真由子ちゃん1

 

 暮れに調子が悪そうだった真由子のことが、奈々は気になっていたが、店が忙しくて

ちゃんと話せないまま正月休みに入ってしまった。

でも、正月にゆっくり休めばきっと調子も戻るだろうと奈々は楽観視していた。

真由子の何処が、調子が悪かったのか、と聞かれても説明しづらい。

先ずは真由子の性格だが、人に気を使いすぎる。だけど、気が利かない。

親切で優しいが、それが人から軽く見られてしまう原因でもある。

ずる賢さがなく、自分の感情を言葉にするのが下手で、言い直されることが多く、

一生懸命やっていることを、点数稼ぎなどと誤解されてしまうことも多い。

 

真由子は、子供の頃イジメにあったことがあると奈々に話してきたが、

自己採点が厳しく、此処で働いていても仲間に邪険にされると、自分が悪いからだと

自分を責め、意地悪されてなくてもされたと思ってしまうことが多い。

「真由子ちゃんって、面倒臭いわぁ」と言う仲間も居る。

 

 真由子は暮れに風邪をひいたような様子で元気がなかったが、ミンナに迷惑を掛ける

からと休まず出勤してきた。

 いくら暖房が効いていてももう少し暖かい格好をしたらと奈々が言うほど、真由子は

白い顔を更に白くして寒そうに働いていた。

真由子は忙しくなると自分のペースで居られなくなる。

周りの慌ただしさに振り回され、気ばかりが焦って何が優先順位なのかが分からなくなる。

暮れの忙しさで皆バタバタしていた。お客の前ではニコヤカにしているが、裏では

歩く前に誰かが立っていると「ジャマよ!」とキツイ声になった。

真由子はジャマだと言われることが続いた。更にまだお客が飲みかけだったグラスや

おつまみの皿を慌てて片付けようとして、そこに居合わせた京香に叱られた。

暮れの忙しさで荒れるお客も居たが、みんな結構バリアを張って自分を守るのが上手

な中で、真由子は、そういう人の辛さを受け止めてしまうところがある。

一見気が利かないような真由子だが、そこに居場所を見つけられないでいる人を

敏感に感じ取って黙って傍に座る。

奈々は、みんなが空騒ぎをして見逃してしまうことを、真由子はフォロー出来る人だと

認めていた。

仕事納めの日、奈々は「何かあったら電話しなさいよ。

暖かくして良いお正月を迎えてね」と言って真由子と別れた。

 

 正月になると海外に行きたがる秀作だが、最近の不況と寄る年波のせいでか、珍しく

家に居たが、やはり東京のマンションに泊まったりで家のおらず。栞は付き合って

3年になる正樹と一緒の正月を過ごしていた。

奈々は、小学校の友達ユカリから連絡が入り会って食事をした。

そこで、ユカリの子が精神的に参って、相談にのってくれる所に行ったという話を

聞いた。

 その話を聞きながら、奈々は真由子のことを考えていた。

その日、帰宅すると奈々のパソコンに真由子からのメールが入っていた。

 そこには、

「生きているのが辛い、自分は人に迷惑を掛けるばかりだから、居なくなった方がいい」

とあった。

 

真由子2

 

 その晩、奈々は真由子の携帯に電話を入れた。

真由子と話すことで、明らかに様子がおかしいと感じた奈々は、

「明日、良い所に連れて行ってあげるから、変な真似だけは絶対にするんじゃないよ」と

何度も念を押して受話器を置いた。

 そして、ユカリに電話をし、その相談に乗ってくれるという家の電話番号を聞いた。

 

 翌朝、8時になる前、真由子が来た。

居たたまれない気持ちでそれでも奈々は眠ったが、真由子は眠れずに一晩を過ごしたよ

うだった。

真由子は早すぎないようにと気をつかいながら、迷惑を掛ける自分と、助けを求めず

にはいられない自分にクタクタになって奈々のマンションのチャイムを押した。

秀作は、東京のマンションに出掛けて留守だった。

奈々は暖かいコタツに真由子を入れ、

「大丈夫だよ。面白いトコの話聞いて一度行ってみたいと思っていたからさ、

一緒に行ってみようよ」と言った。

 真由子がそういう気楽な状態ではないことは一目で分かった。

だからこそドライブ気分で誘い「お昼も何処かで食べようよ」と言ったのだが、

真由子にその元気はなかった。

「もう、動きたくない」という真由子とコタツに入り、正月番組のただウルサイだけの

テレビを見て二人は時間を過ごした。

 

