カレー誘拐事件2

 

 結局、夜中の2時位までエルを捜したが、とうとう見つからず家に戻った。

エルは何処でどうしているのか、どうして居なくなったのか、考えていると、本当に

エルは存在していなかったような気持ちにさえなった。

怪我でもして苦しんでいるのではないかと思うと居たたまれず、エルもまた私を捜し

てないているような気がして眠れない夜が明けた。

店を開けて仕事が始まり、品物を店先に出している時だった。

ウチの台所と化していた寿司屋のモッチャンが自転車に乗って現れた。

 ナント!

その自転車の前に付けられたカゴの中には、エルが入っていた。

 思わず「キャー」と叫んで、エルを抱きしめた。

そのエルは異様に太くなっていて、カレーの臭いがプンプンしていた。

 

 モッチャンは、

「夕べ旦那さんが来て『ウチのエルが居なくなってカミサン、必死で捜してんだ』って

言うから『旦那さんは捜さなくていいんですか?』って聞いたら、『オレのじゃねえから』

なんて強がり言ってたんだけど、

『エルが居なくなったらカミサン調子悪くなっちゃうから、ムッチャンも捜してくれよ』

って言われて気にしてたんですよ。

で、朝一でパチンコに行ったら(って、朝一でパチンコかーい)パチンコ屋の店員が黒い

犬の首つかんで表に出してるとこだったんですよ。

あれ?何処かで見た犬だと思って外に出たら、エルだったんでビックリして連れて来た

んですよ」

 イヤー、危機一髪だった。

そのパチンコ屋の目の前は車がビュンビュン走っている国道だった。

「ムッチャンお手柄で、益々ムッチャンの店に通っちゃうんじゃないの」と塚石は言った

が、「オレがムッチャンとこで話したお陰でしょ、だから、オレのお手柄じゃねえの」と

夫は言った。

 

 どうしてエルは居なくなったか?そしてパチンコ屋に居たか?とミンナで考えた結果。

エルは、見た目は真っ黒で毛づやが良く、良い犬に見える。

 しかし、異様に食い意地がはっている。のと、口臭がキツイ。

エルを誘拐(?)した人は、そこんところに驚いたことだろう。

 どう見てもあの膨れた腹は、カレー一鍋は平らげていると思う。

ミニダックスで3キロ位であるべき体重が、その時のエルは、元々太ってはいたが6キロ

近くになっていた。

 臭いのと食べる姿に驚いて、でも我が家には返さず、人の集まるパチンコ屋にエルを

捨てたんじゃないかという結論に達した。

 

 だけど、何でもいい、エルが無事に戻ったというだけで世界中がバラ色になる位、私は

嬉しかった。

 

 エルの食い意地がはっている話は何度も書いてきたが、固めるテンプルで固めた油を

食べたり、味噌ピーナツを一どんぶり食べたり、ゴミ箱を漁(あさ)ったり、道路の

動物の死骸を引っ張ってきたり、色んなことを仕出かしてくれた。

 体調が悪くてドックフードを戻しても、それを取ろうとすると歯をむき出して威嚇し

また食べようとするような犬だった。

 でも、可愛かったなぁ。

 

 その一ヶ月後、夕方に散歩していたエルは、自転車に引かれ口から血を出しながらも

店の入り口まで這って戻って来た。

 その時、あんなに犬の言葉は分からないと言っていた塚石が

「エルが『タチケテ!』って言って入ってきた」と言った。

 その時の話は、次回「犬のお灸、オマモリ」で。

 

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