サンタクルース(ムカドン)

 

「お母ちゃんが子供の頃ちゃあ、今みってにクリスマスなんてのは、なかったんだぞ」

「そりゃそうだっぺな、アメリカと戦争してたんだもんな」と勇蔵は言った。

「んだが、戦争が終わって間もなくの頃だったな、おじいさんが外人のキリスト教の家さ

庭の草刈りに行ってたごどがあんだぁ」

「へー、あっ、そうか日本が負けたからアメリカ人がこっちさ来たんだな」

「そこでな、おじいさん、サンタクルースって呼ばれてたんだぞ」

「何でまた」

「おじいさんちゃ、ヒゲを長く伸ばしてたっぺよ」

「あー、そうだそうだ。

そうだわな、あれはサンタクロースだって言われてもおかしくないよな」

「んでも、お母ちゃんらその頃、サンタクロースなんて分かんねえべ。

父ちゃんが『俺、あそこの家さ行くとサンタクルースってよばれてんだ』って言うのを

聞いて、サンタクルースちゃ、何だっぺえと思ってたんだ」

「んだが、俺なんかよりおじいさんの方がホンモノの英語だったんだなぁ」

「何だか、分がんねぇげど」

 勇蔵の母キヌは、デザートのことをレザートと言うのも、その頃に覚えた言葉である

からかもしれないと勇蔵は思う。

 

「何でおじいさんは、そこの家の草刈りなんぞに行ったんだ?」

「あの辺の町会長だか何だかが、その家の管理を頼まれたんだな。

そんでもって信用出来る人でねえとダメだっつうことで、おじいさんのとこさ話が来た

みてえなんだわ。

昔ちゃ、テレビはねえし、ラジオだっていくつも番組ねえから夜になるっちど色んな話、

すんだぁ。

おじいさんちゃ、ナカナカ話がうまくて面白くて、そうすっと囲炉裏かこんでみんな

腹抱えて笑って聞くのな」

「へー、どんな話したんだ」

「そうだな、そこの家さ行くっちどお茶の時間に黄色い水だの赤い水、青い水なんかが

出るんだつうんだ。

 甘い水でぇ、そんで、青い水はハッカみてえにスースーしてうまいんだなんて言うのを

聞いて、オレも飲んでみてえなぁって、みんな生唾飲むんだ」

「そんで、そんで」

「おじいさん、信用されて頼まれて行くんだからなんて一張羅なんだげどイシケー背広

着てそごさ行くんだ、そこに子供が居たんだと」

「へー」

「その子供らが、おじいさんが行くっちど、サンタクルース、サンタクルースって喜んだ

 んだと」

「サンタクルースの方がサンタクロースよりカッコイイな」

「ほれ、日本さ来てヨソにはあんまり出ねえから、おじいさんが行くっちど嬉しかった

んだっぺな。

 おじいさん、仕事すっときは背広脱いでやってっと、子供らがその背広着たくらいに

しておじいさんの傍から離れねえんだと。

子供ちゃあ、何処の子供も同じだって父ちゃんは言ってだなぁ。

そんで、メンタマ覗くと青―い目玉してんだけど、真ん中の瞳んとこは黒くても青くて

も同じなんだなっつうんだ」

 

 おじいさんは終戦前から

『戦争はバカのすることだ、それに日本は負ける。負けなければオサマリが付かない。

大体があんな大きな国で日本より進んだ国に喧嘩を吹っかけるのがバカだ』と陰で

言っていたらしい。

 本宅の庭に集まり、ラジオからジージー流れる天皇の声で敗戦の知らせを聞いた時も

皆が泣いている中に一人で横を向いてホッとした顔をしていたとキヌは言う。

「そんで、お母ちゃんはそのラジオ聞いてどうしたんだ?」

「だって、みんなが泣いてんだもの、何だか分かんねえけど一緒に泣いだっぺよ」

「お母ちゃんも泣いたんだぁ」

「何だかな、勇蔵よ、おめえ今だからお母ちゃんのことバカにして笑うけど、12歳で

そういう時つうのは、何が何だか分かんねえでロクでもねえことやっちまうんだぞ。

なーにが偉そうに、今の人間だって食うに困って世の中が平和じゃなくなったら

何やらかすか分がんねがらな。

いーや、いがでか昔の人より酷いごどすっと思うな。

それより根性ねえから、生き延びられねえで死んじまうな」とキヌは言った。

 