仕事の準備をしている時の奈々は早口で畳み掛けるように話すが、店に立つと

プロ意識というヤツか、お客の話をユックリ聞いて反論することも少ない。

 これは、夫の秀作に言わせればペテン師なんだそうで、

「策士でファイター、男顔負けの度胸を持つ女が、着物を着てニコニコ笑って話しを

聞いてる。なんていうのは、ズルイ」と秀作は言う。

 それを聞いて、(誰だって色んな顔を持っているんじゃないか)と奈々は思う。

自分だってノンビリする時もあれば、テキパキしている時もある。怠け者の時があり

頑張りやの時がある。

 どの顔が本当の自分だなんて決めることは出来ない。

 

 でも、年頭に今年の抱負を誓っていた。

それは、(早とちりで決め付けをしない。面倒になっても途中で投げない。

目先のことや好き嫌いで一刀両断に断ち切ることをしない)ということだった。

 奈々はせっかちで面倒臭がり、早とちりが多く決断が早いといえばそれまでだが、待つ

ということが苦手だ。

 ここに座っている真由美などは、自分に守られている反面、自分の性格の一番の

被害者かもしれないと奈々は思っている。

 何処に行っても長続きせず、自分の居場所がない気がしてきたという真由子は、

人付き合いは不器用だが、気持ちが優しく、何もしない人を馬鹿にしたり失礼な真似を

することはない。

 自分が話しベタなので、人が言っていることを一生懸命聞こうとする。

打てば響くというタイプでないので、その一生懸命さがウザがられたりするが、その姿

を、奈々は愛おしく思っている。でも、その気持ちがどれだけ通じているか。

 奈々はぐったりしている真由子とコタツに入り、今日は出掛けられないかもしれない

と思っていた。

 

真由子3

 

 あり合わせの物で遅い昼食を食べる頃、真由子がポツポツと話し始めた。

「イジメに合ってミジメだったの、でも、それは終わっていない。

今でもちょっとしたことで、そのミジメさがすぐにぶり返すの。

その人のことを恨んでいるワケではないの。

でも、自分のこのミジメさはどうしようもないの。

自分がバカだから悪いんです。誰が悪いんでもないの。私は居なくなった方がいい。

私は、気持ち悪い人間なの、消えてしまいたい」

 奈々は励ましたくなる気持ちや真由子を代弁したい気持ちを抑えて、それを黙って

聞いた。

イジメをしていた娘を奈々は知っていた。

その娘にはその娘のイジメをしなければいられない何かがあったのだろう。

でも、罪が深いなぁ。と奈々はつくづく思う。

イジメという人の尊厳、存在を否定する行いは、人をこんなに苦しめ、苦しみを引きず

らせることになるのか。

 その娘は、真由子と会うと何事もなかったかのように声を掛け、振舞うのだという。

 

話していた真由子が、突然「フェーン」と泣いた。

「もう、いいよ。オシマイにしよう。

相談に乗ってくれるっていうソコに行くだけ行ってみよう」と奈々は言った。

 

 

真由子4

 

 時計は2時近くになっていた。

ソノ場所は、奈々の家から3、40分の所だと思われた。

 奈々はソコに電話を入れた。

ユカリは、自分の名を出して自分の紹介だと言えばいいと言っていた。

「もしもし、私、ユカリさんにそちらを教えていただいた者なんですけど、見てもらい

たい人がいるんですけど…」

「あー、ユカリさんね。いいですよ、見てあげますよ」

奈々は、見て“あげますよ”という所に違和感を持ったが、

「よろしくお願いします。そちらには、どう行ったらいいですか?」と聞いた。

 その人はテキパキと順路を説明したが、奈々は、驚く程の方向音痴だ。

「あの、カーナビに入れますから住所を」と言うと

「いいから、簡単ですから、私の言う通りに来たらいいんです。

それから、私は夕方4時にはゴマタキの修行に行かなくちゃならないんです。

だから、3時までには来られますか?」

「はい、ここからだと1時間掛からないと思いますので大丈夫だと思います」

 

