特許

 

 店の端にミシンが置いてある。

働き者の私は、仕事に疲れると料理をし、または、ミシンを踏む。

 人に疲れた時も、やっぱりミシン。

 

 ミシンを踏んでいると、

「ナニ、作っているんですか?」とお客が聞いてきた。

 50代半ばの母と、30代と思しき娘。

「こういうの作っているんです」と片方だけ出来上がっていた指先なしミトンを見せる。

「あら、いいですね」

「そう、手の甲は暖かくて指は自由に使えるから便利なんですよ。

で以って、作り方が簡単なの。型紙あげますか?」

「えー、そういうの売ればいいのに、売れるんじゃないですか」

「いいの、何でも独占して利用しようとするの好きじゃないから」

「だって、そういう世の中じゃないですか」

「うん、そういう世の中だから、そうじゃなくなろうと思ってるんですよ。

昔、私達の頃ってナプキンにテープが付いてなくて背中の方まで上がってきたでしょ」

「そうそう、肝心なトコにはなくて背中に張り付いてたりしてね」

「あはは」と思わず笑う私達に、母の後ろに立つ娘も恥ずかしそうに笑った。

「あの頃、私中学か高校だったんだけど安全ピンで止めたり、テープをぐるっと丸くして

両面テープにして動かないようにしてたんですよ」

「すごーい、それで特許とってたら億万長者だったんじゃないの?」

「そうかもしれない。

その他にも色々考えてて、後で便利グッズになって世に出たものが結構あるんですよ」

「どんどん特許取ればよかったのに」

「そういうこと考えたこともあったの。

でもね、私子供の時から競争が大嫌いだったの。あと、独占主義がイヤだったの。

どうしてなのかって、考えて分かったんだ」

「どうしてだったの?」

「損しないようにとか、独占しようとすると気持ちが荒れるの、競争するとその経過を

楽しめなくなんのよ。私はね。

競争って勝つタメにあるでしょ、私は結果、勝ってもいいんだけど、

勝つタメに頑張るんじゃなくて、その過程を楽しみたいんだってことが分かったのよ」

「…」

「だから、何か良いこと考えたら自分のモノだって主張したり、急いで特許取ったり

しよと思うのは、焦った気持ちになって嫌なの」

 何故か、そのあたりでその母親の目が赤くなっていた。

「欲がないんですね」とその人は言った。

「何を言うか、私の欲はあのエベレストより高く、海より深いんだよ」

「えー、そうですか?」

「うん、私はお金が欲しいとか有名になりたい美しくなりたい若くなりたい。みたいな

夢つうか欲はない」

「ほら、やっぱり欲がないんじゃないですか」

「いやいや、私の欲はスッキリとわだかまりのない青空のような気持ちでいたいって事。

そのタメには、世界が平和になんなくちゃならないんだよ。

どーよ、欲張りでしょ。私がシアワセになるタメに世界が平和になれ、つってんだよ」

「あー」

「で以って、自分の中もスッキリしていたいの。

そのタメに独占欲とか支配欲みたいなのを捨てるようにして、損しないようにとか競争

するとかしないの。本当に欲しいモノがあったら、その他のモノは手放すことだね。

そして手に入れる。

どーよ、欲張りでしょ」

「でも、中々出来ないですよね」

「私だって出来ちゃいないさ、でも出来るとか出来ないじゃなくて、やるかやらないか

じゃない?

出来るっていう結果に拘(こだ)らなければ、やるだけは何時だって出来るでしょ」

「…」

「あれさ、何だかの学者が何か良いことを発見だか発明だかして、その情報を開示した

って話が、最近あったでしょ。

あれ、いいなぁと思ったんだよね。

『ボクは人がシアワセになるタメに研究しています。そこで見つかったことはミンナで

使ってミンナがシアワセになったら嬉しいです』ちゅうようなこと言ってたよね」

「スゴイ人ですね」

「だよね。そういうことを見つけたって事と、それを独占しないってことで無敵だね。

シアワセな人だよねー」

「そうですね」

「私もそういうシアワセを目指してんだぁ」

「あなたはなれますよ」

「そうっすか」デヘヘと私は笑った。

 

 その人の目からは何故か涙があふれていた。

後ろに立っている娘が、心配そうに見ていた。

 

 何でなんでしょうねぇ。

毎日、誰かが泣かない日はないんですけど。