毛虫

 

 ワシの仲間である塚石。

平成元年からの付き合いになるから、知り合って25年ということだ。

 こいつが、毛虫が死ぬほどキライ。

 

 ワシは、子供の時から動物や虫が大好きで「きゃー、コワイ!」なんて言う女を見ると

毛虫から見たらオメェの方が百倍も気持ち悪くて怖い存在だよ。と思ってきた。

 だから、最初に塚石が「毛虫が怖い」と言った時、シャラクセェ、オメェもその程度の

女か。と思ったもんだ。

 でも、冗談にも毛虫を持っている素振りなんかしたもんなら本気でぶっ飛ばされるし、

大事な荷物でも投げ捨てる勢いなのでかまわない(かまう=ちょっかいを出す)ように

している。

 

 ワシャ、ワシより2歳年上の三壁木星で潔い、それこそ潔さにかけては右に出る者は

居ないだろうと思われる塚石を、その点に於いてはちょいとばかし尊敬している。

 体調が不良だったり、喘息で毎晩眠れず起きあがって壁にもたれ布団を抱いて夜を明か

しても、何事もなかったかのように仕事場に現れ、何の遜色もなく働いている。

 そういった事実は全て、過去のこととなってから初めてワシの耳に入ってくる。

「でぇもねぇ、やっぱり辛かったんだろうね」と彼女は他人事のように話す。

「あの頃、美容室に行ったら『あのぉ、ご存知かもしれませんが、ここにエンケイダツ

モウがありますね』って言われて初めて気が付いたんだけど、あれってストレスでなる

って言うじゃない。あの頃ストレスで思い当たるのは喘息しかなかったんだから」

 我慢強い塚石は、言い訳もしない、自分の事は自分で決めて黙って突き進む。

一緒に居る私にもそういう要素が元々あったのか、いいな、と思うことでそこが育って

きた気がする。

 私には言い訳がましい所があった。

人に分かってもらいたい。この人にだけは知っていて欲しい。という気持ちが強かった。

 それが、全くなくなったとは言わないが、自分が知っていればそれだけでいい。という

気持ちになり、その覚悟が決まってから、ものすごく楽になった。

 

 塚石は、早とちりで思い込みが激しい。

ここもワシと似ている。

 そんな塚石に昔、ムカついたことが2つある。

塚石には嫌な思い出が殆どないのだが、この2つはちょっとばかしムカついた憶えがある。

 それは、他の人だったらムカつかないだろうと思う。何故ムカついたかというと、塚石

にだけは分かっていて欲しいというワシの気持ちがあってのことだと思う。

 

 一つは、塚石が我が家に来るようになった頃の家の中はゴチャゴチャで、ソファーに

何時も洗濯ものが山になっていた。と言った時だった。

 その頃、仕事大好きで(今も)、夕飯が終わると夜中に洗濯をして、11時位からまた

仕事場に戻り、2時3時、下手したら4時位まで仕事をしていた。

 洗濯は母親が来てやってくれることもあったが、それを畳んでいる時間はなかった。

まぁ、ワシにとっては仕事がゲームか遊びのようなもんで、面白くてやめられなかった。

ってだけなんだけど、いくら仕事大好きでも、クタクタになって疲れが溜まって来る。

 そういう時っていうのは、つまらない小さなことでもカチンと来る。

考えてみると、塚石は「あの頃、ソファーの上に何時も洗濯ものが山になってたよねぇ。

それを見て、私は畳んでいいもんだか悪いんだか。っと思ってたんだよ」と言っただけで

ワシがよく言う、事実を言っただけでそれが悪口と思うのは、それに反応する側の問題

だったんだなぁ。

 そして、よーく考えてみると、そういうこと(相手が気にするかもしれない事実)は

ワシもバンバン言っているんだな。

 

 もう一つは、血便が出て病院に行った時に「大腸がんの可能性がありますか?」と聞い

たら「はい、ありますね」とあっさり言われ、一週間食べ物が喉を通らなくなった。

 その時に「なったらなった時に考えたらいいでしょうよ。結果も出ていないのに今から

そんなに落ち込んでいたらどうするの。

普段は誰より強いのにしっかりしなよ」ってなことを塚石はワシに言った。

 だけど、色々な思いが重なってあの時ワシはダメになっていたんだ。

 

しかし、あの時の言葉も、よーく考えてみると

「チャンとしな。しっかりするんだよ」が口癖で3人の子供を育て、自らの尻を叩き励

まし(こういうの自らを鼓舞すっていうんですかね)生きてきた塚石のワシに対する心配

と歯痒いような思いから出た言葉だった。(きっとそうだ)

 ワシは皮膚が弱く、ちょっとのことで水膨れや湿疹や、更に赤く膨れ上がったりする。

いかにも痛痒そうなそれを見た塚石は

「性格は人一倍強いのに、皮膚は人一倍弱いんだから」と必ず言う。

それは合言葉みたいなもんで、その突っ込みがないとワシは面白くない。

 

 食べられなくなった、あん時の状況を説明しよう。

ワシは子供の頃から腹が弱かったが、30代半ばになっても下痢症で、食べ物や冷たい物

精神的なこと、何に付けても下痢していた。

 そん時に書いたのが下痢だが、ここに載せてたっけかな。

まぁ、載せてなかったら載せっぺ。

 