 奈々は、

「迷惑掛けてごめんなさい」と言う真由子を車に乗せ、カーナビをセットして車を出した。

正月の国道は、思ったより混んでいた。

そして、順調にソコに向っていると思っていたが、カーナビの指す方向がどう考えても

違うような気がしてきた。

 何時も交差点に近づくとウルサイ程話すカーナビが、何も言わない。

なのに、矢印はコッチへ行けと示している。奈々の勘では左なのに右を示すカーナビ。

30分程走って不安になった奈々は、真由子にソコへ電話を入れさせた。

電話で真由子は、「言った通りに来ればいいんだ、時間は大丈夫か」と言われ、

「怒っているみたいよ、大丈夫かしら」と気弱な声を出した。

 カーナビに現れた地名が行き先と大きく外れていることに気が付いたのは、それから

しばらく経ってからだった。

 奈々は車から降りて電話を入れ、近くの目印で説明しようとした。

間違っているならいるでよい、間違っているということが知りたかった。

 ところが、電話を掛けた途端だった。暴走族のバイクの集団が現れた。

その爆音に電話の声はかき消され、相手の声も聞こえなくなったが、

「私の話を聞いているのか!言った通りにすればいいんだ!」という声が、かすかに

聞いて取れた。

 来た道を戻るとカーナビは、何事もなかったかのように、コッチだと反対方向を示し

始めた。

そして、クネクネとした山道を進む奈々の車の前に、ゆっくり走る軽トラックが現れ、

何台もの暴走族のバイクが車を取り囲み、追い越すことも出来なくなった。

 奈々は、何かに拒否されているような、ソコに行くことを阻む何かが居るような気が

した。

「ママ、私、結局見てもらえないのかな」と真由子が言った。

「大丈夫だと思うよ。でも、きっと私は見てもらえないような気がする」と

自分も見てもらおうと思っていた奈々は言った。

 

 

真由子5

 

 ソコに着いたのは、3時を少し回っていた。

「すみません、遅くなりました」とドアを開けると、キレイな顔をした人がテーブルに

座っていた。

 ソコは四柱推命で占いをする家だった。

その人は、真由子の生年月日から生い立ちや性格、持って生まれた体質や吉凶を占った。

それは、驚く程当たっていた。

 奈々は、四柱推命が統計学で陰陽師や諸葛孔明なども占星術などと共に使っていたと

聞いたことがあった。

「へー」と奈々が感心するとその人は、ユカリの子供のことや家庭のことを喋り出した。

それはユカリから聞いて知っていたことではあったが、そのことを話すその人に

(人の秘密は喋るんじゃねえよ)と、嫌な気分になった。

 違う所で占いをした人が、憑き物が付いていると言われたが、その人に祓う力がなくて

自分の所に来て助けたという。

そして、その人がゴマタキなど修行をしてるという話や、憑き物がついていた人が

水を掛けられると暴れだしたという話も何かが違うと奈々は思った。

 真由子に憑いている娘の話は、奈々が感じているモノと同じであった。

しかし、ただお祓いをすると仕返しに来るので、ちゃんと供養して行くべき所に行かせて

あげなければならない。という話にも奈々はカチンときた。

(仕返しが恐いからじゃなくて、見ず知らずであってもその娘の成仏を願うことが

その娘がついていようがいまいが、そういった心を持つことが、結果的に真由子の

気持ちの落ち着きに繋がるんじゃないか)と奈々は思い、

そして、(行かして“あげ”なければならない。ってどんだけ上から目線なんだか)と

思った。

その人は「自分は修行をしているので、普通の占いをしている人とは違う」と言った。

それも、奈々は駄目だった。

奈々は修行というのは、当たり前のことを当たり前にすることだと思っている。

面倒くさくてもやらなければならないことは、なるべく喜んで行い、エコヒイキ

身びいきを慎み、決め付けをしないようにして、自慢したくても人の秘密を喋っては

ならず、人に失礼な真似はしない。

 人助けは、自分のタメにしているのだから当たり前のことで、仕事は出来ることが喜び、

心を込めて行うことが、それだけでもうシアワセなこと。

 すぐに調子に乗るクセのある奈々は、良いことをしたと思った時こそ心を鎮め、それを

自慢したり押し付けをしないこと。と決めている。といっても、中々出来ないのだが。

 出来なくてもやろうとして努力することが、そういうことが自分の修行だと奈々は

思っている。

 

話を聞きながら、(ここに来るのは、今日でオワリだな)と奈々は思っていた。

何か言えば、その人を怒らせるようなことを言ってしまいそうな自分が恐かった。

 奈々は「へぇー、すごいですね」と

「私は、とてもそんな修行出来ません」という言葉を繰り返していた。

すると、

「あなたは、私のしていることを馬鹿にしているのか!」とその人は突然怒り出した。

 そこに、急にお客さんが来た。

奈々たちは追い出されるようにソコを後にすることになった。

 

