ボッタクリバー

十二、三年程前の話だ。

まだバブル景気に浮かれていたその年の暮れ、東京でやすしの友人の結婚式があった。

結婚式には、招待された仲間たちが、地方からも集ってきた。

やすしとその仲間たちの年齢は皆二十代、時代も年頃も血気盛んな時だった。

結婚式の二次会は、夜に“船上パーティ”が予約されていた。

豪華客船を貸し切っての値段は百万円だったが、見ず知らずの若者が百人集められた

パーティの会費は一人一万円になった。

大した食べ物は出ていなかったが、ビールやウイスキーは飲み放題で、皆食べることが

目的ではないし結婚式の終わった後で、それくらいが丁度であった。

 しかし、期待していた可愛いオネエチャンとの出逢いはなく、十時には船から降りなけ

ればならない。

皆不完全燃焼で、結局、夜の盛り場へと繰り出すことになった。

やすしの仲間は、移動するに連れて一人欠け二人欠けして、その店にたどり着いた時に

は、いつもの四人になっていた。

そのうちの一人、正樹は県警の取り締まりの方に勤務している。

その正樹が酔っぱらって「実地検査のためにここに入ってみっぺ」と言い出したその店は、

ボッタクリで有名だというバーだった。

堅実なマコトが、「危ないから止めっぺよ」としり込みすると

「大丈夫だ、金なら俺に任せとけ!」と胸を叩いたたのは、会社の二代目で飛ぶ鳥落とす

勢いの竜也だった。

 竜也は、結婚式が始まる前に

「今日はめでたい日だから記念に腕時計を買いに行くんだ」と言ってきかず、

正樹とまこと、それに俺を引き連れて銀座に行った。

電車の中で早々とビールを開け、顔を赤くして酒臭い息を吐く竜也は、有名ブランドの

その店には、明らかに場違いであった。

「コレ、見せてみろ」とガラスケースの中にある時計を指差し、仕立ての良いスーツを

きた店員に怪訝な顔をされると

「イナカモンだと思って馬鹿にしてんだな!金なら持ってつぉ!」とブランドもんの

パンパンに膨らんだ財布を取り出した。

 俺は、(あー、その台詞と今やってることが、イナカモンそのもんなんだよ)と思った。

竜也の財布には、ボーナスで貰った何百万かが、十枚ずつにまとめられて入っていた。

六十三万の時計を買ったが、店員の態度が気に食わないからと、竜也は三十六万の時計も

その金で買ってみせた。

やすしは、(気に食わないなら何で買うかなー)と思う。

しかし、竜也はそういうヤツである。

「やすし談」

結局んとこ県警の正樹、まじめのマコト、二代目竜也、それにオレの四人で、その

バーに入ったんだ。

入った瞬間、オレは、ヤバイと思ったね。

絶対、一人では入っちゃ駄目な所だね。何てたって雰囲気がおかしい。

キレイなオネエチャンが居たけど、そんじょそこいらのオネエチャンとは、格が違う。

酒も高そうな銘柄のもんが、ずらっと並んでてよ。

入り口で三千円ポッキリだつって誘われたけどよお、(そんな筈あるかー!)って感じだ。

そのうちみんなの横にはキレイなオネエチャンが座っちゃって。

フルーツなんか、ケーキかメリーゴーランドのように飾りたてられて、何時ものリンゴ

じゃなーい!

そこで、マコトは、びびりまくって固まっている。

竜也は、前かがみになって、上目使いでガンを飛ばしているんだか、観察しているんだか。

正樹は、ソファーに寄りかかってニヤケてたけど、辺りを観察しているみたいだったな。

俺はといえば、まあ命までは取られないだろうし、正樹と竜也がいるし何とかなっぺって

心配してはいなかった。

 一時間位居たかな?

「さあそろそろ帰っか」つって会計を頼んだ。

さあ、そこで、幾ら請求がきたと思う?

ん?四人で飲んだ酒は、ウイスキーの水割り二十杯も飲んだかなあ。

それに勝手に出てきたフルーツ、勝手に隣に座ったオネエチャン。

さあ、幾らだ!?ああ、あとお通しの乾きモンがあったな。

 請求額は、八十六万何がしだったよ。

はあ?!の世界だよな。

「なんじゃこりゃ!」って先ず竜也が言った。

「これは、ちょっと…」って正樹が言って。

それで、オレラは別室に連れて行かれたんだ。

竜也には、しゃべらせないようにして

「そんなにお金持っていないんですけど」って正樹が言ったら

「こちらで朝までお待ち下さい」って黒い服を着た男が言って。黒服は3人居たかな。

「朝になればお地蔵君が動きますから」って男は低い声で言うんだ。

ん?お地蔵君ってのは、免許証で二十万まですぐに金を貸してくれるトコロだよ。

つまり、一人二十万の四人で八十万、それにオレらの財布に六万位はあるだろうって踏ん

での請求なんだってぺな。

 ああいう人つうのは静かだけど、只もんじゃねえ凄みを漂わせてんのが三人で、

「どうぞ、お泊り下さい。朝までお付き合いしますよ」つうんだよ。

そしたら正樹が、

「泊まってしまうと仕事に支障をきたすんで、ちょっと電話を掛けさせて下さい」って

言ったんだ。

そしたら、ここで掛けろって電話を持ってきて電話番号を聞いたんだ。

警察にタレこまれないように見張るんだな。

電話番号を言うと、明らかに緊張が走った。そりゃそうだろう警察だもの。

「何でここに電話するんだ!?」って男が聞くと。

「いやあ、僕ここに勤務していて、ここに泊まることになったら明日の勤務に差し支える

もんで、連絡しておかないとマズイことになるんですよ」

そんでもって、ダメ押し「警邏隊の鬼沢さんを呼び出してもらえますか?」って、

鬼の鬼沢つったら、そっちの道では知らない人は居ない。

その名前を出したら、途端に男達の顔色が変わったね。

「ちょっと、失礼します」って一人の男が別の部屋に行って戻ってきた。

そんで「あのー、今日はもう結構ですからお帰りください」つうんだ。

「いやあ、金がねえから帰れねえなあ」

「いえ、御代は結構です」

「いや、そんなわけにはいかめえ。飲み食いしたんだからよ」

って、ちょっと押し問答があったんだけど、結局帰ることになったんだ。

オレもいささか興奮してたけど、竜也なんかもう納まりがつかない感じで。

「俺も男だ。飲み食いしてタダっつうわけにはいかねえ。少ないが取っとけ!

一人二万なら文句ねえべ」って財布の中身見せびらかしながら八万円も払ってやんの。

外に出たら雪でも降りそうに冷たい風が吹いてたんだけど、俺たち熱くなちゃってて

喧嘩なんか吹っかけてくるヤツがいたらヤバイ状態だったね。

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