珠理12(息子)

 

 初夏―!という感じに突然突入した、ついこの間はコタツが嬉しい感じだったのに。

あの日も身体が冷えて暖房を入れて店を温めている所に、あの姉妹が来た。

 

 二人はカウンターの端に座り何やら話していたが、珠理に興味がある様子でチラチラと

目線を送ってきた。

 こういう時の珠理は、気が付かない振りで別のお客と話していて突然グイと目線の前に

立つ。立つというか、焦点を合わせてその目の中に入り込む。

 仕方がない、相手が仕掛けてくるんだから。

珠理は、来るもの拒まず去るもの追わず。の主義。

 だから、自分から誰かの所に行くことはしない。

 

「今日は、東北の方まで行ってきて疲れちゃった」と二人は話し出した。

「ねぇ、行ったら今日はお婆さんの調子が悪いからダメだって断られちゃって疲れ倍増

よね」

 と言う二人は結構年が離れていて珠理は最初姉妹だとは思わなかった。

二人ともキレイな顔をしていたが、姉は太っていて妹は痩せていた。

「お婆さんって、親戚か何か?」と珠理は聞いた。

「ううん、霊能力者」

「ふーん」

「あたし達悩みがあってそこに通ってんのよね」とエステに通うかのように妹が言った。

 

悩みって何だろう?と、悩みの内容でなく、悩みという意味について珠理は思う。

 悩みというのは、悩むような事実があってそこに心が囚われ不自由になっている状態

なんじゃないか。と珠理は思う。

 しかし、悩むような事があってもそこに囚われ留まっていなければ不自由でないから

悩まない。ということになるんだろうな。と。

 

「あたし達、運が悪いのよね」

「そうなの、次から次へと悪いことばっかり起きるの」

「そうなんだぁ」と珠理。

「そこのお婆さん、当たるのよ」

「へぇ」

「予約でイッパイなんだから、で、今日は予約取れたっていうから2時間以上も掛かって

そこに行ったのに、出てきたのアレ孫かなんかだよね、

『今日は先生の調子が悪いからダメです』って、門前払いだもんね。それはないよね」

と姉は半分は妹に向かって言った。

「当たるんですよ、そこ」と妹。

「占いって、当たればいいの?」と珠理は聞いた。

「そうじゃないんですか?」と姉。

「ふーん、当たったからって何なの?

ゲームじゃないんだから、当たるとか当たらないとかよりそこで自分が何を考えてどう

やっていくかってことの方が大事なんじゃないかと私は思うけど」

と珠理は言ったが、二人は首を傾(かし)げている。

 そして、

「私は飲み屋をやってるんだけど、変なのばっかでロクな客が居ないのよ。

妹も一人で子供育ててるんだけど、心の病気でどうしたらいいか分からないのよ」と姉が

一気に話し出した。

「ふーん、ロクなお客さんが居ないの」

「それどころか、閑古鳥でもう店じまいかって話よ。バブルの頃はやけに景気が良くて

散々無駄遣いしたんだけど、あの頃もうちょっと貯めといたらこんな苦労しなくてすん

だのに。軽く見積もっても家一軒分じゃきかないわね。

それを考えると悔しくて後悔でイッパイになって、どうしたらいいか分からないの」

「図々しいねぇ、食べるだけ食べて、遊ぶだけ遊んで楽しんだのに終わってしまったら

やらなきゃ良かった。って?悩みの原因はその思考回路かもね」

 

珠理の所に悩みを打ち明けたり相談をして来る人が多い。

辛いことがあってどうしたらいいですか?と聞く人に当たり前のことをやらないで違う

事をしようとしてる人が多い気がする。

 

「その時は楽しかったんでしょ?」

「ええ」

「いい思いをしてワクワクして暮らしたんでしょ?」

「はい」

「そしたら、そのいい思いを励みに元気に仕事したらいいんじゃないの?」

「でも、やる気が出ないんです。どうしてもやる気が出ない時って、どうしたらいいん

ですか?」

「んー、そういう時は機械的にやったらいいんじゃない?

