かまいたち

 麻子が 小学校四年生の頃であった。

何かというとすぐに調子に乗りパフォーマンスをする、してしまう癖があった、

そして それは今でも直っていない。

 その日は 近所の子供たちを集めて遊んでいたが 急に何か面白いことをやって見せて

てやりたくなった

子供たちは麻子より年少の子ばかりであった 同級生の中ではやせっぽちでプライドだけ

は高く その部分をからかわれるとすぐに涙があふれ声が言葉にならなくなる

それを面白がってはやし立てるやからが後を絶たないので 

学校では泣き虫アサちゃんでとおっていた。

そんな麻子ではあったが、自分より小さく世話を焼いたり面倒を見たりすることの

出来る子達が可愛くてしかたなかった。

その日、そんな麻子を慕って五・六人の子がゾロゾロと付いてまわっていた。

麻子は生垣をくぐったり 下水の溝を飛び越えたりしていたが ふと近所の物置小屋が

目に入った。

「よし アサちゃんがいいもんみせてやる!

物置は25メートル位の高さであった。

板を重ねて打ちつけられた壁に青いトタンを乗せた簡単な造りの物置。

その周りには木箱が重ねられ梯子が縄で縛りつけられ、とめてあった。

麻子は足場を確かめながら木箱に登り、梯子につかまり小屋の上にのった。

子供たちは感心して口をあんぐりと開けその様子を見ている。

屋根の上にへっぴり腰の麻子が立つと子供たちは「すごーい」と歓声を上げ手をたたいた。

さて これからが本番だ。

「見てろよ」と麻子は小屋の上から飛び降りた。

以前にもこっそり飛び降りたことがある 大丈夫だ。

 少し草の生えた石ころのない所へトタンの端に引っかからないように気をつけて 

あまり飛び上がらないで降りたらいいのだ。

 そして、見事着地成功 子供たちは又もや「すごーい」と目を丸くしている

よおしっと麻子は思った その直後だった

「アサちゃん 血が出てる!」と子供たちが言い出した

「エッ?」と指差された自分の足を見ると スカートの下に見える左足内腿の膝の上から

股に向かって赤くスパッと線が入っている

よく見るとそれは切れているようだった。

その瞬間、痛みはなかったが 麻子は恐ろしくなり傷を手で押さえて家に戻った。

子供たちがその後ろをゾロゾロついてきた。

運よく家にいた祖母が「お前は又何をやらかしてきたんだ」と怒りながらも包帯を巻き 

布団に寝かせた。

その様子を子供たちはずっと目を丸くして見ていた。

みっともない姿は見せたくないと麻子は思ったが、子供たちが見ていることが励みに

なっていつもの様に恐怖や痛みで泣き騒ぐことはなかった。

ひと段落ついて布団に寝かされると 縁側に首を並べてへばり付くように見ていた

子供たちに向かって麻子は言った

「危ないから お前らはこんなことすんじゃねえぞ」

その後頭部を祖母が思いっきり叩いた。

 

 

