人間万事塞翁の馬 塞翁が馬ともいう

 

「マチコとユキエ」

 マチコとユキエは幼馴染だった。

新興住宅に引越してきてすぐ、母親同士が仲良くなり、3歳で同い年だった二人は

まるで双子であるかのように毎日一緒に遊んで育った。

幼稚園から、小、中学校も一緒だった。

 二人の将来の希望は看護婦さんだった。

マチコは、色が白くふっくらしていておっとりとした性格だった。

ユキエは、痩せて神経質で言い出したらきかないタイプだった。

マチコの母親は、ユキコの頑固だが頑張りやの性格を羨ましいと言い、

ユキエの母親は、マチコが細かいことでゴネナイ性格を羨ましく思っていた。

 中学に入った頃から二人の性格は対照的になってきた。

どちらかというと勉強は苦手だが、誰とも仲良くやっていけるマチコは人気があった。

ユキエは、総てに答えが出ないと納得しないタイプで先生やクラスメイトと衝突すること

が多かった。

そして、高校で初めて二人は違う学校に通った。

 

マチコは、看護学校を出て看護婦になった。

ユキエは、医者になった。

 まわりの者は、なにかと二人を比較した。

二人がどう感じていたか分からないが、優劣を付けたがった。

ユキエが医者になるとユキエの方が優秀だ、医者になって出世したと言った。

 しかし、マチコは勤めていた病院の跡取り息子に見初められ結婚することになると

今度は、女は普通に結婚して家庭に入るのが一番で、ユキエのように男勝りでは女の幸せ

は掴めないと言った。

最初に良いと思ったことが必ずしも良くなるとは限らない、

人間万事塞翁の馬だと言う者がいた。

ユキエは、僻地(へきち)の医者になり、結婚せずに一生そこに暮らした。

マチコは、苦労知らずの夫と一緒になり二人の女の子を儲けたが、嫁舅で苦労した。

辛い時、マチコは家庭を持たないユキエを羨ましいと思うこともあった。

ユキエの母親は、結婚もせず僻地に暮らす娘を心配しながら死んだ。

 

時が流れ、ユキエが死んだ。

亡骸は、地元に帰って荼毘にふされた。

地元の人は分からなかったが、葬式は長蛇の列となった。

そこに集まったのは、ユキエに助けられ、心からの感謝と冥福を祈る人々だった。

ユキエの母親が心配していた娘の孤独は、そこにはなかった。

 

人間万事塞翁(にんげんばんじさいおう)の馬(滋南子)

塞(さい)の国に一老翁(ろうおう)あり

その馬走りて 湖にかくる

翁(おう)笑いて 曰(いわ)く

「人生百事早断(じんせいひゃくじそうだん)を許さず」と

やがて良馬(りょうば)を伴(ともな)いて走りし馬かえる

翁笑いて曰(い)う 前の如(ごと)し

翁の子 馬を好む

乗りて 落ちて 足を挫(くじ)く

翁悲しまず曰(い)う 前の如し

偶々(たまたま)塞(さい)と胡(こ)と戦う

塞の青年 皆これに行きて死す

独りその子は不具(ふぐ)の故(ゆえ)に残る

老人笑いて曰う 前の如し

 

みだりに喜び みだりに悲しむなかれ

寸前も人間は予知すべからず

人間万事塞翁の馬なり

 

何が良いことで何が悪いことか分からないと翁(おきな)は言う。

馬がいなくなっても、やってきても、息子の足が折れてビッコになっても、

何が幸運で何が不運であるか、

総てのことは早合点してはならない断定してはならないと…。

何かというと目先のことで優劣を付け、良し悪しの評価をしたがる人間。

一時の形に惑わされるな。目の前にあることだけを見て右往左往するな。

人間の浅はかな評価に振り回されるな。

「人生百事早断を許さず」

評価も見返りも求めない自分の生き方が出来れば、それでいい。

そう、自分の思いを貫き通したとき、そこに答えがある。