千里眼

この話は私の記憶で書いているところが多いので、間違っている所があるかもしれない。

 

御船千鶴子という女性が、明治19年熊本に生まれた。

彼女は、幼いころから変わった子供であったらしい。

知り合いの叔母が、亡くなった時間に千鶴子の所に来たと言ったり、友達の家に遊びに

行って友達も知らないオヤツの在り処を言い当てたりする。

彼女は明治41年23歳で結婚するが、3週間目に夫が出征し、その数ヶ月後に離縁

されて実家に戻っている。

 何故、離縁されたか、その真実は定かでないが、裕福な家であった婚家で6円だったか

当時の大金がなくなったという騒ぎが起きた時、千鶴子はその有りかを仏壇の引き出しに

あると言い当てる。

 それは、義母が反物を買うのに義父の財布から出して忘れていたものだったらしい。

千鶴子は気持ちの悪い嫁だということで、夫の居ない家から実家に帰される。

当時は離縁されて実家に戻されるなどということは、出戻りと呼ばれ世間体の悪い

ことだった。

 千鶴子は戻った実家の漢方医の手伝いをすることになった。

千鶴子は親身になって患者の話を聞き、手を当てたり患部に手をかざしたが、千鶴子に

診てもらったり手当てをしてもらうと病気が治ると評判になり繁盛した。

千鶴子の姉の夫、中学校教師の清原竹男が、そんな千鶴子に催眠術の実験をする。

当時はオカルトブームで催眠術が流行していた。

そんな時、都会から来た金持ちが海で指輪を無くす。

そして、その指輪を見つけた者には懸賞金が出るということになった。

 千鶴子は海辺に出てその指輪の落ちていた場所を言い当て、何キロも離れた岩場から

指輪が見つけだされる。

頼まれて福岡炭鉱も見つけ、千鶴子は現在の金にして2千万円という法外な礼金を

貰うことになる。

義兄は、自分が千鶴子に催眠術で才能を開花させたとして礼金の半分を要求し、父も

権利を主張し金の争いが始まる。

千鶴子の能力は噂となり、その噂を聞きつけたのが、東京大学の教授だった福来友吉

(ふくらいともきち)だった。福来は、東京から御船千鶴子の元へやってくる。

 

福来友吉、明治2(1869)飛騨に生まれる。

東大哲学科卒業の後、同大学院にて変態心理学(催眠心理学)を研究。

念写発見者として世界的に有名な心理学者。

     「超心理学者・福来友吉の生涯」中沢信午著、出版社の大陸書房から86年4月に

出版されたが、92年に自己破産している。

私はその本をずっと探しているが、古本屋にも見つからない。

その当時、超常現象が世を賑わした。

三田光一という人は、月の裏側の念写を行っている。

 

福来は、千鶴子に様々な実験を行い、その的中率の高さに驚いたという。

福来は、千鶴子の能力に傾倒し大學の研究にしていくが、そのことは大學から排除されて

いく道を辿ることになる。

紙に字を書きそれを鉛で包み、茶筒の中に入れ、それを透視するという実験を行う。

それが100パーセント的中するのを目の当たりにした福来は、千鶴子を連れて東京に

出てくる。明治43年8月

 しかし、旅の疲れからか千鶴子は本来の調子が出ない。

手元が見られないように背中を向けた実験が、大学教授(山川博士)などから疑いの

目で見られた。

実験が行われた時、透視がうまく出来ず以前に福来との実験で使ったモノを透視して

しまう。

 それは、その日に用意されていたものでなく、以前に福来との実験で使ったものであっ

た為、書かれた文字が違うという騒ぎになった。

そのことは、最初から福来と千鶴子を疑い、なんとか化けの皮を剥がそうとしていた

学会の者たちにとって思う壺、恰好の攻撃の材料となった。

 繊細な千鶴子は、山川の疑いという黒い重責に透視が出来なくなり、

それでも信頼する福来の期待に答えたかったのだと私は思う。

 

丸亀市に既婚女性で千里眼と呼ばれた長尾邦子(39歳)が居た。

彼女も山川博士によって実験に連れ出されるが、その実験で「出来ません」と言う。

何故なら中に何も入っていないという。

事実、手違いか陰謀かでその箱に念写の甲板は入っておらず空き箱だった。

長尾は怒ってそこを立ち去り、二度と実験に協力することはなかった。

 

