しますえ よしお

 

 花屋をやっていて、華道家でもあるレナさんが、ディナーショーを企画した。

一人3万円と高額だが、彼女お勧めの“しますえよしお”というシャンソンの歌声を聴き

ながらのお食事、ディナーショーってやつで、会場の飾り付け、演出も総て彼女が

手がけるのだという。

 私は、以前からレナさんの活けたモノを見たいと思っていた。

それも小さな器に活けたものでない、カリヤザキショウゴさんが活けたみたいな大きな

会場イッパイに活けたモノを見たいと思っていた。

 そういう仕事をしてきていることは、彼女から何度も聞いていた。

「あなたに見せたいわぁー」と、残念そうに何度も彼女は言ってきていた。

 

レナさんは、花屋を経営する傍らで、小さな喫茶店を経営している。

キレイなものが好きで、人の面倒見が良くて、人を喜ばせることが好きな人だ。

 そのレナさんが企画したディナーショーだ。

その話を聞いて、

「是非、参加させてもらうわ」と、私は二つ返事で前売り券を買った。

「場所は、サンシャインホテルね」とレナさんは言った。

「あー、あそこなら一度行ったことがあるから大丈夫」と私は胸を張り、

「レナさんの活けた花が、ようやく見られるのね」と言った。

レナさんの店は、H市にあった。

 

 当日の夕方、きっと酒も出るだろうからと、自宅から5分のT駅から電車に乗って

M駅に出た。

そこからタクシーに乗って、山の上に立つサンシャインホテルのビルに着いた。

以前に知人の結婚式で来たことのあるホテルだった。

フロントで「今日、しますえよしおさんのディナーショーがあると思うんですけど」と

言うと、

「えっ?今日は、ディナーショーは、入っておりませんよ」と言うではないか。

「えー、そんな筈ありませんよ。ここの日付、今日になってるじゃありませんか」と

私はチケットを出して見せた。

「あ、これH市のサンシャインビルになってますね」

「えっ!?H市にもサンシャインビルがあるんですか?」

「はい」

H市は、私の家を間に挟んでM市の反対側にある。

どうしようかと思った。

このまま家に帰ってしまおうか、でも、ココまで来てただ家に戻るのは悔しい。

タクシーでM駅に戻った私は、H駅に向かう電車に乗った。

暗くなった窓の外を、夜景が流れていく。

4つ目の駅が、自宅のある最初に乗った駅だ。

ここで降りれば家に帰れるが、電車はそこを通り過ぎる。

 

M駅では大分電車の来る時間を時間を待ったが、乗ってからは40分程でH駅に着いた。

そこから、またタクシーに乗る。

「サンシャインホテルまでお願いします」と言いながら、私は自分にあきれ返っていた。

ホテルのフロントで聞いて、パーテー会場に入っていった。

丁度終わったところだったらしく、ガヤガヤと沢山の人が挨拶して帰っていくところ

だった。

 会場には、天井にまで届くような木々が、落とされたライトの中で更に陰影を作って

いた。

あちこちに置かれた花々は、帰りの人達に配られて、ポツポツと淋しくなっていた。

タバコの煙とダストが、作られた森の中に靄となって漂っていた。

 きっと、もっとステキだったんだろうレナさんの森は、“ひといきれ”に負けそうに

なっていた。

 それにしても、腹が減った。

テーブルの上には、干からび始めたサンドイッチが残っていた。

その他にもオードブルのような物の残骸が、皿に散らばる。

 レナさんの姿を捜しながら、サンドイッチを手にした。

おー、沢山の人の息が掛かったサンドイッチよ。

柔らかいホテルのパンも、表面が乾き始めている。

せめて惨めに見えないように、すまして、ゆっくりとサンドイッチを口に運ぶ。

中々ウマイ。

 その日のチケット代が3万円、一切れ1万円のサンドイッチだ。

2、3切れ食べるとちょっと落ち着き、出口で挨拶に回っているレナさんの姿を見つけた。

 人は大分まばらになっている。

「コンバンワー」

「あら!? どーしたの、あなたの姿が見えないから、

もうずっと気になって気になって、ショーの間も入り口ばかり見てたのよ」

「ゴメンね。私ってそういう人間だって、言ってたでしょうよ」

「いくらそういう人間だっていったって、せっかくチケット買っていただいたのに

私が無理に買わせたのが悪かったんだわ。今日は仕事が忙しかったんでしょ」

「違うの、私がバカなの」

「どうしたのよ。事故にでもあったの?」

「だから、違うんだってば、後で話すから」と、彼女の傍を離れた。

会場を後にする彼女のお客さん達が、次々と彼女に挨拶をしていく。

「待っててね!終わったら行くから」と、レナさんが叫んだ。

 

人が消えたパーティ会場には、人の残した体温と香りが、タバコの煙と一緒になって

残った。

「お待たせしちゃったわね」とレナさんが、花を見ている私の所へ来た。

その隣には、70歳近くなる背の高い男の人が立っていた。

白髪だが、シャンとしたその雰囲気は只者ではないと直感する。

「こちら、M市の建設会社の社長さんなんだけど、帰りにあなたを乗せていってもらう

ように頼んでおいたから」

「えー、悪いよぉ」と、私にとっては渡りに舟だったが、ちょっと言ってみた。

「いいから、大丈夫よ。紳士だから、でも、どうしたのよ」

 その日の私のドジ話を、面白話として披露する。

笑ってくれるかと思ったが、「可愛そうに、大変だったわね」と、彼女は私の手を取った。

すると、横に居た男性が、「ちょっと、何処かに行きましょうか」と言った。

「いや、私これから帰って飲みなおしますから」と言ったのだが、

「いいじゃない、私も何処かに行きたいわ」とレナさんが言った。

 

それから、レナさん行き着けの“ダンスの出来る高級スナック”みたいな所に連れて

行かれた。

レナさんはヒラヒラのドレスに着替えて、彼女の知り合いとクルクルと踊って見せた。

 私は、その社長と殆ど口を利かずに水割りを飲んでいた。

社長は、若い頃は飲んだのだが、失敗をしてから酒は絶ったのだと言ってウーロン茶を

飲んでいた。

 話をしなくても間が持つ、大丈夫な人というのが居る。

元々そういう人なのか、何か修羅場を潜ってそうなったのか、そういう人と一緒に居ると

私は安心する。

「もう、帰りますか」と社長が言い。

車の中でも殆ど喋らず、家の前で降ろされた。

礼を言って家に入りホッとする。

 腹はちょっと減っていたが、もう遅いし、酒もやめて風呂に入って寝た。

あー、面白かった。

     あっ、“しますえよしお”は、レナさんがCDくれて、それで聞いた。