竹男ちゃん

 今日も竹男ちゃんが、寄った。

竹男ちゃんは、知的障害者なのよ。

でも、人格的には普通の人以上にノーマルだと思うのよね。

年齢は、私より2歳下の申年生まれで50歳。

穏やかで礼儀を知っていて、義理も欠かさない。何かご馳走したり、あげたり、何処かに

連れて行ったりすると、必ず気持ちで何かを持ってくるの。

「気を使わなくてもいいんだよ」っていくら言っても、何か持ってくる。

今日は、トシちゃんも一緒だった。

竹男ちゃんは、障害者手帳を貰っていて毎月だったか、何ヶ月に一回だったかお金を

貰っているんだそうだ。

トシちゃんは、竹男ちゃんに比べものにならない位に話が通じない。

自分の歳も分からない。まだ30代だと思うんだよなぁ。

でも、親がしっかりしていないから手帳を貰っていないんだそうだ。

 トシちゃんは、竹男ちゃんを頼りにしている。

今日は、野菜作りの日で、その帰りに一緒にウチに寄ったんだけど、その仕事がない日も

竹男ちゃんの家にトシちゃんは、毎日来るんだそうだ。

 トシちゃんは、いつも挨拶もせずに家の中に入って来るんだそうだ。

それを竹男ちゃんの親がスゴク嫌がっているんだそうだ。

それで竹男ちゃんは、「嫌になちゃってるんだよ」と言う。

 私は、最近トシちゃんに挨拶を教えようとしている。

でも、ニヤニヤするばかりで、いうことをきかない。

 これは、私の押し付けかと思うが、誰もが教えないでここまできて嫌がられることになっているんだ。

「だまーって家の中に立ってるんだもん。親が気持ち悪いから来させるなって言うんだ」

と、竹男ちゃんは、何度も私に言ってくる。

「自分でちゃんと、トシちゃんに言わなきゃ分かんないでしょ」と言うと

「だって、ゆってもわかんねぇんだも」と竹男ちゃんは困った顔をする。

「トシちゃんはトモダチが、一人もいねえんだ」と竹男ちゃんが言うので

「えー、竹男ちゃんと私がいるじゃん」と私が言うと竹男ちゃんは首をかしげる。

だけど、何かと親切に面倒をみていて、私の家の前を通るとトシちゃんを手先に使って私

を呼び出す。

 

 この間、竹男ちゃんが手伝ってくれてジャガイモを植えたの。

あー、その時もトシちゃんは手伝ったっていうか、傍でウロウロしてた。

 竹男ちゃんが、「ジャガイモ、芽が出たけぇ」って言って、一緒に畑に行ったのよ。

竹男ちゃんが、黒い土の畑に屈んでスギナを引いてくれてる間、トシちゃんは腰に下げた

くぐもった声のラジオを聞いてた。

昼食の時間で、オヤツにバームクーヘンがあったから二人にあげた。

竹男ちゃんは「オレ、これ好きなんだ」って嬉しそうな顔をした。

トシちゃんは「クロにやる」って言った。

「クロって何?」って私は聞いた。

クロはトシちゃんの家で飼っている犬の名前だ。

「犬にやるんなら、あげない」って私が言うと、トシちゃんは、困った顔をした。

 

トシちゃんは、何処に行っても一人前に扱われない。バカにされる。虐められる。

それが、優しい言葉を掛けられたり、甘えても大丈夫だと分かるとタガが外れたように

失礼なことを言い出すことがある。

 

 私は小学生の頃にあったことを、思い出した。

やっぱりちょっと“知恵遅れ”の子だった。

 私は“知的障害”というより“知恵遅れ”と言った方が好きだ。

障害は壁だが、遅れはゆっくりでも進んでいくもののような気がして、暖かい気がするか

らだ。

 その子は、いろんな子に虐められたり、やっつけられても、ニヤニヤと優柔不断な様子

で反抗もしなければ怒ることもなかった。

 それが、私はその子に対して敬意を持って付き合ったと思うのに、失礼なことを言われ

無礼な態度をとられた。

 その理由が突然分かった気がした。

 

 その子が感じている言葉に出来ないでいる不合理、不条理の苛立ちが、この人なら分か

るんじゃないかと思うと、押さえきれず噴出してしまうのじゃないだろうか。と、私は

思ったんだ。

 

「これ嫌いなの?」とトシちゃんの目を覗き込むと

「ううん」と、トシちゃんは目を伏せた。

「お母さんと一緒に食べな」と言うと

「ウン」とトシちゃんは、自転車に乗って、竹男ちゃんと一緒に帰っていった。

 鯉のぼりが、空に泳いでいた。

 

♪屋根より高い鯉のぼり、大きい真鯉はお父さん、

小さい緋鯉は子供たち、面白そうに泳いでる♪