時間が来たら店に行って、掃除して何か美味しいモン作ってお客さんが来るのを待つ」

「でも、店に行きたくないんです。お客と話すのも嫌なんです」

「じゃあ、店閉めるか」

「それじゃ、食べていけないんです」

「そっかぁ、じゃあ、お店に好かれるようにしようよ」

「私、お店に嫌われてますか?」

「うん、ゴチャゴチャで汚いし、人の居場所がない。物理的に場所がないってことじゃ

ないよ。居心地が悪いの落ち着かない」

「どうして分かるんですか?」

「大体想像つくじゃない。

でも、人の居心地を良くするのって、他人の為にやるんじゃないと私は思うよ。

綾戸智絵ってシンガーが言ってたけど、ステージに立つ自分は風だって、

そしてお客さんは洗濯物。なんだって。

風である自分の姿は、自分に見えないけど、歌という風を吹かすことでお客さんという

洗濯物が揺れるのを見て自分の存在を知るんだって。

そして、洗濯物が乾いていくのを感じて自分の気持ちが晴れていくんだって。

あなたさぁ、生イワシの安いのなんかが市場で出るでしょ、一箱何百円とかでさ。

それをさ、指で頭とハラワタ取ってさ、塩コショウして小麦粉付けて一匹ずつラップに

包んで冷凍しとくのよ。

で、お客さんが来たら『これ閑な時に作っておいたんだけど、サービスね』ってジュって

揚げて、揚げたてを出してごらんよ。

お客さん喜ぶよ。それって、サービスでタダだから喜ぶんじゃないんだよね。

自分を待っていて受け入れる場所がある。って、掛け替えのないことなんじゃないかな」

「スゴイですね。そんな事考えたこともなかった」

「計算を捨てて真心で生き始めたら、心が軽くなっていくと思うな」

「あと、この子の子供が引きこもりで、拒食で心配で見ていられない時はどうしたらいい

んですか?」と姉が妹に目線を送った。

「どうしたらいい。って、答えはあるけど、決まったモノはないし一つではない」と

珠理が言うとまた二人は首を傾げた。

「それはどういう意味かっていうと、何にでも答えはあるけどその都度全部違う。

目の前の子供をちゃんと看て、ってジロジロ見るってことじゃないよ。逆に目を瞑(つぶ)

