健康スリッパ1

 

 バブル景気の頃だった。

東京に仕入れに行った。

 今は、格好なんぞどうでもよくなって普段はガーデンシューズか、ぶかぶかブーツ、

出掛ける時は履きなれた踵(かかと)なしサンダルだが、当時は出掛けるとなると

ちょっと細目で高いヒールの靴を履いて出掛けた。

 そして、その度に足が痛くなって踵の低いサンダルやジョギングシューズを買い

それに履きかえて帰ってきた。

 

そして、学習能力のない私は、その日も高いヒールの靴を履いて出掛け、案の定、

途中で足が痛くなっていた。

そして、この靴でなければ何でもいい、裸足の方がマシだとなって目に入ったのが、

路上で売っていた健康サンダルというかスリッパだった。

 明らかにその底の部分はスリッパのスポンジだが、サンダルと言っているのだから

外で履いても良い、ということに私は決めた。

 それは、前あきで底の所がボツボツになっていて、膨張した足全体と、膨らんだように

なっている足の裏の救世主に見えた。

 ソク購入。198円。

ヒールシューズから健康サンダルに履きかえると、砂漠で日陰に出会ったように全身が

生き返るのを感じた。

 その時は、憎きヒールシューズであったが、健康サンダルの50倍以上の値段のそれ

を捨てる気にはなれない。

 ビニール袋を貰ってそこに入れ、仕入れの後半戦を歩いた。

 

山手線に乗っているとあまり他人には関心を払わない東京の人が、私を、というより

私の足元を見ているのを感じる。

 まあ、黒ずくめのパンツ姿の女が、チェック柄の健康サンダルといっても、明らかに

スリッパを履いて足を組んで座っているのだからちょっと不思議に思ったのだろう。

 

 帰宅してその話をすると、塚石は

「麻子さんが何をしても、その位のことしても、アタシは驚かないけど普通の人は

そりゃ、オカシイと思うよ。

まあ、そういうスリッパを外で履いてる人も居るだろうけど、そういう人はその

スリッパに合った格好してるでしょ。

あの、お出掛けスタイルで健康スリッパはねぇー」と言った。

 

 そして、その晩テレビを見ていると、ニュースで麻原が出ていた。

麻原は、私と全く同じ柄の同じ健康サンダルを履いていた。