タマダシ

 

 “スナック奈々”の営業は、普段は土日が定休日なのだが、暮れは予約が入ってその

半分も休めなかった。奈々も店の娘たちも疲れが溜まっていた。

 奈々は、今店で働いている5人のうちの一人、真由子ちゃんの最近の様子が気に

なっていたが、正月でゆっくり休めば落ち着くだろうと楽観視していた。

そして、正月は12月29日から1月3日まで休むことにした。

 

 12月29日、休みに入った初日の朝、仕事から離れた開放感に奈々は浮き浮きしていた。

朝風呂に入り、溜まった新聞を読んで整理していると母親から電話が入った。

暮れの忙しい時期に母親に用事を頼まれると声がきつくなった奈々だったが、今日から

6日もユックリ出来ると思うとその受け答えも自然優しくなる。

「悪いんだけど、お母ちゃんの友達の大山さんの家。お前知ってるよね」

「うん、知ってるよ」

「大山さんが、野菜をくれるって言うんだよ。でも、お父ちゃんは用事があって車出せ

ないっていうんだよ」

「あー、分かった。行ってあげるよ」

「そうか、良かった。じゃあ、待ってるから」

 大山さんの家は、両親の家から車で15分ほど行った山の上にある。

 

 先ずは、車で5分と掛からない実家に行き、母親を乗せて大山さんの家へと向う。

青空で風もなく住宅地から畑の間を縫うように山へ向って行く、途中の畑には小さな

人参が捨てられてポチポチと赤い模様になっている。

 色の焼けた曲がった大根も捨てられている。外側が枯れたようになっている白菜も、

きっと最後まで食べられることはないだろう。と、奈々は母親とその話になった。

「奈々よ、今の時代っちゃ豊かなのか?それとも貧しいのか?」

「うーん、どうなんだろうね」

「お母ちゃんの育った時代は、戦争があったり、戦争がなくたってモノがない時代だった

けど、今テレビでやってるみたいに住む家も食べるモンもなくて困ってる人は居なかっ

た気がするぞ。

そりゃ、貧しいには貧しかったけど、みーんなして貧しかったから、そんなにミジメじゃ

なかったし、こんなにモノを無駄にするなんてことはなかったなぁ」

奈々の母親は、毎日のようにテレビに映し出される派遣切りやリストラ、ホームレスの

人たちのことを言った。

「そうだよね。ここに捨てられてる野菜、東京に届けたらどれだけの人が助かるだろうね」

 そんな話をしながら大山さんの家に着くと、米袋にイッパイに詰められた葱、カブ、

大根、人参、ほうれん草、小松菜を持たされた。

「オバチャン、一人暮らしで食べきれないし、やる人もそんなに居ないんだよ。

奈々ちゃん、人助けだと思って貰ってやってくれよ」と大山さんは言った。

 母親を家に送ると

「実はお母ちゃん、近所から貰った野菜だけでも食べきれない位なんだ。

奈々、お前全部持って行ってくれ」と母親が言い、

「うん、誰かにあげてもいいもんね」と奈々はそれを全部貰って家に戻った。

 

翌日の30日は、家の大掃除をすることにしていた。

しかし、考えてみたら店の女の娘たちにあげてもいいと貰ってきた野菜だが、3日まで

店は休みだ。

 誰か知り合いにあげてもいいと思っていたが、母親との話を思い出した。

そうだ、これを東京に持って行って炊き出しをして配ったらどうだろう。

米が沢山あるとモンシロチョウのミチコさんから言われたが、生協の契約農家に

予約をしてミチコさんから買えずに気になっていた。

あの米を買って、それも一緒に持って行こう。

 奈々は思い立ったらソク行動の人だ。

「ねーねー、おとうよ。

この野菜を東京に持って行って炊き出ししたら喜ばれると思わない?」

 奈々は面倒なことは参加しない主義だが秀作は、地域活動やボランティアなど

何かと協力をする。

100人分の大なべやバーベキュー用のドラム缶を持っていて貸したりしている。

「そうだね」

「ねーねー、一緒に炊き出しやらない?」

「あー、いい考えだね」

「ねー、一緒にやろうよ」

 普段の奈々は秀作に向って罵詈雑言のクセに、何かで頼みごとをする時になると

こういう口調になる。

「それは、いい考えだ」と言った秀作は、間を置いて、

「でもね、どうかな?

急にそういう所に行って、何処で炊き出ししたらいいか分かるかな?

それに、貰える人と貰えない人が出来たり、人を集めるにも今日行って、今日集まるって

わけにはいかないと思うよ」

 秀作はやりたくないのかと奈々が不機嫌になってくると、秀作は、

「でも、野菜を持って行くってのは、いい考えだと思うよ。

俺の考えだと、その野菜を炊き出ししてる人のとこに持って行ったらいいと思うな」と

言った。

「あー、それはいい考えだ。でも何処にあるかな?」

「ネットで調べたらいいんじゃない?」

「おー、オトウあったまいい!」

 早速、パソコンを開いたが、機械オンチの奈々はどう調べたらいいか分からない。

今度は、娘の栞に電話してどうやって調べたらいいか聞く。

「キーワードの言葉を入れてみたら?