その後千鶴子は、明治44年、1月18日、自殺でこの世を去った。26歳だった。

千鶴子は普通の繊細な思いやりのある女性だったという。

 

御船千鶴子の能力は、そのことによって幸せな生涯にならなかったかもしれない。

リングだったか?貞子という女性が出る映画の予告を見たことがあるが、あれは

御船千鶴子の話が元になっていると聞いた覚えがある。

私は、ああいった怖がらせるためのものが好きではない。

失礼な気がして見ていられない。

 超能力があろうがなかろうが、普通の人間であることに変わりはない。

能力にしてもハンデキャップにしてもあろうがなかろうが、もっと大事なことは、その人

の人生に対する姿勢、どう生きようとしているかだと思う。

少し形が、感じ方が違うからといって怖がったり、面白がり、馬鹿にする。

そのことこそが、人として最も恥ずべき行為であると私は思う。

 

以前に宜保愛子という人が、超能力者、霊能力者としてテレビを賑わした時期があった。

私は、あの人に何だか暖かいものを感じ、あの人のテレビを見ると毎回元気が出た。

あの人には畏怖の情と優しさを、私は感じた。

だから、見えないモノに対して失礼なく、その声を聞くことが出来たのではないかと

思っている。

 

 2001年の夏だった。

20代半ばの男性が、私の所へ来た。初めて会う人だった。

そして、どうしてそんな話になったのか、そんな話になったのだ。

「来週、沖縄に社員旅行で行くことになっているんです」と彼は言った。

「夏に暑い所へ行くのもいいものじゃない?」と私は言った。

「でも、仲間が脅かすし、僕怖いんです」と彼は言った。

「何が、怖いの?」

「僕、変なところがあるんです。

以前、夏に、心霊スポットっていわれているKに、今度の旅行も一緒に行く職場の

仲間達と一緒に行ったんです」

「へー、あんまり良くないなあ」

「ええ、僕は気が進まなかったんですけど、酒飲んで皆盛り上がっちゃて、その勢いで

もう止めようがなくて行っちゃたんですよ」

「ふーん」

「あそこは、やっぱりダメですね」

「へー、そうなんだ、あたしは、そういうとこには絶対に行かないことにしてるから

どういう感じなのか分からない」

「あそこは、井戸がダメだって聞いていたんですけど、井戸じゃないですね。

入り口の横の水が溜まっているところだったんですよ」

「何か見えたの?」

「ええ、でも、みんな騒ぎながらそこを通り過ぎて井戸に行ったんです。

そしたら、その晩は月も出てなくて真っ暗で、怖いことで逆に騒ぎが大きくなっちゃって

一人が井戸に大きな石を投げ込んだんです。

そしたら、もう一人がそこにオシッコしちゃったんです」

「げー、ダメだよ。絶対ダメ!」

「僕も必死で止めたんですけど、止めきれなかったんです」

「あー、マズイなー」

「その一週間後に、その仲間たちとバーべキューがあったんですよ。

その二人は来てなかったんですけど、仲間と肉焼いて食べてたら、

ズッポって耳の中を何かが通ったんですね。

アッ、ヤバイなと思ったんですけど、その時間に、その二人がバイクの二人乗りで

白バイに追いかけられてТ道の横道に逃げ込んで、自爆。

一人は即死で、一人は半身不随で車椅子です」

「あー」

「僕、沖縄に行っても大丈夫ですか?」

「んー、私も去年の正月に家族と沖縄に行ったんだよね」

「で、大丈夫でしたか?」

「んー、私と次女は24時間、長女は36時間寝っぱなしになった。

元気だったのは、お父さんだけだった」

「やっぱりね。

仲間が僕のこと知ってるから、オマエ沖縄なんか行って大丈夫かって言うんですよ」

「そーだねえ。

2泊3日の最後の日に平和記念館とひめゆりの塔に行ったんだけど、平和記念館で私は

ダメになったね。

階段が登れなくなって泣きがきた。

それからひめゆりの塔に行くことになってたから、こりゃどうなっちゃうのかと思った

けど、ひめゆりの塔はもう大分スッキリしてる感じだった。何でかねえ。

でも、行くことになる場所ってのは、何だかわからないけどそこに行く必要があるんじゃ

ないかって私、思うんだ。

でもって、行けないとこには、行きたくても行けないじゃないかな?