 

真由子6

 

 奈々たちは、見料だという5千円を払って外に出た。

 夕方にはまだ間があった。車に乗ると真由子が、「ママ、どう思う?」と言った。

奈々は、何だかムカムカしていた。

そして、「大したことないな」と小さい声で言った。

その途端「私はどうしたらいいの?」と消え入るように言った真由子の様子が、また

おかしくなったのを奈々は感じた。

 様子がおかしくなるというのは、どう言ったらいいのだろう。

空気が重くなり何かが一変するのだ。

取り返しのつかないことが起こりそうな不吉な予感に、奈々の身体も重くなる。

 (しまった)と奈々は思ったが、どうしようもない。

何か言うと墓穴を掘ることになる。しばらく黙って運転していると真由子が、

「私、ゴマタキに行った方がいいのかなぁ?」と言った。

(行くことはない)と思ったが、

「分からない」と奈々は言った。

「これでは仕事も出来ないし、みんなに迷惑掛けるから、ゴマタキに行ってみる」

「そう、私はそういうトコ行きたくないから本当に行きたいと思うんなら、自分で

行ってみたら」

「うん、自分で頑張ってみる」と小さな声で真由子が言った。それが奈々は悲しかった。

 そして、どうすることが真由子の助けになるのだろうかと考えていた。

ゴマタキは、行ったからといって変わるわけではないと奈々は思う。

奈々は、何かにすがるということが嫌いだ。神様は信じて自分を預けお任せすれば

それだけでいいような気がする。

そして、本当に神様が信じることが出来たら、何をどうしたらいいのかは自然と

分かるんじゃないかと思う。

 でも、このムカムカと不安は何なのだろう。と考えていると、答えが出た気がした。

それは、(あー、今年の抱負で目先のことに囚われてしまってその先に進めなくなること

から脱却しようと思ったけど、もう一つ。

自分の間尺に合わないことを許さないという自分と戦うことだな)と思った。

戦う相手は嫌だと思うその相手ではなく、それを嫌いやっけようとする攻撃的な自分だ。

 占いの彼女に奈々は劣等感と自己顕示欲、支配欲を感じ、同時に修行をしなければ

居たたまれない何かを背負っているような気がした。

 でも、そこには人を楽にしてあげたい、助けてあげたいという彼女の想いも感じた。

奈々は、「〜してあげたい」と「〜して欲しい」という言葉が好きでない。

彼女が「してあげる」から、「自分がどうしたい」のかに気が付いたらスッキリするのに

と思っていたが、その人がどういう表現をしても、何を話しても自分には関係ないこと

だった。と思いが至った。

人の秘密を話して自慢するな。と思うことは、自分がそれをしなければいいだけの

ことだった。

自分が人を非難することは、その人と同じで、非難することで自分を肯定しようと

している。

そして、何かを切り捨てることは、同時に大切なモノも切り捨てているのかもしれない

と、奈々は思った。

 

真由子7

 

次第に赤く暗くなっていく西の空を見ながら、奈々は夕方の雑踏の中、車を走らせた。

カーナビは何事もなかったかのように話し始め、その方向を示している。

「ねえ、真由子ちゃん。

今、あなたがそんなに苦しいことになっているのが、さっきの人が言ったように

南の島で死んだ子供が憑(つ)いているからだとしたら、お祓(はら)いしたい?」と

奈々は聞いた。

「ううん、苦しいけど、どうしようもないけど、この苦しいのは自分だと思う。

祓うってどういうことだか分からないけど、もし、さっきの人が言ったみたいに子供の

時にお母さんと心中して死んじゃった子が、私の中に居るんだとしたら、その子を追い

出すことで、スッキリしたくない」

「そうかぁ。でも、私もそう思うなぁ。

何だか、真由子ちゃんが落ち着いてシアワセになることで、真由子ちゃんが育つことで

その子もシアワセになる気がするなぁ」

「うん」

「真由子ちゃんがシアワセになるためにその子を利用したり、逆に切り捨てたりするん

じゃなくて、真由子ちゃんが落ち着いてシアワセになることで、その子は天国に行く気が

するなぁ。その子と真由子ちゃんは同じような気がする」

「うん、一緒に半分ずつシアワセになる」と真由子は言った。

 

