コーチング

 

 どんぐり山での親子遠足に腹を立てていた岸本が来た。

彼女は、正義感が強い、頑張りやで頭が良くて切れ味がいいと美咲は思うが、そんな彼女

のことを冷たくて付き合いづらいと言う人が居た。

人に大まかに分けて3つの自分があるという。

自分が思っている自分と、人が見る自分、そして自分でも分からない本当の自分。

自分では気が付かない自分を他人は見抜き、自分の中に自分も人も分からない自分が

居るという。

が、天知る、地知る、我知る。今、自分が分からないことでも、真実は何時か現れる。

つうことで、まぁ、信じる道を一所懸命進むだけだ。と、美咲は思う。

 

 岸本が、最近“コーチング”なるものの勉強を始めたという。

「それ、何?」と美咲。

「んー、何て言ったらいいかな。

カウンセリングとは違うのよ。その人の気持ちを引き出す方法って感じかな」

「えー、面白そう。どういうことするの?」

「相手とのお話の仕方。かな」

「どういう?」

「例えば、困ってる。っていう人が居たとするでしょ」

「うん」

「そういう時に、どうやって相手の気持ちを引き出すか。ってこと」

「ふーん」

「コーチングっていうのは、過去と他人は変えられない。変えるのはその本人と今。

っていうことなの」

 当たりめぇのことじゃないか、と美咲は思った。そんな美咲を感じたのか岸本が、

「んー、じゃ、実際の会話ね。

困ってる人が居る。

その時、その人に『このままでいいの?』って聞くの。

もちろん答えは『ノー』だわよね。困ってるんだから。

その時、その人に『どうしたいの?』って聞いちゃダメなの」

「あー、私、そう聞いてるな」

「だって、自分がどうしたいのか、どうしたらいいかが分からないから悩んでるんだもの」

「そうかぁ、じゃ、何て聞くの?」

「『あなたは、どうなりたい?』って聞くの」

「『どうなりたい』?」

「そう、そうすると何かでてくるの。

じぶんがどうしたいかは分からなくても、どうなりたいかはあるでしょ。

『シアワセになりたい』でも『楽になりたい』でも『仕事がしたい』でも。

そしたら、『そうなるタメにはどんな方法があるだろうね?』って聞くの」

「ふんふん」

「そうしたら、本人が言うから『〜をするとか』って、

そしたら、『あとは?』って、『もうない?』って、幾つでも出来るだけ沢山聞くの、

そして出つくしたようだったら『それで、その中のどれが最初にはじめられる?』って

『どれを一番にやってみたい?』でもいいわね。

次に、『じゃ、何時からやる?』って、それは全部本人が決めていくの」

「なるほど、本人がね」

「それが決まったら、『じゃ、次はいついつに会ってまた話ししよう』って別れるの」

「んー、何だろ、このグッとくる感じ」

「コーチングはね。

出来るだけ相手の気持ちを引き出して、ただ聞くの、

『そうなんだ』『苦しいねぇ』『どうやったら、その苦しさを取り除けるだろうね』って

相手の気持ちを否定しないの」

「何だか暖かいね。

私はせっかちだったり面倒臭がりな所があって

『どうしたいの、何がしたいの、じゃあこうしな』って言ってきた気がする。

特に身内には先走って『じゃ、こうすれば、ああすれば』って押し付けて待ってなかった

気がする」

「コーチングは、それも否定しないんだよ。

『じゃあ、これからは待てるね』って。

過去の失敗はもういいんだって、変えられない過去は振り返らないでこれから出来ること

に目を向ければいいの」

「優しいねぇ」

「それで、次に会った時も同じ。

『出来なかった』って言ったとする。

そしたら、『そうだったんだぁ、出来なかったんだぁ。

じゃあ、次は何をしてみる?』って」

「何だかホッとするね。そういう感じ」

「美咲さんに合ってると思うな、コーチング」

「そうかな」

「そうよ、美咲さんの所って色んな人が来るでしょ。いいと思うな私」

「そーかなぁ」

「あと、キャッチボールのボールは一つ」

「どういうこと?」

「テーマは一つで、そこから逸れない。

前のことや違う話を持ち出さない」

「それは難しいなぁ。私分裂症だから、

でも、相手が違うボールを投げてきたらどうするの」

「見送る」

「見送るんだ」

「そう、そして、元のテーマのボールを投げる」

 

 その話を夏子(長女)にした。

その日、仕事が立て込んでいた夏子は仕事の手を休めずに話を聞いて、

「そんな流暢(りゅうちょう)なこと言ってられないよ」と言った。

 それから、仕事の愚痴をこぼし始めた。

何時もの美咲だったら「大丈夫だよ」と励ましたり「じゃあ、こうしたら」とアドバイスする所を、

「そうかぁ、そうだったんだぁ」「大変だったねぇ」と言って、

「どーよ、これ?」と言うと、

「何か、感じいい〜」と、夏子は言った。

「ねっ、これからこれをやってみない?

特に美樹ちゃん(二女)にさ」

「どういうこと?」

「私達さ、企業戦士なんだよね。仕事のことになると頑張りやだけど切り捨てゴメンでさ

美樹ちゃんが何か言うと、『そうなんだぁ』って同意することはしないで、二人で

『じゃ、こうしたら』『そういう時はこうすればいいんだよ』って言ってきた気がする」

と言いながら、あー、長女にもそうしてきたと思った瞬間、美咲は涙が出そうになった。

 そして、二人は自分の犠牲者だった。と思うと同時に、これから変われると思った。

 

 コーチング、誰より自分に使えるな。と美咲は思う。

「自分、このままでいいの?」

「じゃぁ、どうなりたい?」

「そのタメにはどんな方法が考えられる?」

「その中の何を始めたい?」

 

出来なかったことは、これから始められる。

       よかった、よかった。