落ち着きない子

 

 店に来た男の人が、レジの店員に話し掛けている。

「お店新しくなったんですね、始めて来ましたよ」

「ええ、9月で一年になるんですよ」

「いやぁー、大きくなって見やすくなりましたねぇ―」

「ええ、ありがとうございます」

 朝の品出しで忙しそうな店員の声はちょっとそっけない。

 

 しばらくウロウロしていたその男性は私の所へ来た。

「お店新しくなったんですね」

「はい」

「見やすくなりましたね」

「そうですか、ありがとうございます、ここ初めてなんですか?」

「はい、前の所は行ったことあるんですが、こっちは新しくなってから初めてです。

でも、僕は、初めてですけど家内と娘たちは何度も来てるんですよ」

「それはありがとうございます」

「ついこの間も来て、この子が『落ち着きがない』って怒られたんだそうです」

「えー、そんなこと言ったんですか?

っていっても、どんなこと言うの、私しかいないから私が言ったんでしょうね。

何でそんなこと言ったかなぁ?」

と、彼の傍に立つ女の子を見たが、覚えがない。

「お姉ちゃん、幾つ?」

「10歳」

「何年生?

「5年生」

「ふーん、じゃあ、今、大きくなったら何になりたいと思ってる?

何でそんなこと聞くかっていうとね。小学4,5年生10歳の時になりたいと思ったもの

になる確率が一番高いんだって。

何故かっていうと、現実とか社会が見えてきて、それなのに夢や希望も忘れていないその

バランスが丁度ピッタリの時期なんだってよ」

「ほぉー」と父親が言った。

「ねぇ、何になりたいと思う?」と重ねて聞いたが

娘は照れたような顔をしている。

「ほら、言ってみなよ」

と父は娘に言ったが、やっぱり答えず

「この子はね、農業関係の仕事がしたいって言うんですよ」

「へぇー」

「叔父にあたる人が畜産の会社を始めるっていうんですが、後継ぎがいないから、お前

養子になったら即会社社長になれるぞ」と言う父親に、父親似の丸顔の娘がニコニコ

している。

 

「ゆっくり見て行ってね」と、二人の傍を離れて新しく出てきた商品を並べ始めた。

 商品を飾るのはチョー楽しい。

雰囲気が合う物をダンスを踊っているみたいに軽やかに組み合わせたり、集合写真の

ようにみんなの顔が見えるように並べて行く。

 平らな物は胸から下へ、横顔のキレイな物は目線に、箱に入れたり斜めにしたり、

色を揃えていったり、テーマを決めてそこにドラマを作る。

 無心夢心になっていく、その時(あー!)と出て来る何かがある。

不思議なんだな。

 考えても出ないことが、集中して忘れた時に出てくるんだな。

 

 あー!

そうだ!彼の傍に居る女の子は、この間ママとお姉ちゃんと3人で来た子だ。

「そうだよ!

あなた、この間ママとお姉ちゃんと来た子だよ」と女の子に言った。

 分かったよ。と、父親にも言おうとしたが、姿が見えない。

「ねぇ、この間ママとお姉ちゃんと来てた子だよね」

「うん」と頷いたその子は、前に見た時と全く違って見えた。

「あー、あの時はあんた何だかトゲとげしてて乱暴な感じだったんだよ。

でも、どうしたのかな、今日のあんたは柔らかくて落ち着いた感じ」

 そうハッキリ言っても女の子はニコニコしている。

「いいねぇ、グッ」と私は親指を立ててみせた。

 

「ねぇねぇ、お父さん。思い出したよ」と父親を見つけて言う。

父親はニコニコしている。(いいねぇ、ニコニコ)

「そうそう、この間来た時は落ち着かなくて品物は触るし、落とすし、ウチで貸してる

オモチャ使うのも乱暴で、注意したんだよね」と女の子を振り返ると、女の子が頷いた。

「あのね、怒ってなんかいなかったからね、注意しただけだからね。

でもって、あの時の注意はこの子にしたんじゃないよ。ママとお姉ちゃんにしたんだよ。

この子が落ち着きがなかったのは、あの二人がケッタク(結託)してグルになって顔を

見合わせたりクスクス笑いをしたりしてこの子を仲間はずれにしてたからなんですよ」と、

後半は父親に話す。

「そうなんですよ。何時もこの子は二人から仲間に入れてもらえないんです」と、父。

「ですよねー。落ち着きがないのは、自分の居場所がないっていうか、居心地が悪いから

それに陰険にこの子をバカにするから、『これじゃ嫌だよー!』っていうメッセージで

オモチャを乱暴に投げたりしてるな、って感じだったんですよ」

「何時もそうなんです。だから、僕は家が心配で、帰ると『今日はいじめられなかった?』

ってこの子に聞くんですよ」

「そ−れは、ダメだね」

「ダメですか?」

「うん、だって被害者意識を植え付けちゃうでしょ」

「あー、そうかぁ」

「でしょ?

この子に必要なのは、一人の人間としての自信と尊厳に気が付くことだね」

「難しいですね」

「難しくないよぉ。

ねぇ、それを教えてあげるね」と、女の子の顔を見る。

「お姉ちゃんとはインケン(陰険)な喧嘩をするでしょ」

「うん」

「先ず、それをやめな。失礼なことを言ったり言われたり、人の嫌がることを言ったり

やったり。

 だって、お姉ちゃんがやるんだもん。なんて言い訳はなし。

人はどうでもいい。自分がどうするか。だね。」

 うん、と頷く。

「お姉ちゃんは年上かもしれないけど、まだそこに行きついていないんだな。

8歳であなたが生まれて淋しい不安な気持ちを引きずってるような気がする。

それで、お母さんを一人占めしたいんじゃないかな。

 でも、そんなことはどうでもいい。

あなたは、もう足を洗っちゃな。

 どうするかっていうと。失礼なことを言わない。やらない。

戦うのは自分なんだよ。自分の中の悪意が一番の敵だからね。

お姉ちゃんとなんかと戦ってたら本当の敵と戦えないよ。分かる?」

うん、と頷く。

「人をやっつけたい。と思うのは弱い心。腹が立っても、ムカついても仕返ししようと

する弱い自分と戦うんだ。

どこまで頑張るか自分を見守ってやりな」

うん。

「で、伝家の宝刀を教えてやる」

「デンカノホウトウ、って?」

「切り札、ちゅっても分かんねえかな。

んー、かめはめは!みたいなもん」

「ふーん」

「あなたがいくら我慢しても、頑張っていても、お姉ちゃんが嫌がらせをしてきて、

どうしても我慢できなくなったら、一言だけ言うんだ。

『お姉ちゃん、今、今の自分が恥ずかしくない?』って。

そしたら、その後は何も言わない。

沈黙、だんまりが言葉の中で一番強いんだぞ」

うん。

「でも、ちゃんと自分と戦っていないと、その言葉も威力を表わさないからね」

 うん。

 

 ニコニコ、父と娘が帰って行った。

 

 

思い出した、年頃のせいだけでない容姿やスタイルを気にしていた痩せすぎで

化粧した長女は、母親の傍から離れないで居た。

 母親は、長女に気を使いながら友達みたいに話を合わせていた。

母と長女はオシャレで美形の部類。

 二女は父親似のボクトツとした、まぁハッキリ言ったら垢ぬけない感じ。

農業関係をやりたいと父親に話す彼女は、どんな想いがあって生きてきたのか。

 そして、ここから、どう生きていくのか。

 

 

 家族みんなに、幸あれ。