葬式に行きたくない竹男ちゃん

 

 夕方、竹男ちゃんが来た。

 今日最後の仕事をまとめようとしていた私は、その手を止めずに

「やっほー」と言った。

「やっほー」と竹男ちゃんが返す。

「元気?」と聞いたが、聞く前から元気がない。

「うん」と言って慌てて「元気ねぇ」としょんぼりした。

「なんでぇ」

「だって、葬式に行かなきゃなんねぇんだもん」

「ふーん、いきたくねえの?」

「だって、とーい親戚なんだもん」

「だから、行きたくねえのか、って聞いてんだよ」

「顔も見たことないんだ。麻子ちゃんは葬式行くの?」

「分かんねえ、その時の状況によるからな。

遠かろうが近かろうが、私は行きたかったら行くし行きたくなかったら行かない」

「いいなぁ、麻子ちゃんは」

「何が」

「だって…」

 竹男ちゃんは、麻子ちゃんは自由でいいな。と言いたかったのかもしれない。

 

 麻子は、世間の常識に極力縛られないで生きていきたいと思っている。

そのためには、人の顔色を見ない(気遣いはする)評判を気にしない。

 相手を悲しくならないように手順を踏んでドロップアウトしていく。

ということで、年賀状は出さない。友人との付き合いはない。って友人、居ない?

 葬式は行きたいときにだけ行く。義理がある場合は夫に頼むか、誰かに依頼する。

 

「ね、竹男ちゃん、行きたくないんだったら誰かに香典頼んだらいいんじゃない?」

「んー」

「誰かと行くの?」

「いとこが行くんだ」

「んで、一緒に行くの?」

「うん」

「その人に頼んだらいいんじゃないの?」

「んー」と竹男ちゃんは煮え切らない。

 

 竹男ちゃんは、何がいやなのか分からないがグズグズ言って相手に答えを求める

という手法を普段からよく使う。

「麻子ちゃん、お金がねえんだ」

「どーしたの」

「税金が来てなくなっちゃったんだぁ」

「で、どうしたいの」

「お金がないと困んだぁ」

「そりゃそうだが、なに、働きたいの?」

「うん」

 そして、バイトで麻子の所で働くことになる。

働き方はゆっくりだが、何かがちゃんとしていて、草引きにしても片づけにしても一見

遅いが終わってみるとちゃんとしている。

 

 でも、麻子が気に入らないのが、「やらなくちゃならないから」発言。

「明日はここに来なくちゃなんねえから」「やんなきゃなんねえから」という

“なきゃならない”が非常に多い。

 そこで、麻子は

「来なくちゃならないわけじゃないよ。来たくなければ来なくていいよ。

やんなきゃなんねえ。って、やれることは嬉しいことじゃねえの?やりたくないの?

言葉を変えてみなよ。『明日、来る、来れて嬉しい』って、『やれることがありがたい』

って、言葉変えるだけで人生変わるよ」と言うと

「麻子ちゃん、ジンセイってナニ?」と竹男ちゃんは言った。

 アチャー、自分の言葉は竹男ちゃんには難しくて分からないのかー。と、その時竹男が

色々分からないでいることを、麻子は初めて分かった。

 竹男は早口だったり、難しい言葉、カタカナ言葉、漢字などが分からないらしい。

でも、麻子よりずっと常識的な気がする。

 

竹男の「葬式、やだなー」は、1時間近く続いた。

「そーか、やなんだぁ」

「だって、いとこのいとこなんだよ」「会ったことないんだもん」

「じゃ、なんで行くの?」

「父さんの葬式に来てくれたんだ」

ゆっくりの何度も繰り返される話の中で、その方は、竹男の父のいとこで80歳を

過ぎて亡くなったらしいことが分かってきた。

 行きたくないを繰り返し、誰かに香典を依頼することも選択しない竹男についに麻子が

切れた。

「よし、分かった。

行かなきゃなんないわけだな。その葬式は」

「うん」

「だったら、ちゃんと心を込めて冥福を祈ってお別れしてきな」

「だって、顔見たことないんだよ」

「でも、お父さんのいとこでお父さんの葬式に来てくれたんだろ」

「うん」

「そのお礼を言ってきな、その人にどんな人生(分かるかなぁ)があって、その人

父さんとはどんな話をしたんだろうね」

「分かんね」

「分かんねえことってイッパイあるよね」

「うん」

「はっきり言うけど、竹男ちゃん、さっきから失礼」

「シツレイ?」

「うん、シツレイ。葬式に『行きたくない、行きたくない』って、

『そんなに来たくないなら来んじゃねえよ!』って、その亡くなった人言ってるわ」

「そーかぁ」

「そーだ、どーせ行くんだったら、その人が生きるのを終わって天国に行く事にちゃんと

手を合わせてくんだ。いろいろご苦労様でした。そしてありがとうございました。ってな」

「そか」

 竹男ちゃんは、納得すると「そか」と目を丸くする癖がある。

 

「な、知っていようが、知っていまいが、人はミンナ何処かで繋がってんだと思うんだな」

「そか」と、竹男ちゃんは言った。