嫁

 

「嫁って難しいわ」という御仁が居られた。

「そうなんですか」と答えた私は、その人にあまり良い印象を持っていなかった。

ちょっと見栄を張るお鼻の高い感じがしていた。

すぐムキになる、張り合う、断定的に話をする、ちょっと嘲るような笑い方をする。

ダメだぞ自分。余計なことを言うなよ。と、その場を離れようとしたのだが、

あ〜、こういう時というのは、行く手を遮るモノと事があって逃れられず何かに捕まる。

 

「嫁はタイヘン」とその人は大きくため息をついた。

仕方がない、乗りかかった船というか、船に乗る私。

「どうしたんですか?」

「兎に角気を使うのよ、気を使わなきゃならないの。

『お母さん、急に来ないで下さい』って一回言われちゃって、それから息子の家に行く

のには1週間前にアポとって了解得なきゃならないことになったのよ。

それも、嫁に直接じゃなくて息子に連絡して息子から返事が来るんだけど、嫁がオーケー

出さなきゃ息子の家に行けないのよ。

どー思う?」

「お宅は息子さんだけなんですか?」

「娘も居るけど、娘はいいわ。喧嘩ばっかりしてるけど気を使わなくて、婿も気を使わ

なくて、男っていいわね。さっぱりしてて」

「あー、お嫁さんは“今の”あなたのこと好きじゃないんですね」

「えっ、そうなの?」

「ええ、何でだと思います」

「どうして?こんなに気を使ってるのに」

「あなたが、人によって態度を変えるからですよ。

きっと、嫁と婿では態度も言葉も違うんじゃないですか」

「あー」

「あと、比べるからじゃないですか。

男はいいわ、女は難しい。って、そうなってるのは、自分の対応が違うからだと思った

ことはありませんか?」

「んー」

「そして、気を使ってるつもりでも、本当の気遣いはなかったんじゃないですか?」

「どういうところが?」

「急に来ないでください。って言われたってことは、急に行ったんですよね」

「だって、それまで時々掃除洗濯して面倒みてやってた息子の家なのよ」

「でも、結婚したらお母さんとは別の家庭が出来たってことですよね」

「だって、娘の家に行くのに連絡なんか取っていないわよ。

嫁も娘になったんだから娘と同じだって言っているのよ」

「でも、嫁は嫁で、娘は娘。ですよね。

それに、娘さんお母さんが突然来ることに何か言ってません?」

「そりゃ、文句言う時もあるけど、親子なんだから」と言うのを聞いて、

あ〜、今のこの人では、子供たちは大変だろうな。と思う。

「あー、分かった。

娘さんに、自分とは別人格の一人の人としてリスペクト気遣いをする訓練をしたらいい

と思う。

そしたら、嫁さんと上手くいくようになる気がする。

娘さん本当は、お母さんが急に来ること嫌かもしれないですよ。

でも、育てて貰ったんだから我慢しようって思っていたらどうします?

よく、この親じゃ子供は大変だろうなって思う人がいるけど、自分が我慢されてるって

気が付いていないだけなんですよね。

誰にでも同じ敬意を持って領域を守って付き合うことが出来たら、人によって態度を変

えたり、特別に気を使う必要はなくなるんじゃないかと思うんです。

そしたら、誰とでも疲れない良い関係になると思うんですけど」

 

彼女が自分の子は自分のモノだと勘違いしていたのを、例え親子夫婦、兄妹、友人

知人、教え子など、どんな関係にあっても、敬意を持ち他の領域に入らないと気が付い

たら、血が繋がっていようがいまいが、みんな同じ対応が出来るようになると思う。

 

「あと、あなたが裸になっていないからお嫁さんも裸になれないんじゃない?」

「どういうこと?」

「お宅にお嫁さんが来るとなると家中ピカピカにしてない?」

「そりゃ、だらしない所はみせられませんよ」

「それを見ていたら、お嫁さんもだらしない所は見せられない。ってなると思いません?

馬に水を飲ませたかったら、先ず自分が飲め。って聞いたことあるんですけど

相手にリラックスして欲しかったら、先ず自分がリラックスする。

心開いて欲しかったら、自分から心を開く。

挨拶は先にした方が勝ち。って言いますよね。

心開いて、こっちからリラックスして、挨拶して、弱み見せて、弱みのない人なんて

居ないですもんね。

それで、心開けない人は、今はまだその力がないんだな。ってその場を見送る。

 でも、そうしたら何か進展がある気がするんです。

なぁーんちゃってね。

自分は出来ていないのに偉そうなこと言ってごめんなさいね」

「いえ、何だか考えが変わった気がします。何かが見えた気がします。

まだ、頭がまとまらないので、ゆっくり考えてみます」

 

 こういうことを言う人(私)に会ったのは、初めてだと彼女は言った。

 

この人は、こういう人なんだ。って、決めつけないように心掛けている。

それは中々出来ないでいるんだけれど、そうしようとすることは出来る。

 

人は、自分の鏡となる。

固く意固地になっている時、同じような人と出会いぶつかる。

意固地になる、ムキになる、決めつける、押さえつけたい、言う事をきかせたい、分

からせたい、自分の力で何とかしたい自分が、自分は正しいと踏ん張っている。

 そんな自分が、鏡に映し出される。

 

 きゃー、怖い!

怖いのは、誰でもない、気が付かずにいる自分の中の    オバケ。