   ひきつけ

 麻子のうち腿の傷跡はしばらく白く残ったが、成人を迎える頃には普段は全くといっていいほど見えなくなった。

しかし酒を飲んでほろ酔い気分になると 赤い筋が浮き上がることに気づいた。

麻子は酒が大好きである。

幼い頃 一歳になったばかりの頃だと思うがひきつけをおこす様になった。

その時にぶどう酒が良いということで飲ませたのが最初だったが それをひどく気に

入って事あるごとに回らぬ口で「ぶどーしー ぶどーしー」と言って困ったと祖母が

教えてくれた。

 その当時は 幼い麻子と両親の三人暮らしで 父親の仕事場の近くに間借りしていた

そこには、麻子が四歳の時に母親が他界するまで暮らした。

父親は三十歳になっておらず まだまだ遊びたい盛りであった。

麻子が生まれてからもマージャン熱が醒めず いやそれどころか母親の関心が麻子に

向いている為に益々熱くなり毎晩のように出かけて行くようになっていた。

友達とやる賭けマージャンの金額は微々たるものであったが 

賭け事の大嫌いな母親には我慢がならずケンカのもととなった。
母親が金を賭けるのだけでも止めてくれと頼んでも 仲間もいることで自分ひとりでは

決められないと父親は言い あまりしつこいと男の付き合いに口を出すなと手を上げる

こともあった。

 父親は母親の目を盗んでも出かけて行った。

仕事で遅い日もあり毎晩のように遅く帰ってくる日が続いた。

母親はその日が仕事で遅いのか マージャンのために遅いのか全く分からなかった。

しかし麻子は、決まってマージャンで帰りが遅い日にひきつけを起こすようになった。

たびたび 母親がひきつけの話をすると父親はあてつけでそういうことを言っているのだ

ろうと言い出し、麻子の前でケンカになった。

それは白熱しあっという間にエスカレートした。

その時だった。

そばで見ていた麻子が、芋虫が固いサナギに変身するように身を硬直させ始めたのだ。

何度もそれを見ている母親は「あれあれ」と言いながら 

麻子が倒れて頭を打ったりしないように急いで抱きかかえた。

しかし初めてそれを目のあたりにした父親は晴天の霹靂である。

ただもう驚いて「大変だ 大変だ」とオロオロするばかりだった。

それからしばらくは、父親のマージャン熱は鎮火したが 何ヶ月かすると 

またいつものマージャン仲間に加わっていた。

しかし、不思議なことに麻子のひきつけはその日が最後だった。

父親に それを見せてくれたのだと母親は思った。

 

 

 酒

 そういう訳で、麻子の酒呑みの歴史は ひきつけの時のぶどう酒から始まった。

他界した母親は全く酒の呑めない人であった。

 しかしその兄弟は全員アルコール中毒の薬を飲ませようかというほど酒好きの酒豪が

揃っている。

父親も節度は守る人であるが 酒が好きで晩酌を欠かさずその兄弟達も酒好きであること

からして 麻子の酒好きは血筋であり 血統書つきのお墨付きであろう。

子供の頃から祖母がたえず作る果実酒をジュース代わりに飲んで育った。

だから成人する頃には、もう当たり前のように晩酌をしていた。

男女の関係に興味はありながらも嫌悪感が拭えない麻子であるのに、友達は男ばかり

であった、男友達と一緒にいる方が自然な自分でいられ疲れないのだ。

麻子は女を強調した格好をしたが自分が女として見られ扱われることはいやだった。

だったらなぜより身体の線を強調したタイトスカートを穿き身体に張り付くような服が

着たいのか、自分でもよく分からない。

もし胸の傷がなかったらもっと胸の開いた服を着るであろうと思う。

身に着ける物の色は黒か白それにグレー、ベージュで色物はブルーぐらいである。

ストライプのシャッが気に入っていて スリットの大きく入ったタイトスカートの

ウエストは58pなのがちょっと自慢で太いベルトをつけシャッの首にタイを入れるのが

決まりだった。

男友達は少し位年上であっても、弟分にしてしまいよく飲み屋に行った。

バックからタバコを出すと 誰かがそれに火を点ける、それが面白くてタバコは止められ

なかった。タバコは細身のメンソールかイブを吸っていた。

水割りも10杯を越すと顔が火照っていい気分になってくる。

たわいもない話をしていると 物置の屋根から飛び降りたパフォーマンスアサちゃんが

顔を出す。

「おいお前ら面白いもの見せてやるか?

「なにー?」とおかまのジュンちゃんが言うと、周りにいた男たちも興味を示してくる。

「これさあ」とスカートをたくし上げるとみんな目を丸くする。

麻子は色が白い、うち腿は特に白くそこに赤い筋が浮かんでいる。

「きれいだあー」というジュンちゃんのため息混じりの声に満足して足をしまう。

濃いすね毛は剃っていて細い足が気に入っていたが膝の形がよくない。

網タイツでミニスカートを穿いている時に

「あのー もしかしておかまですか?」と聞かれたことがあって 

それからタイトスカート専門になった。

 麻子はジュンちゃんと似ている気がする、何がといってはっきりこれとは言えないの

だが、何か通じるところがあって姉妹のように兄弟のように仲がよい。

ある時 ジュンちゃんが「アサちゃんとだったら あたし寝られそうな気がする」

と言った。

麻子も「あたしもジュンちゃんとなら大丈夫な気がする」と言ったことがある。

しかし二人とも遊び人に見られながら 傷つきやすく人のところへ踏み込むことも

しなければ 誰も自分の領域に入れることはなかった。

壊れやすいところが似ているのかもしれないと麻子は思う、そしてやくざなところが・・・。kamaitati.htm へのリンク