奈々は自分では筋が通っているつもりでいるが、感情的になることが多い。

ドジで不器用な真由子は、そういう奈々だけじゃなくてみんなのカンに触ることが多く

感情をぶつけられることがある。

そして、真由子は鈍感な反面、人の気持ちが分かって、失礼なことを言われても飲み

込んでしまうのだ。

「私、ジャマって言われると、あぁ自分ってジャマな存在なんだ、居なくなった方が

いいんだって、消えてなくなりたくなるの」

「そんなの、駄目だよ。居なくなった方がいい存在なんてないと私は思うよ。

それは、真由子ちゃんだけじゃなくて、総ての存在が、神様に必要とされて存在してるん

だと私は思ってる。

人間の都合であった方がいいだの悪いだのってのは、勝手な解釈だからそれに振り回さ

れる必要はないと思うよ」

「ママは強い人だから、そう思えるのよ。

私なんか、私が居たことで両親の仲が悪くなって、友達にも私が居ると雰囲気が壊れる

って言われて…」

「そんなこと言うヤツこそが、雰囲気壊してるんだよ。

でもね、何度も言うけど失礼なこと言うヤツってのは、耐え切れない何かを抱えている

んだと思うんだ。

そうなると、そういう人は可哀想な人だと思えって言う人がいるけど、私はそれも

違う気がする。同情することで溜飲を下げるっていうか、許すってのは、違うと思う。

分かる?」

「分かる気がします」

「そうかぁ、真由子ちゃんは、人を憎まないために自分が悪いからそうなるんだって

自分を否定しようとするけど、それって、私は悪くない親が悪い、社会が悪い、友達が

悪いからだって人のせいにするのと同じだと思うんだよ。

そして、思うんだけど、誰も悪くないのかもしれない。そして、誰もが苦しいのかも

しれない。だけど、みんな何とか頑張って生きてるんじゃないかな。

あたしも生きてるのが嫌になることがあるんだよ。

だけど頑張ってる、真由子ちゃんも頑張ってみない?

何を頑張るかっていうと、出来ることを一つ、楽しんでやってくってことだと思うんだ」

「出来るかしら」

「出来るか出来ないかは、神様が決めるんだと思う、私たちは出来ることをやってみる

だけでいいんだと思う」

「そうですね、やってみます」

 と真由子は言った。

 

真由子8

 

 少し落ち着いた感じになった真由子が、すっかり暗くなった道を車で帰って行くのを

見送り、奈々は、酒と肴の用意をしてコタツに入った。

秀作は今日も東京に泊まりで、奈々は一人、テレビも音楽も流さずその日にあった

ことを反芻していた。

 

 奈々には師匠が居る。

その人は生まれながらのお坊さんらしいが、お坊さんという職業ではない。

 彼はバリ島に住んでいる。その師匠に電話を入れることにした。

 

幾つかの疑問があって、それを聞いてみたいと思ったのだ。

一つは、以前に「用もないのに神社仏閣に行くと、悪いモノがついてくるので一人で

そういう所には行かない方が良い」と言われたことがあったが、その日に会った彼女に

も同じことを言われた。奈々はそれが、気に障っていた。

 奈々は、脅(おど)しを極端に嫌う。

神社には神様が居るんだとしたら、悪いモノなどつく筈がないと思う。

事実、奈々は神社に行っても悪いモノなどにつかれたことなど一度もない。

お墓も好きだし、神社も寺も海も山も行くと清々する。

 駄目なのは、人間関係がもつれている飲食店とか、仕事にやる気がなくて目が空ろな

人が働いている所だ。

 特に、悪意や恨み嫉妬などが渦巻いている所に行くと、吐き気がして動けなくなる。

だから、奈々は人が集まる所には行かないようにしている。

そして、何故か、気分が悪くなる所に、社会的に認められている所(学校、集会場、

発表会、パーティ、結婚式など)が多い。

 

