オニババ

 

50年振りだという大きな台風が上陸していた朝

最近ずっと気持ちがいき違っている夫と 些細なことから喧嘩になり

夫が怒鳴った

「この、オニババ!俺はこの家に居場所がない、安らぐ場所がない!」

オニババという言葉より

居場所がない 安らぐ場所がない という言葉にショックを受けた

週末になると東京に出掛ける夫

以前は海外に出掛け何日も留守にしてきた夫

よく許しているね という言葉を聞いてきたが

私は亭主達者で留守がいいの典型的女房

何かに失礼なことさえしなければ 何をしてもその人の自由と思う

逆に一人で居ることが楽しい私は 夫のいない時間を謳歌してきた

自分に亭主はいない、自分の力で生きて行く

夫が思う通りにならない時、夫が助けにならない時

そう思って生きてきた

それは何時か夫を無視する生活になり

夫が居るだけで 私の時間は窮屈になっていた

夫は夫で自由にしたらいいと思っていたが 夫は居場所がなくなっていたのか

 

喧嘩の最中 母から電話

「帯状疱疹が出来た 病院に連れていってくれるか」

外に出ると大した雨ではなかったが 強い風が全身を押し 私の髪を逆立てた

母を病院に送ったその足で 義母の病院に行った

愚痴一つこぼさず 人の悪口も噂話もしたことのない義母

老人ホームから病院へ移った義母は 修行僧のように寡黙だ

義母の好きな甘いものを手に病室に入ると 笑顔の義母が居た

手を握ると涙が出そうになった

私はあなたの息子にオニババと言われました

あなたの息子は私と居て 安らぎがないそうです

 

真の勝利者になりたくて生きてきた

それは 平和と満足の気持ちで生きること

それは 自分だけではできないことだった

 

西光寺に行った

ビュービュー 風が吹いていた

入り口に貼られた紙の画鋲が外れ

一つだけになった画鋲に紙が身悶えしていた

風に押されながら 落ちた画鋲を探した

2つ見つかったが もう一つが見つからない

画鋲で押さえようとしたが 大風にすぐにでも吹き飛ばされそうな紙

一つ残った画鋲を外し 紙を下ろした

そこには

 

よく 自分に問うてください

一度きりの人生を

どのように生きていくかを

 

とあった

堪えていた涙が溢れ出し 嗚咽となった

紙の裏にも同じ言葉が書かれていた

 

本堂は戸が立てられていた

お住職の顔を一目 見たかった

ただただ 見たかった

お住職さんの家の呼び鈴を鳴らした

奥さんが現れ

「住職は今ちょっと出かけまして すぐに戻りますから」と言った瞬間

(あー そういうことか)と思った

自分で考えて 自分の行いで 道を拓く

悩むより 語るより 行う

今 そう気がついたということは お住職に甘える必要はない

紙と画鋲を 奥さんに差し出すと

「拾ってくださったのね」という優しい声に 堪えていた涙が

「ちょっと待ちませんか」という奥さんに

「ありがとうございます 私なりに答えが出ました」と頭を下げ

本堂に戻り 手を合わせた

暫く手を合わせながら お住職が戻らないかなと心の隅に期待があった

だから お住職に会えなかった 良かった

門を出て車に乗ろうとする私を 奥さんが追ってきて

「これ 私もまだ読んでいないんですけど」と小さな本を呉れた

 

家に戻ったが 仕事に戻る気持ちになれない

“今、いのちが あなたを 生きている”というその本を読んだ 一気に読んだ

西光寺の本堂で見た

 

だいじょうぶ 生きていける

 

という言葉が見えた

 

それから 何だか 元気

夫も調子がいい

 

その話をしたら

次女が「西光寺の張り紙が新しくなってたよ」という

「何てあった?」

「今度 写してくる」

と言って写メールで送られてきた 黒々とした墨の文字

 

善人になるより

悪人と気づくのは

難しい

 

どうする どうする

いまのまんまで いいのかね

どうする どうする