リベンジ

 ある人に、何故かとても嫌われたことがあった。

挨拶しても挨拶は返ってこない、みんなに配られるべき文書が私にだけ配られない。

土産の菓子が配られるのだが、彼女が配ると私の机にだけは乗っていない。

公な時は別だが、私的な食事会には誘われない。

 

 最初は気が付かなかったが、私があまりに鈍感だったためか、その行為はエスカレート

し、挨拶した時周りに人が居るとニコヤカに挨拶を返すが、周りに人が居ないと返事を

しないばかりか「フン!」とそっぽを向くようになった。

 菓子が私の机にだけ配られないことは、隣の席の人が気付いた。

「ここだけお菓子、ないよ」とその人が言うと

「この人は辛口だっていうから、甘いものはあげなくていいのよ」と彼女は言った。

急な会議が入り、集まるようにという達しがあったが、私は分からず会議に遅れた。

その時の知らせは、彼女が回っていた。

 

当時は私も独身で、合コンなどという言葉はなかったが食事やボーリング、卓球に

グループで誘い誘われるのが流行っていた。

 彼女の兄が野球のOBであるため男達と親しく、誘いの電話は彼女に掛かってきた。

それを彼女は、私にだけ伝えなかった。

 ある時、「〜さんて、お高いんだなぁ」とある男性に言われた。

「何が?」と言うと

「みんなでいくら誘っても一度も出てこないじゃないか」と彼は言った。

「誘われたこと、ないよ」と言うと、彼女に私も誘ってくれるように何度も頼んだという。

彼女の信用はがた落ちした。

 

やらなきゃよかったのだが、野球のマネージャーを彼女とやったことがあった。

彼女の兄が幅を利かせる野球倶楽部。そこからの連絡は、彼女から伝えられた。

 野球の大会があった。

「何時に行けばいいのか、何を用意していけばいいか?」と彼女に聞いた。

彼女は「9時に、何も持たないで来て」と言った。

 私は(やーりー)と思った。

思ったよりゆっくりだし、何か準備するのも面倒臭いと思っていたのだ。

「本当に何も持たないで来てね」と彼女は言った。

「冷たい物くらいは」と言ったが、大会と倶楽部の方で用意されるから大丈夫だという。

 当日、9時に競技場に行くと既に試合は始まっていた。

集合時間は、8時だった。

第一試合が終わって選手達が戻ってくると、彼女は自分が持ってきた飲み物やレモンに

ハチミツをかけたもの、冷たいお絞りなどを嬉々として配っていた。

 私は、人のフンドシで相撲をとるようで、彼女が用意したものを配ることが出来なかっ

た。

 何もやることがない私は、身の置き場がなかった。

針のムシロに座るような大会が終了すると、これから反省会に行こうと誘ってきた。

熱心に誘われたが、行く気にはなれなかった。

用事があるからと断り帰ろうとすると、みんなが貰った参加賞品の靴下をくれた。

貰うわけにはいかないと断ったのだが、無理やり持たされ会場を後にした。

 まだ明るい道路を自慢の車を走らせたが、どうにもこうにも腹に据えかねる。

いきつけのガソリンスタンドに行き、車を洗うことにした。

スタンドの横にあるコンクリートの流しで、ホースで水をはじき、車を洗い出すと、

スタンドの兄ちゃんが寄ってきた。

「一緒にあらってやっか?!」

「いや、いい!」

「何で?」

「今、むかついてんだ」

「じゃ、尚更手伝ってやっぺよ」と彼はホースを持ち車を洗い出した。

「おー、抜け駆けはズルイべ」と別の兄ちゃんも来た。

口も利かず、車を洗い、丁寧にワックスが掛け終わる頃には気持ちが清々していた。

気分の良くなった私は、貰った靴下12足を全部二人にやった。

暗くなってきた横の喫煙所で3人でタバコをふかし、礼を言って、家路についた。

 

 彼女に仕返しをしたことは、一度もない。

菓子を配らないこともしなければ、彼女だけ誘わないこともしない。

文書を渡さないこともしない。

ウソの時間を言うことも、自分だけで出し抜いて、いいカッコすることもしない。

挨拶をしないことも、返事をしないことも一度もしなかった。

 そんな自分が大好きだ。

          仕返しをしないことが、私の最大のリベンジ。