不思議5美咲、ウロウロ日記(友達)

 

 妙は、美咲から見ると金持ちオーラがあった。

それは、金持ちといっても成金ではない何処となく気品を感じるものだ。

 どうしてなのかと美咲は分析した。

美咲の趣味というか、生きる根本にあるのがこの分析だ。

 美咲は、スベテに於いて腑(ふ)に落ちない、納得がいかないということが絶対に

嫌だ。

 不思議だと思うことから当たり前だといわれることまで、自分の心で一旦納得したい。

分からないなら分からないでよい。分からないんだ、ということを納得したい。

 

 で、妙のどういう所が金持ちオーラなのかと考えた結果、出た答え。

妙は比較をしない。こっちの方がキレイだとか高いという値踏みをしない、今を楽しむ。

見せびらかしをしない。グチを言わない、どんなに大変なことが起きていても悠々と

している。(ように美咲には見える)

 それは、妙の血縁者である家族にもない要素で、妙の兄も母親もコセコセしているし

結構金持ちだと思うのに、何時もお金や生活が大変だと言っている。

 妙は、自分の好みに忠実で欲しいモノは買い、欲しくないモノは買わない。

これは、美咲も同じで、だから二人は普通の人が持っていないものを持っていて、普通の

人が揃えておくものを持っていない。

 時間の使い方も、二人とも自由なので優雅に見えるらしい。

自由というのは、人目を気にしないで自分のペースで生きているということで、夜に

働いたり、朝や夕方に風呂に入ったり、空いた時間に海を見に行ったりする。

 夕焼けを見ながらワインを飲んだり、毛布の包まって夜景を見るのも楽しい。

美咲は妙の家に行くと、玄関周りに飾られたり植えられた草花や置物にいつも感心する。

 大きい家でないのに、なぜか広々として優雅に見える。

妙は、白い花びらの形のカップとトレーに薫り高い紅茶と珍しいお菓子を出してくれる。

 テーブルにはクロスが掛けられ、庭に咲く花によってテーブルの場所は移動され、

風の通りやお日様によっても移動される。

「でもね、兄貴とか母親が来た時はこのテーブルも器も使わないんだ」と妙は言う。

「どうして?」

「だって、『金もねえクセに優雅な暮らししてんじゃねえ』って言ってきて、

『こんな夢見てるみたいな暮らししてるから人生に失敗すんだ!』って言い出すのよ」

「へー」

 妙がグチをこぼすのは、自分の領域に誰かが踏み込んで来た時だけだ。

父親が亡くなった時、妙の生活は大変だったが、兄の出した書類にろくに目も通さずに

印鑑を押した。

「親の財産は、自分にとってはなかった筈のものだから」と妙は言った。

 

 妙は、時々「うげ!」とか「うおー」とか言うことがある。

それは言葉にならない声で強い濁点(だくてん)がついた音だ。

 最初の頃は、妙がその声を出した時に良い感じがしなかった。

ハッキリ言って嫌な感じだった。

 美咲は分かった風に話す人と評価する人がキライだ。

「これは〜なんですよ」「人は生かされて生きているのです」「それは修行なのです」

「人生に無駄はないのです」「その苦しみにも意味があるのです」「そうなるには、そう

なるだけの意味があったのです」「やっぱり、そうなると思ってた」「当たり前よ、生き方

が悪いのよ」などという話し方をする人とはお近づきにならないことにしている。

 美咲自身にもその要素があることは分かって、そうならないようにと気をつけている。

妙の濁点の声は、気がついてしまったことを祓(はら)う呻(うめ)きのような感じが

した。

 これは、説明のつかないことで、霊感があるとか何かが起きているとワクワクしながら

分かったつもりで話す人とは、別次元のことだと美咲は思う。

 妙と美咲は、その辺にウヨウヨしているオドシと金儲けの霊感商法まがいのことを嫌悪

する。

 ワケの分からないことを、ワケも分からずただ恐れることは愚かだと思うが、畏敬の念

を持たないで生きる人は恐ろしい。

 そうした人になのかワケの分からない何かを、妙は感じる。らしい。

妙は小さい時から我慢強い子だった。

 過保護な程手を掛けられて育った兄とは対照的に、自分のことは自分でして、何を

決めるのも行うのも自分でしてきた。

 仕事で忙しい母親に学校でのことを話したこともなかった。

イジメにあっても何かで誉められることがあっても、妙にとってはそう大したことでは

なかった。

 妙は美咲と話すことで、初めて感じる黒いモノのことを明かした。

それは、学校の先生だったり浮浪者だったり、近所の勤め人や彼女の家に来る民生員の

男だったりする。

 妙は、それを物心ついた時から感じてきた。

 

彼女が母子家庭になって、民生員の男(60過ぎ)が見回りに来るようになった。

その男がどうしても嫌なんだと、美咲に言い出した。

「どうしてよ」

「分からない。気持ち悪いの」と妙は言ったが、その頃はまだ美咲にスベテを話しては

いなかった。

「この間もこっそりウチを覗いているのを見て怒鳴りつけてやったんだけど。

ウォー(濁点)、なんか、あいつ、やらかしてると思う」と顔を歪める妙に美咲は、何を

そんなに騒いでいるのだろうと思った。

 そして、暫くして、その男がボランティア活動で施設の付き添いに行き知的障害の娘を

妊娠させたことを知る。

 それは、闇から闇に葬られ明るみに出ずに終わっていた。

何故か、美咲の所へは闇の話が入ってくる。

それを聞いた瞬間、その不埒(ふらち)な男に対する怒りと同時に

(あー、これを妙は言っていたのか)と、美咲は思った。

 

