ミャミャ

 

 1ヶ月位前から、野良猫が来ている。

最初は、痩せて険悪な顔つきをしていたが、中々の器量よしで緑がかった目が美しく

毎日見ている欲目かもしれないが、見る見る可愛い顔になった。

 その日、夫がラーメンスープを作るために軍鶏(しゃも)で出汁をとるニオイに誘われ

てやって来たようだが、山小屋の前から動かなくなってしまった。

 猫は、翌日から山のように出た軍鶏肉を、骨を取り除いてもらうことになった。

猫は、野良の習性からか、無口だった。

 それが一週間も経たないうちに、呼べば返事をするようになった。

 

丁度10年前になる、1997年の秋にやって来て、外猫として2年餌を与えた猫の

名前は、ミーヤだった。

今回の猫は、何となくミャミャと呼ぶようになった。

ミーヤは、明るいキジトラだったが、ミャミャは黒がかったキジトラだ。

キジトラとは雉(きじ)の虎(とら)模様ということらしいが、雉模様だというなら雌の

方の模様と色だ。

 

最初に見た時オス猫だと思ったが、やはりシッポの下に小さな丸いモノがあった。

ウチでは、猫を飼うつもりはない。

だが、毎日餌と水を置く、危害は加えず、ちょっとだけ声を掛ける。

今回は、あまり懐かせずいい距離間を保つようにと、家族に言い置いた。

 

 今年の猛暑は例年にも増して厳しい。

日中、外に出ると焼け付くように日が照りつける。

昨日は、雷雨がやってきた。

そういう時、猫は何処でどうしているのだろう?

 毎日、日中は姿を見せない猫は、何処で何をやっているのだろうと思っていた。

 電車と山小屋の北側に、月桂樹が生い茂っている。

隠れ場所のように出来た三角のその場所は、一日中木陰になっており、風が通る。

私は、以前にそこにベンチとテーブルを置き“隠れ家”と呼んでいたが、今年は殆ど

そこへ行っていない。

山小屋の上から“隠れ家”のベンチの上で昼寝をしている猫の姿を、何度か見かけた。

 

 2、3日前、毎日餌を貰うお礼、定納品のつもりなのか、餌箱の横に腹の食われた頭

だけのセミが置かれてあった。

 ミーヤの時は、雀の足が4本あったことを思い出した。

つまり、ミーヤは2羽の雀を喰らったのだろう。

 

 昨日の夕方、黒い雲が北の空に現れ、冷たい風が吹き始めた。

(猫に早いとこご飯をやらないと、雨が降り出すぞ)と思った私は、猫を呼んだ。

「ミャミャ!ミャミャ!」

しかし、猫は、現れない。

電車と山小屋の間から覗くと、隠れ家のベンチが見えた。

そこに手足を伸ばして横たわっている猫の姿が見えた。

「ミャミャ!」と電車の間から呼ぶと

(エッ!?)というように猫が、首をもたげた。

「ミャミャ!ご飯だよ!」と言うと、

(エッ?エッ?)と、キョロキョロしている。

「ゴハン!」と言うと、猫が、ベンチから飛び降りる姿が見えた。

 

 和室の前に置いてある餌箱と水の器の所で待っていると、北側の草むらの間から現れ、

石段を登ってきた。

猫は、いつもそこから来たが、どうしてそちらから来るのかが、分かった。

 

餌箱にカリカリの餌を入れるのを、ちょっと距離を置いてちんまり座って待つ。

餌が入っても、私が離れないと食べ始めない。

 雷が遠くから聞こえ、急に暗くなった空からポツポツと大粒の雨が落ちてきた。

急いで山小屋に入ったが、こっそり覗くと器の中に顔をすっぽり入れた猫が、熱心に

ゴハンを食べている姿が見えた。

(もうすぐ雨が強くなる。早く食べちまえよ)

埃っぽい猫の頭に、雨粒が落ちる。

 

 冷えた風が、家と山小屋の間を、私と猫の間を、通り抜けていった。

気持ちの良い風だった。