泣いて

 

 智也の母親はちょっと変わっている。

でもまあ、ずっとそういう風に生きてきたわけだから、初めてこういう話を聞いた人は

驚いたり疑いの目を持つかもしれないが、彼女を知っている人は、そんなもんだと思うだ

けだ。

 彼女は、親戚の誰かが逝去する時、必ずといっていい程、不思議な夢を見る。

最近では、伯父が亡くなった時に、一週間続けて同じ夢を見たという。

 その夢とは、

沢山の人が集まって長い棒を建てようとしていた。

その人達は、侍の格好をした者や着物姿、百姓のような者から縄文人のような格好の

人達まで様々な人がいて、その辺りは身動き取れない程の沢山の人だかりであるという。

その人達が、「ヨーイヤサ、ヨーイヤサ」と掛け声をあげてその棒を建てようとするのだが、

中々建たない。

「まだかー」

「まだだなー」という状態が一週間ほど続いて

「よーし、準備は出来たぞー」と言う声があって

「ヨーイヤサ」という掛け声と共にその棒が、天に向かってスックと建ち上がった。

 その瞬間、母親は親戚の誰かが逝くと思ったという。

そして、伯父が死んだという連絡が入った、

伯父は、他県に住んでいてそう行き来はしていなかったが、突然の逝去であった。

 

智也は、「何か起きそうで気持ち悪いから、変な夢は見ないでくれよ」と言うのだが、

母親は、

「夢を見たから何か起きるんじゃなくて、何か起きるから夢が知らせるんだよ」と言う。

兎に角、夢をよく見る人だ。

 

 先日、母親は、友達と二人で旅行に行ったらしい。

その友達から智也の所に電話が入った。

「あんたのお母さん何か変わったことない?」

「いや、別に」と智也は言ったが、また何かやらかしたなと思った。

「何か、あったんですか?」と聞いたが、

「いや、別に…」と今度は、母親の友達が口を濁した。

母親に問いただすと、やっぱりだった。

 

「あの時、急に〜に行きたくなっちゃってさ、町田のキヨちゃん誘って行ってきたのよ。

そしたら、〜って山の周りに大きな石段みたいになってんのね。

キヨちゃんと二人でそこを上って行ったら、山のいろんなモンがやって来て、あたしに

ついてきて、いっぱいになっちゃったのよ。

頂上は、広場みたいになってて、そこの中央には大きな石が見えたんだけど、石段を登

り終えたら、山のモンが、「泣いて」っていうのよ。

そしたら、何だか、急に涙が出始めて、いやー、出るわ出るわ。

そんで、泣くだけ泣いたらスッキリしちゃって「もう帰ろうって言って降りてきちゃった」

という母親の話を聞いて、

(あーあ、キヨちゃんは災難だったな)と智也は、思った。

智也は、キヨちゃんに電話して謝ったが、キヨちゃんは気にした様子もなかった。

智也の母親は、子供みたいな人だ。

悪気はないのだろうが、マイペースでやりたいようにやり、その気になると突然行動する。

やりたくないことは、やらない。

 以前、京都に家族で旅行に行った時、ある寺院でそこに居たお坊さんが、

「あなたは、修行をしたらすごいことになります。ここで修行する気はありませんか?

思い当たることがありますよね」と母親に言ってきた。

すると母親は、

「この人は、何、言ってんだろう?思い当たることなんかありませんよ」と、失礼な程に

キッパリと言った。

そして、その場を離れると、

「修行なんて嫌なこった」と家族に言ったのだった。