おまじない

 

「イタイノ、イタイノ、飛んでいけー、お山の向こうに、飛んでいけー」

小さな子供が転んだり、何処かにぶつかって泣いた時にこの“おまじない”をすると、

泣き止む。

手当てというが、手を当てだけで痛みが和らぐ気がする。

 

 60歳位の女性が1歳に満たない男の子を抱き、30歳位の母親と3歳位の女の子が

店に来た。

 3歳位の女の子が、一人で店の商品を手にしていた。

祖母と思われる女性は、男の子を抱いているが表情がない。

母親は、何処に行ったのか姿が見えない。

 

 女の子が壊れ物を持った。

「あー、これはねぇ。お店のヤツだから置いておこうね。

こっちのオモチャであそぼぅ」と、店の貸し出し用のオモチャを出した。

 すると、「シュルシュルシュル」と女の子が息を吸いながら唇を舐めだした。

顔を見ると目がウツロだ。

 オモチャを動かしてみせたが、反応がない。

とっさに「メダカを見に行こうか!?」とその子に言って、

「あのぉー、この子をメダカを見せに連れてっていいですかぁー」と言った。

でも、近くに居た祖母は返事をしない。そして、母親の姿は見えない。

「メダカ見せてくるよ」と店の者に言って、女の子の手を引いて表に出た。

小さな柔らかな強く握ったら壊れそうな手が、私の手の中にあった。

 

玄関横に置いてある甕(かめ)には白めだか、黒めだか、青めだか、姫(ひ)めだか

そして、トラブチ模様のめだかが居る。

「ほらほら、見てごらんよ。白いのがいるでしょ」

「あー、赤いのが来たよ、あっちはとら模様だね」

最初は硬かった女の子の身体が柔らかくなって、私の膝の上に乗った。

「こっちの入れ物には赤ちゃんがいるんだよ」

「アカチャンがぁ」女の子は、初めて声を出した。

「赤ちゃん、小さいね」

「チイサイね」

 

「ネコも見る?」

「うん」

 店の後に住んでいた猫の所に行く。

「アソコの台の下で寝てるよ」

「ネテル?」

「ネコ居た?」

「ネコ、イタ」

「もっと近くに行く?」

「コワイ」

「そーかぁ、じゃココで見てよう」

 

膝に乗せて一緒に猫を見ていると、無表情だった女の子の顔が変わった。

「イッパイ“めだか”いたね。ママにも教えてあげようよ」と言いながら店に戻った。

その時、店の入り口で仕事をしていた娘は、その子の感じが違う子のように変わって

いたという。

「最初に見た時は、やばかったよね」と言った。

 店に入ると「めだか!めだか!」と、その子は母親に言った。

母親はその子を無視。祖母も無表情。

すると、その子の表情が急になくなり唇をすすりだした。

「めだか見てきたんだよねぇ」とそこに分け入る。

「えっ?」と母親。

「ネッ、めだか、見てきたんだよねぇ。それを、ママに話したいんだって」

「めだか、見てきたの?」と母親。

「うん」と嬉しそうな娘。

「子供って可愛いですよねぇ」

「ええ」

「でも、もっと可愛くする“おまじない”教える?」

「はぁ」

「ちょっと、変なこと言うけど、この子緊張したりすると唇を舐めながらすするクセが

あるよね」

「そうですか?」

「気にしないで聞いてくれる?この子、弟ちゃんが出来て淋しいんじゃないかなぁ。

アタシも妹が出来た時、物凄く辛かったの覚えてるのよ。

アタシは4つ半離れてるから記憶に残ってるんだと思うんだけど、この子も淋しいん

じゃないかって、お節介ばあさんは思うわけよ。

でも、いいお知らせがあるでしょ。

この子、淋しかったり緊張すると唇をすするんだと思うの。

言葉で伝えられないから身体で示してるんだね。

『さみしいよー、つらいよー』って唇をすする。それがお知らせ。

でも、それを見た時に、絶対にそのことを言わないでね。

いい?それを言ったり押さえたりすると違うことを始めちゃうからね」

「どういうことをですか?」

「髪の毛をむしるとか、まつ毛を抜くとか、自分の手をつねるとか何でもありよ」

「怖いですね」

「そう、怖いってことを知っていて欲しいの。

でも、今から“おまじない”を教えるから大丈夫。

変なこと言っちゃったけど、もう、心配しないで“おまじない”だけやればいいの」

「それって、なんですか?」母親の気持ちを感じた。

「日中でも、夜寝る前でも時間が明いた時に、この子をギューと抱いて

『あー、可愛い、可愛いー』ってやるの。それだけ。やって“あげる”んじゃなくて

あなたの気持ちでやるの。分かる?」

「ええ」

「子育てって大変だよねぇ。アタシなんかもう子供の教育は終わったけど、今度は自分の

教育って感じかな。

分かった風なこと言ってるけど、ゼンゼン思う通りになんか、何も出来ていないのよ」

娘に聞こえないようにヒソヒソ声で話していたが、その間中祖母は一言も話さず、目は

空中にあった。

 何処の家庭にも事情がある。

それを背負ってみんな生きているんだと思う。

 お母さんと女の子が笑顔で帰ったのが嬉しかった。

よし、私も頑張るぞー。と思った。