蕎麦アレルギー

 

 母がショウガ飴を作ってきて、作り方を説明していった。

 材料は、ショウガと同量の砂糖、それに酒少々。

@ショウガを薄くスライスしてお湯で煮る。

Aそれを、ザルにあげ水をきる。

B鍋に酒少々と砂糖半分、ショウガを入れ弱火で煮立てて水分を飛ばす。

C大体水分がなくなったところで、残り半分の砂糖を入れ更に水分を飛ばす。(後半は弱火)

D暖かいうちに解いて、くっつかないようにして冷ます。

 

食べてみたら美味しかった。

お客さんにその説明をしてはすすめ、自分も食べた。

その日、ホカホカと身体が温まった。

翌日も、夜になっても手足が暖かく気持ちよく眠れた。

次の日は、身体が火照るくらいで夜中に目が覚めた。

毎日ちょっと食べ過ぎたみたいだ。

ショウガは漢方薬でもよく使われ、冷え性予防、血液サラサラ、風邪予防に効果がある

という。

 

その話をある人にした。

すると、その人が

「私は、ショウガの蜂蜜漬けを作ったんだけど、お湯で割ってホットレモンみたいにし

て飲んだの。

そしたらお腹が痛くなっちゃって、下痢をして大変なことになったんです」と言う。

「えー、ショウガってハチミツ漬けにしちゃダメなの?」

「いえ、そうじゃないんです。私、ハチミツがいけないみたいなんです」

「へぇー、そんな人が居るんだ。

そういえば、乳飲み子には、ハチミツは食べさせちゃダメだって聞くよね」

「私、変なんです。キウイもダメだし、あとイチゴもダメなんです」

「へぇー」

そこで私は、洋画の“フィアレス”を思い出した。

「そういえば、イチゴアレルギーの人が出てくる映画、観たことがあるよ。

あれって、大変なんだよね」

「そうなんです。

イチゴショートを頂いたことがあって、私、甘党でケーキ大好きだからどうしても食べた

いじゃないですか、イチゴを横に置いて、生クリームがちょっとだけ赤くなってたんで

すけど、それを食べたら唇から舌までは腫れがちゃって大変なことになったんです」

「へぇー、映画でもイチゴを口に入れただけでエッ、エッって呼吸困難になって死に

そうになってた」

「そうなんです。クリームに赤い色がついてただけでそうなんですよ。

ホントに冗談じゃすまないんですよ」

「へぇー」

 

 それで思い出した。

以前に知り合った娘が、蕎麦アレルギーだった。

彼女は、高校を卒業してデザイン学校の専門学校に入り、それから都会のインテリア

(室内装飾)の会社に入った。

 人はそれぞれ違う感性と特徴を持って生きている。

ただ、それ(人は皆違うということ)に気が付いている人と、気が付かずに生きる人が

いる。

 そしてそれは、自分以外のモノを否定する人と理解しようとする人に分かれる。

 

会社の食事会で彼女が、自分は蕎麦アレルギーで蕎麦は食べられないと言うと一人の

上司が怒り出した。

「何が蕎麦アレルギーだ、俺は長いこと蕎麦を食ってきたがそんな話きいたことない!

最近の若者は、根性がたりないから何がダメ、カニがダメだって最初から頑張る気力が

ないからダメなんだ!」

 彼女は、仲間社員の前でただ項垂れていた。

 

 それから暫くしてお土産のマンジュウが、彼女の机の上に乗っていた。

誰かが旅行に行くとお土産を買ってくる。それが彼女の机の上にも配られていたのだ。

 甘いもの好きの彼女は、大喜びで包みを剥がしマンジュウを口に入れた。

(美味しいなぁ)と思った次の瞬間、ウッと息が詰まった。

「ハッ、ハッ」と口を押さえて、その時の彼女は顔面蒼白だったとそこに居た人が後で

教えてくれた。

 呼吸困難でぶっ倒れ、救急車が呼ばれ、大変な騒ぎで彼女は病院に搬送された。

そのマンジュウは、蕎麦マンジュウだったが箱から出されていたので表示を見逃してし

まったのだ。

 病院の点滴で九死に一生を得た彼女は、会社に出社した。

「お騒がせして申し訳ありませんでした」と彼女が上司に言うと、

「いや、俺こそ前に蕎麦が食べられないって聞いた時、失礼なことを言ってすまなかった」

と以前に怒った上司が、頭を下げた。

 

 実は彼女は物心ついた時から普通の人には見えないモノが見えるらしい。

会社に入社すると、会社の中を歩く人が居てぶつかりそうになって慌てて

「すみません」と頭を下げると、他の人が怪訝な顔をしているので、

(あー、また、ココには存在していない人なんだな)と分かるのだという。

 変わり者だと言われることが多く、上司が彼女を怒ったのもそういうことが関係して

いたかもしれない。

専門学校に通っていた時に住んでいたアパートには、学校から帰ると男の人が部屋の

隅に座っているのだという。

 夜に目が覚めるとその男の人が顔を覗き込んでいたりして、親に

「どうしてもアパートを移りたい」と言ったが、

経済的に大変だった両親は、我慢しろと言う、どうしようもなくなった彼女は大家に

そのことを言った。

すると、家賃を半額にするからと言われたという。

しかし、結局はノイローゼになってアパートを変えた。

「見えない人は平和でいいなぁ」と彼女は言う。

 

都会から田舎に戻り、私の所に来るようになった彼女は非常に怖がりだった。

子宮内膜症になっていた彼女は、卵巣がチョコレート脳腫なのだそうで、一度卵巣が

寝返りをうったとかで、この世のものとは思えない激痛を味わったという。

 その痛みが、また何時くるかと思うと不安でいられないのだという。

可愛い顔をしていてセンスの良い彼女は、テレビタレントのようだが、古風な所があっ

て縁起を担いだり、ジンクスを気にする。

 素直で丁寧に仕事をする反面、怖いものをバカにしてみせたり、自分より下だと思う

と利用する所があった。

 ある時、仕事で疲れて帰る途中、自動販売機でジュースを買おうとその前に立った。

すると、すぐ目の前に立つ人がいる。

 何やってんだろう邪魔だな、とよく見るとその後ろ姿は自分だったという。

「分かります?自分の後姿って、自分の後頭部とか襟足なんて鏡じゃなくて見るなんて

絶対にないですよね」と彼女は言った。

 そのすぐ目の前の自分は、自動販売機で普通にジュースを買って家の方へ歩いていった

のだという。

 そのすぐ後について行った自分は、目の前が開けたと思ったら自分の中に入っていたの

だという。

 彼女は、怖いと思うと「イヤダ!あっち行け!シッシ!」とそのキレイな顔を歪める。

 

 思うんだけど恐れって何なんだろう? 怖いという感情って、何なんだろう?

危険を知らせるサインなのか、否定の気持ちなのか。

 ただ、恐れの気持ちというのは、失礼じゃなくなる為に必要な時と、ただ失礼な時が

あるような気がする。

 彼女には、畏怖の情は必要だが、排除の恐怖は逆にそれを呼び寄せているんじゃないか

と思う。

 大事なことは、愛と、自分の弱い心と戦う強い気持ち。

 

イチゴアレルギーの男が出てくる洋画の題名である“フィアレス”とは、

フィアが恐れで、レスはそれを否定すること。

つまり、“恐れが消える”という意味だという。

                  面白い映画だったよ。