った方が観えることもある。気で感じる。共鳴してくって感じかな。

そしたら、答えはその子の中にあるんじゃないかな。女の子?」

「はい」

「で、あなたは男の子だね」珠理は何となくこの人の子は男の子だ。と思って言った。

「いえ、男の子は居ません」

「ねー、こんなもんなんだよ占いって、取り敢えず何か言えば半分は当たるんだよ」

と言った時、珠理の背中がピリピリじーんと痛くなり

「イテテ、イテテ。背中吊ったかな」と言った。

そして、「じゃぁ、占い“なんて”やらない方がいいんですか?」と2人が言いだした

のを聞いて、

「え〜、今まで頼りにしてきた占いに今度は『なんて』扱いかい。

そういうのを恩知らずで失礼っていうんじゃないの。

イットキは、占いで助かった、占いが助けになった時があったんでしょうに?」

「えぇ」

「でも、当たったりいいアドバイスになったからって、スガリ始めたんじゃないの。

アタシ思うんだけど、何でも自分の力ではどうにもならない時、イットキの避難所として

拠り所にするのは必要なことだと思うんだけど、縋(すが)っちゃダメな気がする。

縋ると、自分の足が萎(な)えて、自分で立てなくなちゃうもん。

若しかして、今回その人と会えなかったのは『もう自分の足で立ちなさい』ってこと

だったのかもしれないね」

「そうなんですか?」

「アタシはそういう気がするけど、自分で考えてみなよ。ちゅうか、気に聞くといいよ。

どんな気がする?」

「何時までもこんなことやってちゃダメな気がします」

「ほら、気が教えてるじゃん。

私は、もう時間と労力掛けてそこに通うより、今の仕事とか生活に目を向けてちゃんと

生きることを始めたら大丈夫な気がする」

「でも、やる気が出ないんです。ちゃんと出来ないんです。生きてるのも嫌なんです。

そういう時はどうしたらいいんですか?」

「んー、アタシも生きてるのがどうしようもなくなった時があったんだよ」

「えー、あなたみたいな人でもあったんですか?」

 ワシ、どんだけ強そうに見えとるんじゃろ。と珠理は思う。

「あったんだよ。どうしようもなくなって、その時に死にたいとは思わなかったけど、

というかそれは意識に入れないように気持ちをフリーズ、凍結していたんだと思う。

体重が今より10キロ位減って35,6キロになちゃったんだよ」

「どうやって戻ったんですか?」

「だから、一番酷い時は、フリーズして時をやり過ごして、少し動けるようになったら

何も考えないで目の前のことをたーだやったね。

雑巾がけでもお茶碗洗いでも、草引きメダカの卵採り。あっ、アタシメダカが趣味なのね」

「へぇー」

「兎に角、フリーズの時期を過ぎたら訓練かな?」

「訓練って?」

「だから目の前のことに心を向ける訓練だよ。

ちゃんと目の前のモノを見て、ちゃんとやる。

最初は何も考えないで、冷蔵庫の中のいらない物を捨てて、これが期限切れの物でイッ

パイだったんだ。それから、庫内をよーく布巾で拭いて、容器を見やすく並べる。

台所に座り込んで床とかシンクのドアとか拭いて磨く。

草を引く。やる前って、こんなにイッパイ出来るかな?と思うでしょ。

だけど、やってるうちに、やるのは自分だけど結果的に出来るかどうかは神様が決める

んだな。って気がしたの。

あの辛い状態の半分は、何でも自分の手でどうにかしないといけない。って思い込んで

いたからからだったんじゃないかな。って」

「…」

「今、やれることを、出来たら心を込めて、それが出来ない時は、たーだやったらいい

んじゃなんじゃないかな」

「そうかぁ」と妹が言った。

同じに見えてもミンナ違う。答えは、その時目の前にある気がする。

 

 漫画喫茶の横に置かれている雑貨を買っていきます。と2人が言うので、珠理は

「本当に欲しいなら買ってもいいけど、余計な気は使わないでね」と言い側を離れた。

 帰り際に姉が「アリガトウございました。元気が出ました。また来てもいいですか」

と言ってきた。

「どうぞどうぞ」と言うと、

「また話してもらえますか?」と言うので

「何時でも話しかけてごらんよ。カンナッカラに火がふったかったみたいにいくらでも

喋るから」と言うと「ふふ」と笑い、

「あの、ウソ付きました。男の子が居ました」と言った。

「ん、幾つで?」

「19歳の時に車の事故で後ろから飛び出して背中から落ちて即死でした」

「そっか、彼はあなたを心配してるんだね」

「心配してますか?成仏してませんか?」

「ん、よく分かんないけど、あなたの中の彼はまだ自由になってない気がする。

あなたが、自分の生活に戻って仕事でも趣味でも夢中になって、彼のことが頭から離れ

た時、彼は自由になるんじゃないかな。

分かんないけど、あなたの心が青空のように晴れた時が、その時かな。

もう、あなたが自分と彼を許して、自由になる時なんじゃないかな。」と珠理は言った。

 雲一つない青空が見えた。

 

 

 袖擂(す)りあう合うも、袖振り合うも、他生(他で生きた)

多生(何度もこの世に生まれ変わる)の縁。

 縁あって夫婦になり、親子、兄妹になり、愛、情に絆(ほだ)され結ばれ、縛り合う。

生者必滅会者定離。生きている者は必ず滅し、出会いし者は離れる定めなり。という。