オタマヶ池

 

 一月半程前の話だ。

塚石が「ウチの庭に蛙が住み始めちゃって、その声がスゴクてうるさくてどうしようも

ないもんだから捕まえたんだけど、殺すのはイヤだから畑の向こうにある山に捨ててき

ちゃった」と言っていた。

それが、

「あの蛙、水の入ったバケツの中に卵産んでたみたいなの」と言ってきた頃には、

その卵からおたまじゃくしが産まれ始めていた。

「私、バチが当たるかもしれない」と塚石は言った。

「何で?」

「だって山の近くの人の迷惑は関係なしで蛙は他所に捨ててきて、今度は

おたまじゃくしを親メダカのトコに入れてみたんだけど、喜んでパクパク食べるんだよ」

「へー、メダカっておたまじゃくし食べるんだぁ」

「そうなんだね。自分の子供だって食べちゃうくらいだから小さくて動くものは何でも

食べるじゃない。

でも、ちょっと大きくなると食べられなくなるんだわ、だから、少し大きくなった

おたまじゃくしはまた何処かに捨ててこないとウチの狭い庭蛙だらけになっちゃう」

「えー、おたまじゃくし欲しい」

「だったら持ってきてあげるよ」ということになった。

 

 メダカは肉食系で踊り食いが好物だ。

だから溜まり水に蚊の幼虫であるボウフラが湧くと、用意してあるアク取り網ですくって

メダカに与える。すると大喜びで取り合いして食べる。

 以前は、ボウフラを割り箸でつまんであげていたが、その頃は割り箸を水に入れた

だけで喜んで集まってくるようになっていた。

 生きていなくても殺したコバエを水に落とすと喜んで食べるが、まさかおたまじゃくし

まで食べるとは思っていなかった。

 

 おたまじゃくしは、小さなプラスチックの容器に入ってやってきた。

しかし、どの入れ物で飼おうかなと思っているうちに全部死んでしまった。

 残念だ。と思っていたら、メダカ広場に並ぶ容器の一つである丸い蛍光灯のカバーの中

におたまじゃくしが居るのを発見。

直径60センチの蛍光灯カバーは、水を作るタメと他の容器からすくったノロを入れて

使っていたが、メダカの卵も入れていたので小さなメダカの子が泳いでいた。

 その緑のノロの中に沢山のおたまじゃくしが泳いでいるのを発見した。

考えてみれば、メダカ広場には何匹かの青蛙が住み着いている。

塚石の家の庭で、ンゲゲゲ!ゲガガガ!と強烈な声で鳴いて捨てに行ったという蛙と

同じで、同じ時期に鳴いていたから、同じ頃に求愛をして卵を産んでいたのだろう。

なーんだ、そんなに欲しがらなくても自分の所にもおたまじゃくしは居たのか。

 

最初、おたまじゃくしが育つのを観察できることを楽しみに思いながら、メダカの子を

食べてしまうのでないかと心配したが、それは大丈夫で、蛍光灯の白い入れ物は、弁天

『オタマヶ池』と命名した。

おたまじゃくしは、最初小豆粒(あずきつぶ)より小さかったが、どんどん大きく

なっていき1ヶ月もすると身体の部分だけで私の親指の頭より大きくなった。

 黒く膨らんだその姿は、本当にお前の子供なのか?と青蛙を疑うくらい、その周りを

ウロウロしている青蛙より大きくなった。

 2週間くらい前、後ろ足が出てきた。

その頃になるとおたまじゃくしは丸い形ではなくいびつというか蛙のように頭が尖って

きた。

 前足が出ると更にその傾向は進む。

そして、ある日突然、真っ黒いドロリとしたおたまじゃくしが黄緑色に変わった。

ヒェーである。

短くなってきたシッポだけが薄茶色く、蛙に濡れた枯葉が付いているみたいだ。

先週の台風の夜、水槽の水やメダカがどうなっているか見に行った。

すると、シッポを付けた青蛙が、白い“オタマヶ池”から出て雨に濡れた木の上を歩い

ているのを見つけた。

その姿は這い回っているようだが、一応ピョンと後ろ足で飛び上がって前進していた。

おたまじゃくしは大人の青蛙より大きくなる。

 だからそのおたまじゃくしが、青蛙になった時は親より大きい感じだ。

それが、水から出て動き回るようのなるとスッキリと小さくなる。

 重さもおたまじゃくしを手に乗せるとズッシリ、ブルブリという感じだが、水から

出た蛙になるとヒョンヒョンという感じになる。

 シッポは水から出ても付いていて、引っ張りはしないが、身体の一部で引っ張ったら

痛そうだ。

何十匹も居た小さなおたまじゃくしは、大きくなるに連れてその数が減って蛙になる頃

には、十数匹になっていた。

 現在、蛙になって出て行ったのは十匹弱で、十匹弱が足の出たものもいれば、どういう

訳か小さなままで出ていないのもいて、大きくなってきたメダカと一緒に居る。

 おたまじゃくしは、ウンコが太く何時もお尻にぶら下げているので足が出たのかと

勘違いしてしまうのだが、水が出来上がって透き通ってきた“オタマヶ池”の底には

5センチ位、青ノロというか藻と同じ色をしたおたまじゃくしのウンコが沈んでいる。

 2尺(約60センチ)程のオタマヶ池には切り株が置いてある。

おたまじゃくしが蛙になってきた時登って休むためだ。

 小さな枯葉が浮き、緑と清んだ水のコントラストに秋の青空が映っている。

今日は風がサワヤカで、水面を眺めていると山奥の古池に来ているような気持ちになる。

 山小屋の下に見える田んぼ。

今年は不作かもしれないと聞いたが、黄色くなって穂が垂れ始めた。

 セミの声が聞こえる。