珠理9 悪霊

 

 そういう話はなるべくしないように気を付けている。

そういう話っていうのはどういう話かっていうと、霊だの占いの話だ。

それは、面白がったり、怖がらせたりするためにしてはいけない気がするのだ。

そういうことは取りたてて話すもんじゃないと、珠理は思っている。

 なんだがぁ、そういう話が来る。

 

「珠理さん聞いてくださいよ」

「なに」

「あたし最近怖くて仕方がないんですよ」

「なにがぁ」

「この間、友達が、っていってもそう仲良くないんですけどね。

その人の知り合いですごく占いが当たる人がいるからって、連れて行かれたんですね。

そしたら、あたしの肩の、ここん所に」とふっと斜め後ろを振り返って、

「おー、やだやだ」と自分を抱く形になって二の腕を擦り、

「ここに悪い霊が付いてるっていうんですよ。

珠理さんには見えますか?」

「見えない」

「あー、良かった。見えませんか。じゃ、何も居ないですよね」

「分からん」

「じゃぁ、居るかもしれないんですね」

「そうだったら何なの?」

「だって、怖いじゃないですか」

「何で?」

「何でって、それが憑いてるからあたしの人生失敗続きだったんだ。って言うんですよ」

「へぇー、失敗続きだったの?」

「珠理さん知ってるじゃないですか、離婚したりして一人で子供育ててるの」

「それって、失敗なの?」

「普通、世間の人は私みたいなのを失敗したって、人生の落後者だって言うんですよ」

「そんな思い上がった、人の表面で決めつけて話す人の言葉を真に受けるの?あなたは」

「だって、言われるのがあたしだけならいいですけど、子供が可愛そうじゃないですか、

何も悪いことしてないのに」

「じゃあ、あなたは、何か悪いことをしたの?

それに、何よ悪いことをした人には、失礼なことを言ってもいいっていうの?」

「そうじゃなくて、あたしの今までの人生がうまくいかなかったのはその霊のせいだって」

「なーに言ってんだか。

その何かあったことを誰かとか何かのせいにするっていう考え方が、悪霊そのものだと

あたしゃ、思うぜ」

「じゃ、あたしが悪霊ですか?」

「そうねぇ、あと、その占い師も」

「やっぱり、何か気持ち悪かったんですよね。

どうすればいいですかね」

「どうすればって、自分がシャンとする以外に道はないんじゃない?

怖い怖い。って怖がってばかりじゃなくて、腹に力を入れて覚悟を決める」

「あたしにとって一番苦手なことだわ」

「それに嫌なことにはお知らせがあるとあたしは思うんだよな」

「どんなお知らせですか」

「だから、それが自分で考えて自分の足で進みなさい。ってことなんじゃないかな。

その考えがマトハズレなことになると悪霊のせいだとか、誰かの怨念だ。なんて

始まっちゃうんだよね」

「そこんとこが、よく分からないんですよ」

「分からないなんて言って迷っていると、次にお祓いをしましょう。なんて付け込んで

くるからね」

「そう言われました」

「やっぱし、でも、あなたは本当の意味でのお祓いが必要な時なんじゃないかな」

「どうしたらいいですか?」

「先ず、人のせいにしない。最初、『連れて行かれた』って言ったでしょ。

子供じゃないんだから、自分の意志で行ったんでしょ。

そして、何でも鵜呑みにしないで自分で考える」

「それが出来ないんですよ」

「出来る出来ないんじゃなくて、やる努力をする。

騙された、いいようにやられちゃった。って話、何度も聞いてきたけど、それを選んだ

のも、許したのも、行なってきたのも、あなた自身だよね」

「はい、そうです」

「あたしは、完璧な人間は居ないんじゃないかと思ってる。だから、生きて修行をして

るんだと思う」

「あたしもそう思います。あたしなんて人一倍大変な修行をさせられてる感じ」

「そうかな、修行は人と比べられるものじゃなくて、人それぞれにギリギリ背負える

荷物を背負って生きる運命なんじゃないかと思うけど」

「じゃ、あたしはガタイもいいけど強いから背負わされた荷物も大きいんでしょうかね」

「んー、あたしはあなたの荷物がそう大きいとは思えないけど、まーいいや。

兎に角、いくら大変でも自分で乗り切れる力が、後押しも含めて与えられてるんだと

思う。

だから、そこんとこは安心して、自分のやるべきことを行う。

それは何かっていったら、自分で考える。自分で決める。人のせいにしない。人の話を

鵜呑みにしない。臆病にならない訓練」

「それが一番大変なんですよ」

「だから、それが試練なんじゃないの?

あのさぁ、ガンジーが言ったっていう

『臆病な者は愛を表明することが出来ない。愛を表明するとは勇敢さの現れである』って

勇敢に生きたいよね。それって自分の中の臆病と戦うってことじゃない」と、

絵本“もちもちの木”を思い出しながら言うと、

「あー、難しすぎてあたしには無理無理」

「でも、まぁ、怖がる方にエネルギー使わないで地に足付けてしっかり進む方に使った

らいいんじゃないのかな」

「そうですね。頑張ります」

 

 人生に失敗ってあるんだろうか?  と、珠理は思う。

 

今までにあったことの全てが、今までに自分がやってきたことが、今の自分を作り、

今ここにこうしている。

 嫌だと思う事や辛い事と、嬉しい事良かった事は、繋がっているというより

一緒の事で、切っても切り離せない。

 そのどれ一つが欠けても、今の状況と今の自分はない。

懺悔しても悔やんでも悔やみきれない過去があったとしても、

今を受け入れて初めて、次の自分への切符が手渡されるんじゃないだろうか。

 

「結婚なんかしなければ良かった」と言う彼女に、

「もしそうだったら、子供にも出会えなかったね」と言うと、

「それは、ダメだから、やっぱ大変なことがあっても、離婚しても、結婚してよかった」

と優柔不断の彼女が、キッパリ言った。

       ダヨネェー。と、珠理は思った。