例えば、ホームレス、たきだし、ボランテェア、きふ、とか」

「なーるほど」とヤフーに入れてみると、幾つかの炊き出しや寄付の受付の場所が出た。

 そのうちの自宅に一番近い所にあるA区のМに電話を入れた。

電話に出た男の人は、そこの地域で12月29日から1月3日まで炊き出しをしていて、

その配食の手伝いをしているのだという。

毎日午前と午後の2回、2、300人に配食をするが、2,30人の半分が

ボランティアの人なのだという。

「あのぉ、寄付も嬉しいんですが、若しよろしかったらお手伝い、半日でもかまいませ

んからお願いできませんか?」とその人は言った。

「んー、ちょっとと用事があって」と奈々が口ごもると、

「あっ、いいんです、大丈夫です」とその人は言った。

 場所を聞いたが、よく分からない。秀作が、グーグルで調べて印刷した。

 

 ミチコさんの所に電話を入れ、米を頼むついでに、事の成り行きを話す。

ミチコさんは大きく農家をやっている。家の敷地も広い、そこに秀作の運転で入って

行くと、塚石が居た。

「あれー、奈々さんどうしたのー」

実はこういう訳でと、そこでまた事の成り行きを話している横で、秀作が籾(もみ)の

ままの米袋を車に乗せた。それを見た塚石が

「それ、精米してから持って行くんでしょうね」と言った。

「えー、このままだよ」と奈々が答えると、

「駄目だよ、東京には米をスルとこがないんだよ」と塚石が言った。

「ウソだぁ」

「ホントなんだって、あたしも籾のまんまの米を東京に持って行ったことがあって

だけど、何処にも精米機がなくて、結局、持ち帰ってきたことがあったんだよ」

「へー、そうなの?」

「そうよ、モリヤを過ぎたら精米機はないと思った方がいいわよ」とミチコさんも言った。

 その横にミチコさんの旦那が居て、「これも持って行きな」と濡れ縁を指差した。

そこには、大きい大根や人参が並んでいた。

「えー、いいんですかぁ」

ミチコさんは、クズだと言ったが、十分に市場にも出せる乾燥芋を奈々に渡した。

その袋は、何十キロもあった。

奈々は運が良い、ミチコさんの家からの沢山の寄付と、塚石からのアドバイスで、米が

無駄にならないですんだ。

秀作と精米をすると、高速道路に向った。

晴天が続いて暖かかった。

秀作の運転する横で奈々は、浮き浮きしてきた。

「あー、楽しいなぁー」

「そりゃ、あんたは楽しいでしょうよ。

何だってやりたいと思ったら、やりたい放題でみんなが協力してくれるんだから」

「えっ、おとうは楽しくないの?」

「楽しくないとは言ってないでしょうよ」

「じゃ、楽しいの?」

「オレが楽しいか楽しくないかじゃなくて、あんたは、自分が楽しいことが誰でも楽しい

わけじゃないってこと、知っておきなよ」

「ふっふーん、私は自分が楽しければそれでいいんだもんねぇ」

「あんたは、シアワセな人だねぇ」

「アリガト」

 

二人は、東京に向う高速道路のサービスエリアで、昼食にカレーとラーメンのセットを

食べた。

 厨房で働く人たちは、皆70歳を過ぎた女性だった。

「女は毎日家事をやるから何処に行っても、幾つになってもツカイモノになるね」と

奈々が言うと

「女はタクマシイよなぁ」と秀作は言った。

車に戻り発進しようとして秀作が笑い出した。

「どうしたのよ」と奈々が聞くと

「あんた、“たまだし”ってどういうことよ」

秀作が見ていたのは、奈々が書いたメモ用紙だった。

そこには、検索する時に書いていたホームレス、たきだし、ボランテェア、きふ、と

住所、電話番号があった。でも、よく見るとひらがなで書かれた“たきだし”が

“たまだし”にしか見えない。

それを見た奈々は「たまだしで何を調べるちゅうんだよ」と笑いながら言った。

 

 ちょっと迷いながら着いたのは、もとが町工場のような建物だった。

人が沢山居るのかと思っていたが、40代の男の人が一人だけだった。

車から米や野菜を降ろし、建物の横に行くと階段の下に大きなガス釜が5台位あり、

そこで炊き出しをして現場に持って行くのだという。

 痩せた60歳を過ぎたホームレスの男性が2、3人、口も利かずに日向ぼっこをして

いた。

建物の中は暖房が効いていた。

奈々は、こんな暖かい所に乾燥芋を置いて大丈夫だろうかと思った。

帰りの車の中で

「乾燥芋、早く食べないと駄目だって言うの忘れちゃった」と奈々が言うと、

「あんた、そこまで心配しなくていいよ。

あんたは、いいことしたよ。きっと沢山の人があれでお腹がイッパイになるよ。

そこでオシマイにしな」と秀作が言った。

「そうだよね」

「そうそう、それでオシマイ」

 奈々の気持ちは、また青空になった。