夏みかん

 友人の雅美が、生活クラブで注文していた“水俣市の夏みかん”を運んできた。

水俣というと、あの「公害の原点」とされる水俣病が脳裏に浮かぶ。

注文の時、雅美とその話になった。

「この夏みかんは、水俣病で苦しんだことが原点にあってその水俣に生活する人たちが

土の汚染や水から考えて無農薬で、って言っても、何でもまるっきり農薬なしってのは

あり得ないらしいのね、そういったものを最小限に抑えて作られたものなのよ。

あの水俣病があったからこそ、食べて人間の身体に安全なモノをって、長い時間をかけ

て作られた夏みかんなのよ」と雅美は言った。

そして、被害にあった者こそが、本当に何が大事なのかを知る人間になるんじゃないだ

ろうか、という話になった。

 彼女は、今の社会の中で精神的についていけなくなった人たちとの関わりを持っている。

その人たちは当事者と呼ばれる。

 水俣にしても、原爆にしても当事者だからこそ分かる苦しみと、その現実がある。

当事者は、自分から遠いところに生きる人ではない。

愛する者との別れを経験したことのない者はいないだろう。

社会でも学校でも、家庭でもその疎外感や孤独、不安を感じたことがないといったら

ウソになるだろう。

総て、当事者こそが生き証人であると同時に、そこにある空白感は何かを残さなければ

生きている実感を持てず、空白感は埋まらないのではないかと私は思う。

 

夏みかんを頂いた。

雅美からは、「皮の見た目が汚いけど、減農薬だから絶対マーマレード作ってみてね」と

念を押されていた。

 夏みかんの皮は、店に並んでいるモノのようにピカピカしていない。

その色はオレンジ色でなく薄い黄色っぽくしんなりしている。

表面にはポツポツとシミがある。

しかし、皮を剥いて食べてみると、ジュージー、甘味と優しい酸味が口の中に広がった。

 

ハチミツ採りの兄ちゃん、インドの兄ちゃんを持つ塚石と、夫を怒らせずにゴミの分別

を教える能力を持つ立川に夏みかんを分けてやる。

 最少農薬なので皮でマーマレードにするといいと教えると、立川がすぐにマーマレード

を作って持ってきた。

 先日死に絶えたカスピ海のヨーグルト菌も立川に貰い、牛乳でヨーグルトを作ってあっ

た。

 そのヨーグルトにマーマレードを掛けて3人で食す。絶品。上品。デーリーシャス!

散々マーマレードを作れと言った私は、剥いた皮を出窓に置きっぱなしで、夏みかんは

干物になっている。

 まあそれは、いずれ風呂にでも入れて入ろうと思う。

 

 水俣の夏みかんでかんきつ類の美味しさを、思い出した。

雅美と一箱を半分こした夏みかんは、あっと言う間になくなった。

 スーパーに買い物に行くと、伊予柑が山積みになって売っていた。

その皮はピカピカで、赤みがかる程のオレンジ色だ。

 それを買って帰った。

食後に剥くと手に皮の汁がはじく。あの夏みかんの皮からは、汁ははじかなかった。

しかし、その伊予柑の中身は、白くパサパサでスポンジのようだった。

 

 きゅうりが、姿は青く新鮮そうなのに切ると白く空気が入ったようになっていることが

ある。

 逆に表面はシワシワなのに、中は瑞々(みずみず)しかったりする。

 

 私は、見てくれは何でもいいから、安全で新鮮で美味しいものが欲しい。

でも、見てくれ重視の人が多いから、世の中がこんなになっちゃってるんだろうなぁ。

 あーあ。

 

    追伸

 昨日の朝、6時前からこれを書いていたらつけっぱなしのラジオから

「今日は何の日?」という声が、聞こえてきた。

ふと耳を傾けると、

「1987年の今日、3月30日に熊本の水俣市で起きた公害の水俣病患者に対して、

国と熊本県に非があったことを認め、6億円の賠償が命じられた日です」と言っていた。

 

 私が生まれた1954年頃は、日本全体が高度成長の波に乗っていた。

汚水は垂れ流し、モーレツに働く人たちによって経済成長があった。

“苦海浄土”石牟礼(いしむれ)道子著にある細川一博士の報告書に

「昭和29年から当地方において、散発的に発生した

四肢の痙性(けいせい)失調性麻痺と言語障害を主症状とする原因不明の疾患」とあるが、

それは、地獄の氷山の一角の現れだった。

 昭和29年生まれの私は、18歳で短大の宿題でこの本と出合うことになる。

それは、やはりその当時読んで虜になっていた有吉佐和子の“複合汚染”と共に

私の根本を揺す振り続けるものとなる。

 チェリノブイリを書いていた時、偶然、臨界の事故から6年目のサイレンが鳴り響いた。

まあ、興味関心があるからキャッチするということもあるのだろうが、今回もこれを書い

ている時その日が、国と熊本がその非を認めた日であるというのは、スゴイなー。と思う。