 妙が小学校の高学年の時、知的障害で発育のいい女の子を一番後ろの席に座らせて身体

を触る男教師がいた。身体の大きかった妙はそのすぐ横の席に座っていた。

 何故か妙はそういう現場に居合わせることが多い。

その教師にも黒いモノを感じていたという。

妙は寡黙(かもく)で口が堅いので、簡単に喋らないと信用されるのか、それとも

馬鹿にされているのか分からないが、陰湿なイジメをした同級生は、今何事もなかった

ように妙に話し掛けてくるという。

 美咲は妙と話していて、人の道を外れているモノ、外道のニンゲンの話になると

「ゲー、コエ−(濁点)」と自分も言うようになった。

 

 妙は、何があったのか塾の先生を辞め、保養所に勤めるようになった。

美咲は、妙が自分から話さないことを聞くことをしない。

 その保養所は、オーナーが内縁の女に管理させているという噂だった。

「何で、こういうトコに入っちゃうんだろうな」と妙は言いながら、

小競り合いの堪えない、管理体制の出来ていないそこの職場で働くことになった。

 そこは、常に連絡ミスが起き、揉め事が起きている。

妙が言うには、ミンナが返事と確認をしないからだという。

「〜、お願いします」と板長に言う。

いつものことで、返事がない。

「あのぉー、分かりましたかぁ」と妙が遠慮しながら確かめると、

「何度も言うな!」と板長は怒鳴る。

次は、返事がなくても確かめない。

 すると、注文が届いておらずお客が待たされ大問題になり、妙が注文を忘れたことに

なる。

 

受付に「〜の予約入れておいて下さい」と言う。

「はい」と内縁の女は言うが、ちゃんと予約表に書かない。

そして、案の定予約が入っておらず大騒ぎになる。

その失敗の犯人は妙ということになる。

 宴会の予約が急に入り誰も来ていないので、早く出勤していた妙が準備をしていると

内縁の女が来て、

「後は私がやっておくから事務所の片付けをしていて」と言う。

 妙が事務所の片付けをしていると、みんなが来て宴会の準備を始めた。

そこにオーナーが来て、「ミンナで準備をしているのに何を考えているんだ」と

妙に向かって声を荒げた。

 近くに内縁の女が居たが、知らん顔をしていた。

「あーぁ、もう面倒臭いやと思って、何も言わなかった」と妙は美咲に言った。

 責任感の強い彼女は、ミンナが知らん顔して逃げてしまうことから、逃げることが

出来ず見えない所で尻拭いをして、それが妙のせいになったりしていた。

 美咲は、それを聞いて悔しい気もするのだが、考えてみると自分も同じようなことが

あったことを思い出した。

 以前に働いていた職場で、同僚にある相談を持ちかけられた。

それを黙っていると同僚や上司から不信感を持たれることになったが、それは話しては

ならないことだった。

 自分の身を守るために他人を売るような真似はしたくない。と美咲は思う。

妙も同じ考えを持つ人だ。

 だから、相談されるのであって、そういう自分が誇らしくもある。

 

 ある時、お昼の準備が妙一人になった。

忙しくない時期で、一人でゆっくりやってくれとオーナーに言われた。

 すると、珍しく板長が厨房から出てきて

「あんた、ユッケって食べたことあっけ?」と聞いた。

「えー、ないです」と言うと、

「じゃ、作ってやっから食べてみな」と言ってマカナイに作ってくれた。

 板長が厨房に入って行くと、何か小さな影がスッと出て行った。

妙は(アチャー(濁点)と思った。

 いつも、仏頂面で返事をせず、威嚇するように人を睨み付けている人だった。

その日の夕方、板長が倒れ救急車が来た。

 3日後に亡くなったという。

 

 美咲にとって始めて気の合う、友達かもしれないと思う妙だったが、何故か美咲が

困った時に限って電話が繋がらず、彼女の家に行っても留守だったりした。

 それは、妙も同じで「人を頼るなってことなんだと思う」と妙は言い、美咲もそうだと

思った。

二人の子供が小さい頃は、仕事も忙しいのに頻繁(ひんぱん)に会っていたが、

ここ15年は年に何度も会わなくなってきていた。

しかし、美咲が妙や妙の子供の夢を見ると、必ずといっていいほど妙の家族に何か

起きていた。

 妙の家族にそんなに頻繁に何かあるわけではないのに、何故か妙のことが気になって

家に行ってみると留守で、病気で入院していたり、事故で入院していた。

 美咲に何かあった時も、「〜の頃、何かあった?」と後になって妙が聞いてくる。

 

 だから何だということもないのだが、友達っていうのも、縁なんだろうな。と美咲は

思う。

 

 彼女の母親が倒れたという話を聞いた時、妙とは1年以上会っていなかった。

「一段落したら、美咲さん。一緒に旅行、行こうよ」と妙が言った。

「えー、あたしが面倒臭がりやで出不精だって知ってるでしょうに」

「青森だよ」

「あー、行ってもいいかな」

「でしょ」

 と、親不孝な二人は言った。

 

 その話をしたのが、去年、「雪が降ったら行けなくなっちゃうね」と言ったのだが、

まだ、行っていない。

 

 husigi5.htm へのリンク