 そして、もう一つは「ゴマタキに行きたいというか、行った方がいいか?」と真由子が

聞いてきたことだった。

 奈々は師匠にその日あったことを話した。

師匠は、いつものようにフンフンと奈々の話を、ただ聞いていた。

普段の師匠は、奈々が話すことや奈々の出す意見に、加勢することもなければ、否定

することもない。

「真由子ちゃんがゴマタキに行きたいって言ってるんですけど、行った方がいいですか?」

と、奈々が聞くと、

「そうですね」と師匠は言った。

「えー、行った方がいいんですかぁ」

「ええ、真由子ちゃんが行きたいっていうなら、行った方がいいですよ」

「そういうコトって効果があるんですか?」

「あるといったらあるし、ないといったらないですね」

「じゃ、私は行かなくてもいいんじゃないか、っていうより行かない方がいいような

気がするんですけど」

「ええ、別に行かなくても大丈夫なんですよ」

「じゃあ、どうして行った方がいいって言うんですか?」

「ゴマタキが大事なんじゃなくて、大事なのは、真由子ちゃんが良くなりたいって

思って、自分の考えと決意で行動するってことが、大事なんですよ」

「あー、ナルホド。じゃあ、自分で行くように言っときます」

「駄目ですよ」

「えっ?! 自分で行っちゃ駄目なんですか?

それじゃ、どうしたらいいんですか?」

「奈々さんが付いて行くんですよ」

「えー、面倒臭い。私はゴマタキに興味がないし、今日の話では行きたくないです。

真由子ちゃんが行きたいっていうなら、自分で行ったらいいじゃないですか

どうして私がついて行くんですか?」

「それが、奈々さんのお役目です」

「ええー、それが私の役目なんですかぁ」

「そうです」と師匠は言った。

 

 「神社に行くと悪いモノを拾ってくるんですか?」と奈々は師匠に聞いた。

「私は神社やお墓に行くと清々した自由な気持ちになるのに、そういう所に一人で行くと

悪いモノを拾ってくるから止めた方がいいって、前に霊能力だか何だか、知った風の人に

言われたことがあって、脅かされたみたいで気分が悪かったんですけど、そういうこと

ってあるんですか?」

 奈々は、師匠が「そんなのは迷信です」と言うと思っていた。

「そうですねぇ。

昔からお参りはミンナ仲間と連れ立って行ったんですよ、そして温泉に入ったり

騒いだりして浮世の憂さを晴らして帰ってきたんです。

人は間違うこともあるけどミンナ毎日一生懸命生きていて、日常の生活で溜まった疲れ

や澱(おり)を降ろして、お参りすることで気分転換をしてきたんですね。

だから、そういった所にはそういったモノが落ちているのも確かなんです」

「えー、私、神社やお寺だってお墓だって嫌な気持ちになったことなんて一度もありま

せんよ」

「奈々さんの場合は、どういう所に行っても悪いモノを拾ってくることはないでしょうね」

「どうしてですか?」

「奈々さんは気持ちに濁りがないから、何処に行っても何もないし、田んぼでも海でも

山でも何処でもスッキリすることが出来るんですよ」

「へぇー、いいですね」

「逆に気持ちに妬みや恨み、どうしようもない悲しみを持っている人は、何処に行っても

景色も見ないでぶら下がる木を探していたり、嫌なことばかりクヨクヨ考えて、そこに

落ちている悪いモノを集めてしまうんです」

「あー、ナルホド」

「ゴマタキに行く人も、元気で何の悩みもない人は、逆にそういう所に行こうと思わ

ないんじゃないですか?

やっぱり、色んなモノが落ちていると思いますよ」

「だったら行かない方がいいじゃないですか」

「いえ、だから、行きたいと思う気持ちが大事で、自分から行動をおこすことが大事で

自分から変わろうとすることで変わっていくんですよ。

奈々さんは、真由子さんを、頑張ろうとしている真由子さんを放り出すんですか?」

「あー、分かりました。

真由子ちゃんがやりたいと思うことを応援します」

 

 師匠は、「分かっている者は、分からない者に教える義務があり、

分からない者は、分かっている者に教えてもらう権利があるのだ」と言った。

 教える者は教えることで、更に学習し、教えられる者は教えられることで、人を育てる

のかもしれないと奈々は思った。

 

 蛇足、

子供の頃、どうしても、鉄棒の逆上がりが出来なかった人がいる。

その人の子供も、どうしても、逆上がりが出来ない。

 その人は、子供に逆上がりを教えようとしていたら、逆上がりが出来るようになった。

そして、その子も、逆上がりが出来るようになった。

     メデタシ、メデタシ。って、感じだよね。

 

 あっ、真由子ちゃん。ゴマタキ行かないことに自分で決めた。

で、少しずつ落ち着いて、いい感じになってきている。

               あっ、こいつぁー春から、縁起がいいわい。