勇蔵はおじいさんから

「人間はみんな同じなんだ。そこに違いがあるとしたら、一所懸命生きてるか

 たーだ、生きてるかの違いだげだ」と言われてきた。

 

「そんで、草刈りの話はどうなったんだよ」

「あー、そんでおじいさんがお茶の時間になったりすっと、その子供らがおじいさんの

膝に座って取り合いしたりすんだと」

「可愛いな、幾つなんだその子供ら」

「まーだ、学校に入ねえくらいの三つと五つくらいって言ってだかなぁ。

 ところが、仕事してっときも母親がダメだって言ってたらしいんだげど、お茶ん時も

 おじいさんから離れねえもんで『やっぱり、アメリカつうのは進んだ国だがら教育

だの躾だのがちゃんとしてんだな』っておじいさんは言うんだげど、

その子供ら、グイラ引っ立てられてな『なんでいうこときかないんだ』つわれてんだと

思うんだげど。

ズボンもパンツも下ろされて、ピッタンピッタン尻叩がれてんだと」

「可愛そうだな」勇蔵は自分が子供の頃によく尻を叩かれたことを思い出した。

 

「あとはどんな話があったんだ?」

「そうだな、やっぱしこちとらの家とも暮らし方も違くてな、家の前はずーっとガラス

戸になってんだげど、その表っかわには網戸が張ってあって虫なんか入んねえように

なってんだと」

「網戸が入ってたんだ」

「違ぁよ、網戸でなくて網が張られてたんだよ。

それに肉の塊があったんだげど生でもなげれば、焼いてもいねえってゆうんだがら、

今、考えればそれはハムだな」

なーんて話を聞いて思い出した。

 

 勇蔵の祖父は、昔はどうか分からないが勇蔵が見た頃は真っ白くなったヒゲを胸元まで

長く伸ばしていた。

 若い頃から伸ばしていたらしいが、直接祖父からではなかったが、何故伸ばし始めたか

を聞いたことがあった。

 鰐淵という人が居た。

その人はオンコクミのワニブッチャンと呼ばれていた。

 彼は、政治犯罪者ということで刑務所に入り、噂では死刑宣告をされていたという。

それが、何だかで恩赦になって務所から出た。

 おじいさんはその人と知り合いになって、その人とエラク気が合い、自分の人生の師と

仰いでその人の所に通い話しをしたりイロイロ教えを乞うたらしい。

 そのワニブッチャンが、ヒゲを伸ばしていたのだという。

それから、おじいさんがヒゲを伸ばしたのだ。

 

 何故、その人がオンコクミと呼ばれていたかというと、彼は社会に復帰し頭も良く人徳

もある人で仕事に困ることはなかったらしい。

 しかし、普通は一度刑務所に入ると前科モノとなり働く所はなくなる。

鰐淵は、そういう人の働く、働ける仕事を考えたのだ。

「人間は人の嫌がるやりたくないことをするのが、人の役に立つということだ」

彼は、大八車に肥桶を乗せ町場の糞尿集めをする仕事を始めた。

昔は、バキュームカーを衛生車なんぞと言ったが、その前はオンコクミと言った。

車なんぞない時代で桶に糞尿を入れ田んぼ畑に運んだ。

 キヌは、「畑だけでなくて、田んぼにも入れたんだぞ」と言う。

 

町で肥を汲むと礼が貰える。

その肥を百姓の所に持って行くと、これまた礼が貰える。

 それは、野菜や米などの現物だったりしたらしい。

そのいずれからも喜ばれ、自分も誇りを持って働くことが出来る。

 大変な仕事だが、世の中のタメにも、自分のタメにもなる仕事だった。

鰐淵も一緒になって働いた。

 

 白いヒゲの鰐淵は、日本のサンタクルースだと勇蔵は思う。

おじいさんもサンタクルースだったと思っている。

 そして、

あー、自分もサンタクルースになりてーと、勇蔵は思う。