 話をもどして、あの頃は生理もまだあった。

冬の寒い日だった。

 生理が終わる頃で腹が痛くなる予感を感じていた。

こたつに入って腹を温めていると、PM11時頃、電話が鳴った。

 家族はもうそれぞれ自分の部屋に入っていて誰も居なかった。

スキーの仲間からだった。

 彼女の話。

スキー仲間の母親(祖母)が子供(孫)2人を川に遊びに連れて行った。

そこで一人が足を滑らせて川に落ちた。

祖母ともう一人の子は必死で叫びながら川沿いを追いかけたが、間に合わなかった。

その葬式に行って来たという。

心配する家族に出なくていいよと言われながら、祖母は座布団に沈むように居たという。

母親はそんな祖母をいたわって倒れそうなのをこらえ、亡くなった子の兄弟も居て、

痛ましくて言葉を掛けるどころかその顔を見ることも出来なかった。という。

 彼女とその親は親戚になっていて、その家族とも親しくしていた。

子を失った彼はどんな思いだったか。

 

 未だに忘れられない衝撃の話だった。

なのに、その時、私は腹痛と肛門へ押し寄せる熱いモノをこらえていた。

 電話はまだコードレスでなかった。

友人の「あなたに話を聞いて欲しい、苦しいの」という言葉。

 電話が終わるや否やトイレに駆け込んだが、ナプキンに下痢便が漏れていた。

それが、血便だった。

 冷静になってよーく考えたら、下痢を我慢して痔でも切れたんだろう。と推察出来る

が、話を聞いたショックで気が動転していた。

 

 そして、翌日行った病院での「大腸がんの可能性? ありますね」という言葉。

モノが食べられなくなったのは、ガンの恐怖だったのか、話のショックだったのか。

 ワシは、何故か非日常のことが起きた人から話を聞くことが多い。

そういう人は「誰にも話していないんだけど、誰かに聞いてもらいたくて」と言う。

 それは家族にも言わない、言えないことだったりする。

その時、親身になりすぎるのか他人事として切り離して考えることが出来ない。

 余計なお世話だと思いながら、当事者の気持ちになって考えてしまう。

 

 まぁ、何が言いたいかというと、人にはそれぞれウイークポイント(弱点)があるって

こと。

過去のワシは、病気への恐怖が強かったが、いろいろあって死も病気もそれ程怖くなく

なった。

でも、怖いという気持ちは絶対に忘れないようにしたいと思う。

 

 塚石は毛虫が怖い。

これは理屈じゃなく怖いらしい。

 病気が怖かったワシからしたら、ざまーみろ。である。

人には、理屈じゃなく乗り越えられない壁ってのがあるんだ。

 と、言いながら、ワシと塚石の価値観や意地には相当類似した所があり、キライなのが

グチャグチャした歯切れの悪い人、ケチくさい人、まけて〜だの、コレちょうだいなんて

物欲しげな人、キッパリしない人、人のモノに手を出す人。なんかがあって、性的なこと

をねちっこく話す人も大嫌いで、二人でそういうのって嫌だよね。と、パンパン話すと

スッキリする。

 そういう時って、その人がなんでそうなったか。なんて考えていない。

 

 ある時不倫していて、誰と誰がくっいたの別れただのの話をする人から塚石が言われて

いた。

「世の中、塚石さんみたいな人ばっかじゃないんだよ!マッタク子供なんだから!」と。

 それを聞いて思った。

そうそう、誰が正しいとか何が間違ってるとかじゃなく、好みの問題。

 ただワシは潔く、覚悟を持って毅然と生きたい。だからといって背伸びをせず、見栄を

張らずありのままで肩ひじ張らずに生きたい。

 

 でも、面白いんだ。

大キライと興味は同じ所にあるみたいで、塚石は毛虫が大嫌いなのに誰より早くすぐに

見つける。

 そして、怖い怖いと言いながら誰よりその生体をじっと観察していたりする。

最近、塚石の家の庭に毛虫が発生しているんだという。

 そこで毛虫を見つけたら急いで薬缶のお湯を掛ける。と、一発で死ぬんだそうな。

すると、あっという間にアリンコが駆けつけて来る。

 アリンコは、その毛虫を縦にしたり横にしたりしているんだが、小さな団子状の土を

運んで来て毛虫を覆い小さな山を作る。

 そして、少し見ないでいるとその山は跡形もなくなくなっているんだという。

 

 話を聞いていたら、庭にムシロを敷いてそこに横になって、一日中アリを観察していた

画家がいたことを思い出した。

 彼に言わせると、アリは右だか左だかの後ろ足何番目とかから歩き出すんだそうな。

雨粒が落ちるのを一日中見ていて、レオナルド・ダビンチみたいに水滴の飛沫を描いた。

 

「ツカちゃんは、何でそんなに毛虫が嫌いになったと思う?」と聞いたことがあった。

 そしたら、

「子供ん時に、兄に背中に毛虫を乗せてからかわれたことがあったの」という。

その時パニックになった塚石は、泣いて家に逃げ込み暴れたらしい。

「元々キライだった毛虫がそれから更に大っキライで、ダメになったんだ」と、塚石は

言った。

 

そして、今、毛虫に熱湯を掛けて殺している。

やっぱり、毛虫よりあんたの方が怖いしゃねえか。

 

 

 

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