和解

 

「奥さん、相談に乗ってくれるかしら」と言ってきたのは、古くからのお客だった。

その家族構成は聞いたことがないが、仕事の関係から色んな人の面倒をみているらしい

ということは、彼女に助けられたという人の話から美咲の耳に入っていた。

 だからという訳ではないが、優しそうで穏やかで、信頼出来る人だと美咲は思っていた。

 

「去年母が亡くなったでしょ」

「あー、そうだっけ。私って人の話、覚えていないんだよね。

失礼なことがあったらゴメンね」

「いいのよ。

それでね、母の部屋を使わせてもらおうと思って、そしたら姉達が臭くて嫌だって言うの

ほら、年寄りが住んでた所って独特のニオイになるでしょ。

で、カーテンを取り替えようと思うの。

布モノって一番ニオイがついているのよね」

「そうかぁ」

「ウチ、今、色々物入りでお金掛けられないの、自分で縫うのは出来るから安い出物の布

ないかしら」

「あるよー、ありますよー」

と言って美咲は、業者から格安で入れたカーテン生地を段ボール箱から出して見せた。

 それが、なんとそこの家にピッタリの長さで見つかった。

「スゴイ、こういうことって中々ないんだよ」

「そうでしょうね。色柄も私が想像してたよりいいし、品も良さそうよね」

「そうだね。既製品の品じゃなくてオーダー用の生地だからね」

「良かった、これで肩の荷が下りたわ」

「そう、良かったね。

もう四十九日終わったの?」

「去年の12月半ばに、それと、ウチ神式だから」

「あー、思い出した、五十日祭をしたって去年聞いたよね。

失礼しました。

そーかぁ、お母さん神様になって、お家の守り神になったんだぁ」

「そうなの。

だから『生きてる時は色々あったけど許してね。もう神様になってみんなを守ってくれ

てるんでしょ』って毎日仏壇に手を合わせて話してるの。

色々あったのよ」

「生きてるウチは色々あるよね。

でも、死んだら何かが決着するっていうか和解するんじゃないかな。

ウチの義父も神式だったんだけど、お人よしだったり自分の遊びが優先で我慢がきかない

トコがあったりしたけど、お義父さんのこと考えると、もう神様になって見守ってくれて

るんだなって暖かい気持になるんだ」

「そう、私はまだ晴れ晴れスッキリとした気持ちになれていない。

最後まで母の面倒みたけど、私で良かったのかな。って。

もっと何か出来たんじゃないのかな。って、考えると涙が出て止まらないの」と言う

彼女の目からは涙があふれ出していた。

 

 彼女は5人姉妹の末っ子に生まれた。

生まれた時から身体が弱かったそんな彼女に母親はつきっきりだった。

年頃になって姉達は次々と嫁いで行った。

そして、彼女の結婚が決まった頃、いずれは両親と暮らすことになっていた2番目の姉が

病気で亡くなった。

 その姉には3歳に満たない子が居た。

他の姉達は、その子を育てる自信がないと子は実家に引き取られることになった。

その時、母親は彼女に

「あんたが育てな」と言ったという。

その時婚約していた彼にそのことを言うと、「君がよければいいよ」と言い。

彼の実家でも「大変だろうけどみてあげなぁ」と言ったという。

そして、実家での子連れの新婚生活となり、

後に二人の子を儲ける。

母親は、一時期家のことは忘れたかのように遊び歩いた時期があって、孫達はお祖母

ちゃんにそう懐かなかったという。

 晩年、彼女がいくら面倒をみても母は仏頂面で文句を言うようになった。

それが、姉達が来るとニコニコ顔で「忙しいのにすまないねぇ」

「来てくれてありがとうねぇ」と手を握らんばかりに喜んだ。

 姉達は、「実家を貰ってあんたはズルイ」と何度も言ってきた。

「でも、母の面倒も病院の掛かりもウチでみんな出してきたのよ。

だけどね、実の姉妹でしょ、仲良くやっていきたいのよ」と彼女は言った。

 

