楽しい。

そして、私は彼女の術に罠にはまり犬を飼うことに決めた。

エルを飼っているときにあった問題も、死んだときの悲しみも、生き物のキラメキには

敵わない。

 封じ込めていたエルと暮らしていたときの喜びを思い出した。

 

それは、8月だった。

夫と次女が、車で2時間程の所にあるというブリーダーの犬舎を訪ねて行った。

次女から電話が入った。

「お母さん、ここにクリーム色のダックスの子供が居るんだけど、後ろ足が駄目なんだっ

て」

「あっ、それに決めて!」

「うん、あたしもそう思った」

その時のマイロは、次女の膝の上に乗り、すっかり落ち着いてしまっていたのだという。

犬を買うときの注意事項は、変な臭いがしないこと、身体に異常がないこと、だという。

マイロは病気臭いような変な臭いがして、後ろ足が伸びたままで一度座ると立ち上がる

ことが出来なかった。

 これは、我が家に来る運命だと思った。

マイロが、普通に良い犬だったら我が家に来ることはなかっただろう。

健康で美しい優れたモノは、そういうモノを求める人の所に行くことになる。

 私は、一癖あるモノが好きだ。魅力を感じる。

そして、そういったモノは、決して劣ってはいないが、むしろ優れているなどともいわな

い。

そのままの形で、形の整っているモノも、変形しているモノもそれなりに素敵だが、

私はちょっと変わっているモノが好きで、魅力を感じるというだけのことだ。

 

「この色は中々出ない色だから、子供を作るのに置いておこうかと思ったんだけど、

欲しいなら譲ってもいいよ」とブリーダーは言ったという。

その時のマイロは、手の平に乗る位の大きさで1キロちょっとだった。

「普通は40万位なんだけど、これでは病院代もかかるだろうから、10万でいいよ」と

最初言っていたらしいが、娘と夫が嬉しそうにしているのを見て、黙って7万円にしてく

れた。

 

ところが、家に持ち帰ってから、淋しがりの怖がりの片手に乗る位の小さなマイロを

暇さえあれば抱っこして後ろ足を股関節にはめていたら、間もなく直ってしまった。

 私は、体調がイマイチだったが、マイロにどれ程慰められ癒されたか、一緒の布団に

寝るのは良くないと知っているが、どうしても横に寝てしまう。

 そこでビックリなのだが、あまりに可愛いと思う気持ちからか、私は乳が張った。

別に住んでいる娘達も可愛がったが、どうしても私と居る時間が多い。

抱っこ抱っこと飛び上がるマイロのために、抱っこ紐を買って抱いていたりした。

 

その頃に聞いた話で、ある料理家の娘が後ろ足の動かない大型犬を買ってきたという。

その娘は、この犬の一生は自分が面倒みるんだといって連れてきたのだが、もう一匹犬を

飼うことになった。

その犬は元気で、前の犬が足が動かないからといって手加減することはない。

一緒に遊ぼうとじゃれて誘う。

足の動かない犬も、自分が動けないなどと思っていないかのように一緒に遊んでいるうち

に足が動くようになって、今は殆ど支障がないくらいだという。

 あー、ええ話や。

 

 夫は、知らん顔しようとしているが、本来が犬猫好きなので、照れて邪険な声を出して

マイロが嫌がると、赤ちゃん言葉で話しかけたりしてオカシイ。

 家で洗うのが面倒なのと風邪でもひかれるのがいやなのとで、ドックショップに頼んで

送り迎えつきでシャンプーに行く。

 ある時、私と夫が居間でゴロゴロしていたら、シャンプーから帰ってきたばかりの

マイロが間に入ってきてゴロンした。

ふと見ると、シャンプーしてきて爪や毛を切った肉球の間が赤い。

「あれ!?どうしたの?よく見せてごらん」

肉球の間を割って見ようとすると嫌がる。

「お父さん、見てよ!毛を切る時に切られたみたいよ」

「えぇ、どれ?」

見ると、肉球の奥が切れたように赤い。

「可哀想に、臆病なマイロがどんなに怖がったか、もうシャンプーに行くの嫌になちゃう

かもしれない」

「切ったんなら、切ったって一言報告してもいいだろう」などと二人で話し、マイロは

しょんぼりしているように見えた。

 さて、その晩、

「さー、寝ようか」とベッドに向かうと、いつも先頭に立って行くマイロがついてこない。

ベッドの上には、私のノートと齧ったボールペン。

三色ボールペンが壊れ、布団のシーツには落書きのように赤い線。

「マイロ」と呼ぶと、ソックソックと現れた。いつもはイソイソなのに。

足の裏を調べると、その赤はボールペンであることが判明。

良かった、ドックショップに連絡しないで。と、胸を撫で下ろした犬バカであった。