大丈夫だよ。あなたは、そこに行くことになったってことは、行ってもいいってことだと

私は思うな」

「そうでしょうか?」

「うん、大丈夫だよ。それから、こんなことを私に聞いてきたってことは、私のコツを

教えろってことかな?」

「はい、教えてください」

「んーとね、無闇に畏れてはいけない。侮ってはいけない。馬鹿にしてはいけない。

大袈裟に思ったり、試したり、遊んだり、チョッカイを出してはいけない。

なにより、失礼になってはならない。

可哀想だと思うのは、失礼。

気持ち悪いと思うのも失礼。変に面白がって騒ぐのも失礼。

毅然とした態度と、本当の思いやり、本当にそのモノを思いやる心を持てば自分がどう

したらいいのかが、自然と見えてくる。そんな気がするんだけど。分かる?」

「はい、分かります。有難うございます。

何だかモヤモヤしていたものが、なくなりました。これで安心して沖縄行けます」

「ところで、あなた見えるんだ」

「はい」

「ふーん、私は見えない」

「えっ!? 見えないんですか?」

「うん、見えないし、見えたことも一度もないよ」

「そーなんですかぁ。あと、もう一つ聞いていいですか?」

「うん、何?」

「僕の友達でズレてるヤツがいるんですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。それで生きてきてるんだから。心配しなくていいよ。

きっと、溺れてしにかかった時にズレたんだよ。手が折れて形が変わったり、足の形

が変わるのと同じで、生まれたまんまの無傷な人がいないように、誰もそれなりの形で

納まって生きていくんだと思うんだよ」

「そうですか。そいつ、本当に海で溺れて死に掛かったことがあるんですよ。

どうして分かるんですか?」

「何でだろうね。そんな気がしたんだよね。ところで、私もズレてる?」

「いやー」と言葉を濁して、最後までそれに答えなかった。

 

見える人が、知人で居る。

私が2001年に、大変なことになった時、自分の身体に風穴が開いた気がした。

その人に「私、透き通ってしまった気がする」と言ったところ

「あなたは、もともと透き通っていたけれども、ここに穴が開いて後ろのものが見える」

と言った。

 そこは、自分で風穴が開いた気がするところ(心臓の上の肩のあたり)だった。

その人は、更年期ということになっているが、体調も気持ちも不調になって人と会う事が

出来なくなった。

 本当に見える人は、江原さん級の人は別なんだろうが、皆口を噤(つぐ)んで生きてい

る。

それは、本当の畏れを知っているからではないだろうか…。

 それと、見えたり感じたことを迂闊に口にすると、とんでもない痛い目に合うことを

身をもって知っているからではないだろうか。

 私の元には、何故か見える人や、何かがあった人が集まる。

そして、普段は話さないことを話してくる。

 何故こんなにいろんな話が、入ってくるのか。

私の中にそれを求めるものがあるのだろうか?

それとも、そのモノたちは私に捌(さば)かれたがっているのだろうか?

レイプされた人は、それを暴かれて同情されたり哀れまれたり、馬鹿にされたり面白が

られたり、興味本位で弄(いじ)られることを嫌がる。

 しかし、その事実を闇から闇へ、まるで何も無かったことのように葬り去られること

はヨシとしない。

残酷な話や恐ろしい話は聞きたくないという人が多い。

でも、それを味合わされた者がいるのだ。

 それは、同情や興味本位でない、その身になって考えることの出来る者に話を聞いて

もらいたがっている。そんな気がする。

 ある新聞に質問があった。

「霊的な話の本があるが、それを読んでの崇りなど危険なことはないのか?」という質問

「本当に危険なことは、世に出ていません。出ないようになっているので大丈夫です」と

回答していた。

退行催眠などの催眠療法でも、その人に必要がない情報は現れず、

耐えられるギリギリのモノが出てくるようになっていると聞く。

チャネリングも流行っているようだ。

必要があってなのか、ナニモノかに出逢わされ、知らされることがある。

しかし、ここで絶対に気をつけなくてはならないのが、それを面白がって遊び半分で

手を出してはならない。

 ここで私の話を聞くことになった者は、聞く時期がきているのかもしれない。

生きものは、見える世界だけで生きているのではない。

生きている半分は、見えない何かに導かれ生かされていると私は思う。

だから、損得勘定や一時の自分の感情、目先の能率主義だけに振り回されてはならない。

 地に足をしっかり付けて地道に努力することを忘れてはならない。

感情を豊かに、感情に支配されず、情を持って、情に流されず。

“哀れむことは、その身になって考えることとは違う”ということを知って、

今後の不思議は、読んで欲しい。