 話を聞いて美咲に見えたというか、思うことを彼女に話した。

「お母さんが身体の弱かったあなたに掛かりきりだった時、お姉さん達は、妹は身体が

弱いんだから仕方がないって頭では分かっていても、その淋しさはどうしようもなかった

んじゃないかな。

お姉さん達が言う「あんたはズルイ、あんたばっかり」というのは実家のことだけじゃ

なくて、お母さんの関心があなた一人に占められていたことへの淋しさだったんじゃない

かな」

「あー、昔からそういうことは姉達に言われてきた。

あんたばかりズルイって、お母さんを一人占めして、って」

「そう」

「私、悪いことしてたのね」

「んー、良いとか悪いじゃなくて、人はどうしたって誰かを傷つけたり淋しくさせたり

しないで生きていくことは出来ないんだと思う。だから優しくなっていくんじゃないかな。

で、ネクストね。

お母さんは、あなたの身体が弱いことで懇親の力を注いだ。だからあなたは優しいのかな。

そして、あなたの優しさを信頼してお母さんは、あなたに子供を任せたんだね。

その子はあなたに育てられてシアワセだったと思うな。良かったね」

「そう言われると嬉しいわ、二十歳そこそこで突然の子供でしょ、どう育てたらいいか

夫と二人で必死だったわ。

なのに、次の子が出来た頃に父が亡くなって、その頃から母は家のことなんて全然関係

ないみたいに遊び出したの」

「お母さんは、結構苦労した子供時代を送ったんじゃないの。

満足に遊ぶこともなく大人になって結婚して5人の子供を産んで育てて。

それがみんな結婚して落ち着いた時、遊び出したんだねぇ。

良かったねお母さん、楽しそうだったでしょ」

「そうなの。働くばっかりで生きてきちゃって、今遊ばなかったら遊びのない人生で終わ

っちゃうって、あの頃が一番シアワセだったのかな」

「その頃のお母さんって子供みたいだったでしょ。

お母さんは、あなたのこと母親みたいに思ってたんだね」

「そうかもしれない」

「お母さんがあなたに仏頂面したのは甘えだね。

で、お姉さんにお礼を言ったり謝ったりしたのは、自分も淋しさを知ってたからだね。

あなたの時はお母さん優しくなったけど、お姉さん達の時は厳しかったんじゃない」

「そうなの。それも姉に言われる」

「仕方がないさ、人間ってバカだから何事もないとそれがどんなに大事か気がつかない

んだよね。あなたの大事さにお母さんが気がついたようにお姉さんの誰が病気になっても

お母さんは守ろうとしたのにね。

だけど、あなただって、病気で辛かったでしょうよ」

「でも、みんなが心配してくれて、私はシアワセだわ」

 

 その時、美咲の胸に来たものがあった。

それは、

『あんたでよかった。あなたが娘でホントに良かった。

ありがとう。ホントにありがとう。

私は私の人生を送ることが出来てホントにシアワセだった』

という嬉しさで胸がキュンとなるような、せつないような感覚だった。

 あっ、これがお母さんの気持ちか!と思った美咲はそのまま彼女に伝えた。

 

「私で良かったんですか?」

「もう分かってるでしょうよ」

「ええ」

「良かったね。

この気持は、お姉さんたちも同じ」 

「今度姉達と会う時、今までとは違う気持ちで会える気がする」と彼女は言った。

 

 その子は、小学校に入った頃、夜寝る頃になると白いモノが来て怖いというので母親

(祖母)が事実を教えたという。

その子を残して旅立った母親の思いはどんなだったのだろう。

「一人前に反抗期もやったりして、今は家庭を持って孫を連れて遊びに来るのよ」と

嬉しそうに彼女は笑った。

 

 美咲は思う。

家族って不思議。

 それぞれが、かけがえのない存在で繋がっている。